第38話「衝突」

 陽が大部分を彼方の山地に沈めたころ、それは夕空を背にして現れた。

 空中にあるそれ・・へと電磁的・光学的焦点を合わせると、例のごとく初段のパターン認識系が悲鳴を上げ始める。先の戦いと同じだ。それ・・は初等的なパターン認識処理の脆弱性を突き、誤認させるもの。初段の処理をバイパスさせて、あらかじめ用意してあった後段処理に計算資源を回す。たちまちそれ・・は世界の中に焦点を結び、アルスパリア〇五二として認識された。

 大きく右手を挙げる。建屋のそばに退避しているクロエラエールたちへの合図だ。

「応援してるからー!」

 クロエラエールからの声援が私の胸に火を灯す。手元の砲を宙へと向けた。

 EUU25低速電磁投射砲、と呼ばれるものだ。コイルによって作られた砲身で加速された弾体によって標的を攻撃する。砲から受け取った弾道情報によれば、主力戦車の弱点部位すら緊急出力なら貫通可能であったという。この砲の射撃が、戦いの開幕を告げる号砲となる。この他にAU-5-6C重機関銃と古代剣、そして多種の手榴弾を装備している。

 戦闘の目的は撃破ではなく撃退だ。そしてイコとの約束の手前、施設への被害は可能な限り避けたい。したがって、戦闘は極力施設から離れたところで開始されるべきだ。このことから私は近接戦闘を避け、射撃戦から始めることを決めたのだ。

 膝を銃架とした射撃姿勢を取り、グリップを握りしめて回路を形成、射撃諸元を入力するやいなや、砲は膨大な電力を要求してきた。とはいえ、これから撃とうとしているものの持つ運動エネルギーを考えるなら無理からぬこと。それに答えて電力を供給する。砲に備えられた昇圧コイルが微かな金切り声を上げ、キャパシタ群に電荷が蓄えられていく。体内の電気エネルギーがみるみる失われていくが、化学エネルギー系が直ちに稼働を開始して失われたエネルギーを補充し始める。

 射距離半エミア、通常出力、対空榴霰弾りゅうさんだん。私の中に構築された物理モデルが砲から受け取った弾道プロファイルを処理して砲身を向けるべき位置へと導く。

 アルスパリア〇五二の機動に合わせて砲身を制御しつつ、有効射程に入るのを待つ。固唾を呑むという表現は、まさにこんなときに生じる生理的反応を言い表したものなのだろう。たっぷり五秒、射程内。射撃信号を祈りと共に砲へと流し込んだ。

 瞬時に砲身が反動軽減のため前方へと伸び、続けて砲弾が加速を始める。砲から事前に伝えられていた射撃シーケンスが正確に展開されていく。猛烈な反動。しかし、回生駐退機からの信号と砲から与えられた反動プロファイルとによって計算した予測通りのものに過ぎない。完璧に制御ができている。砲口に達した砲弾は初速の計測と射撃管制系による自動信管調定によって起爆タイミングを設定され、音速の四倍超という速度で空中へと放たれた。

 対空榴霰弾は、目標直前で分解し、内部に込められた重金属ペレットを撒き散らす兵器だ。極超音速に迫る速度で飛来する金属雲は避けようはずもなく、うまくすれば撃墜、そうでなくともアルスパリア〇五二の危険な武器である背部の通信翼を損傷させる程度はできるだろう。

 目論見通りの時刻、目論見通りの場所で黒い花が咲き、湿地帯へと墜ちていく。効果あったろうか。否、よくよく観察すれば、黒煙を上げているのはアルスパリア〇五二本人ではない。どうやら随伴していた何らかの無人機のようだ。やはりこれだけでは勝てないか。しかし、主導権は握れたし、飛行能力にも損傷を与えたらしい。アルスパリア〇五二は次第に高度を落とし、湿地に着水しようとしている。これなら――。

 着水の瞬間に湿地帯のあちこちから衝撃波が半球状に迸り、大気中の水を凝縮させていく。それぞれの中心地から噴き上がる水柱。砲撃により飛行能力を奪い、あるいは制限させ、着水した瞬間に仕掛け爆弾の水中爆発で攻撃する。これが今回の作戦の第一段階だ。

 水中爆発の威力は空中爆発とは比べものにならない。水の密度が空気の八二〇倍にも達するためだ。反射波の非対称性がバブルパルスを形成する利点もあるが、今回のように小さな目標では支配的なものとはならないだろう。

 驚愕の悲鳴と安堵のため息が背後で入り交じる。高性能爆薬を海峡砲でかろうじて知る程度のクロエラエールたちにとって、こんな大規模な爆発は前代未聞なものだろう。勝利を確信しても不思議ではない。しかし――。

「警戒していて正解だった」

 アルスパリア〇五二は小型の無人航空機に腰掛けて水煙の向こうから現れた。余裕を感じさせる声、しかし、その両足は膝から下が吹き飛ばされていた。

「貴重な戦闘プラットフォームに損害が出た。電磁投射砲を手に入れる可能性は低いと見積もっていたのだが」

 アルスパリア〇五二の周囲を多発の小型機四機が旋回する。一機は下面に装甲板を備えた装甲型、三機は機関銃らしきものを装備した射撃型だ。

 アルスパリア〇五二自身の様子はどうか。本人の装備は前回と同様。背部翼面に幾つかの穴があき、その周囲では発光が乱れている。脚部の損傷部位は修復されつつあるが、ごくゆっくりとしたものだ。完全回復までには数時間を要するだろうが、とりあえず立てるようになればよい、ということであれば数分あれば十分だ。この会話は時間稼ぎのためのものだろう。

 無視して攻撃してもよい。しかし、情報収集ができるという利点もある。

「親切な人が残しておいてくれたようです。ご自慢の背部アレイは使い物になりますか」

「本機の性能を甘く見ないことだな。全力発揮ができずとも、専用モジュールを持たないアトミールの電子戦能力など問題にならない」

 ある程度の効果はあった、と考えるべきだろう。しかし、アルスパリア〇五二の言葉通り、それは優勢を意味しない。電磁場領域での戦闘には相当の計算量を持っていかれている。これでは戦闘の主導権を握ることは難しいだろう。切り札を使うべきときだ。このときのために作っておいた光学送信機を輝かせ、イコとの間に通信を確立する。時間的に余裕のある計算はイコに丸投げするよう計算資源を再分配する。処理が一気に加速し、主観時間が急激に減速する。

 背中に回していた重機関銃を構える。させじと射撃型三機が発砲する。それらの未来位置予測を裏切るように側方へ転げつつ、重機関銃をアルスパリア〇五二の方へ射撃する。命中しなくてもいい。牽制だ。あのアルスパリア〇五二が戦闘を前衛任せにすることなどありえない。無防備なこの瞬間、自ら攻撃を仕掛けてくることは目に見えている。予想通りアルスパリア〇五二が何かを射撃したが、回避機動のため姿勢が不安定だ。

 電磁衝撃弾が近くで炸裂する。電磁観測系が巨大な雑音に悲鳴を上げるが、予想と違わず損傷を受けるほどではない。重機関銃を杖代わりに姿勢を立て直し、アルスパリア〇五二へ向けて三つの手榴弾を投げる。最初の二つはチャフ手榴弾と電磁衝撃手榴弾。これは前座、続けて投げるのは、切断環コンティニュアスロッド手榴弾だ。そのまま銃身を回し、射撃型三機を狙う。射撃体勢を確立した直後、最初の二発が炸裂する。チャフ手榴弾によって散布された金属箔に電磁衝撃手榴弾の発した電磁パルスと私やアルスパリア〇五二の発した妨害電波が反射し、混沌とした電磁環境が作られる。この環境は両者にとって過酷だが、この状況を想定して事前計算を進めており、しかもイコの支援を受けたこちらが有利だ。とどめとばかり射撃を開始する。

 アルスパリア〇五二は、自機のみならず配下機体の回避機動管制も行わざるを得ない。高負荷環境で動きの遅れた射撃型一機を銃弾が捉えて姿勢を崩す。

 散り散りになった敵編隊は再集結を図る。そこに最後の手榴弾が到達し、炸裂した。

 抵抗板による姿勢制御を受けて落下しつつあった切断環手榴弾は炸薬の化学エネルギーを解放し、折り畳まれていた金属環を円周方向へと叩き出した。水平方向に広がる死の円環が射撃型の一機を真っ二つに断ち切り、アルスパリア〇五二へも迫る。しかし、装甲型が割って入って盾となり、切断環を食い止めた。

 戦闘開始から一分足らず。アルスパリア〇五二は戦闘プラットフォームの半数を失い、両足を大きく損傷した。一方の私は無傷。戦闘は極めて有利に進んでいる。少なくとも、今のところは。

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