第13話「アミリス・オナーの戦い」

 戦いの前夜、私たちは寝台の上で眠ることができた。これも兵たちの配慮のお陰だ。有事を除いて兵の宿泊を想定していない施設なので、普通に寝泊まりする場合は吊り床で寝るようになっている。けれど、普段使われていない指揮官室にだけは仮眠用の寝台があるというので、夕食の間に片付けてくれたのだ。彼らに負担を押しつけている部分があるのは気が咎めるけれど、貴族が平民に気を使いすぎるのもかえって良くないという。その分明日は頑張らないと。不安な一夜をアトミールと共に過ごし、やがて、夜が明けた。

「おはようございます。井戸から水を汲んでまいりました」

「入って」

 寝台から起き上がって目を擦っている間に衛兵は部屋へと入ってきた。ぼやけた視界で見ても、どこかで見た顔だ。枕元に置いた眼鏡を掛ける。途端に焦点を結んだ世界の中で、彼が誰であるかをはっきりと思い出した。

「あれえ……ああ、あなたですか」

 彼は何故だか赤面していて、ちらちらと視線を逸らしてくる。何だろう。

「はい。ヒンチリフ砲台指揮官をお迎えしましたジャゴレフです。その……お二人は……いえ。何でもありません! 失礼しました!」

 木桶を置いて逃げ出すように去っていった彼を目で見送る。

「何だったんだろうね」

 隣でまだ横になっているアトミールを振り返る。寝台が二つあるに越したことはないものの、一つなら一つで一緒に寝ればよい。最初こそ恥ずかしかったけれど、船上で何度か経験してすっかり慣れてしまった。

「推論はできますが……断定はできませんね」

 寝起きでも彼女は普段通りだ。朝に弱い私からすれば妬ましい。

 井戸水で喉を潤し、顔を拭って眠気を払い、屋上に向かう。歩哨に立っていた衛兵の一人を労い、平野の向こうを見渡す。

 美しい眺めだ。ヒンチリフが複雑な曲線美を伴う彫刻の美しさを持つとすれば、ここは油彩画のようだ。緑の草原というキャンバスに、農地や集落、森、池や川といった僅かな起伏が彩りを添える。遙か彼方にはもはや遠近感を失い書き割りのようになった山のいただきが霞んで見えた。

「殺人機械をやっつけて、あの山の向こうアミリス・オナーに行くんだよ。私たち」

 ふと滑り出た言葉が言葉遊びになっていることに気がついて、思わず口を覆った。

「紛らわしいようですね。アミリス・オナーアミリスのあちら側はケイレアから見た言葉ですから」

 ふふ、と息を漏らして微笑むアトミール。面白がってくれたのか、気を使ってくれたのか。

 やがて射撃長、衛兵班長らが目覚め、私たちのもとへとやってきた。食堂へ降りて見張りを除く全員で今日の予定を確認する。昨日の計画通り砲員は砲室で待機、射撃即応体制を取る。衛兵は小銃や短剣などの、いわば人を相手取るための武器を有しており、殺人機械相手に歯の立つ装備ではない。砲員や通信兵の補助、私の伝令などとして働いてもらうことにした。残る通信兵二人は両名で送信と受信を分担し、屋上に待機してもらう。

 確認を終えた後、射撃長が躊躇いがちに私の目を見た。

「射撃班の者は皆意気軒昂です。どうか一言お言葉を頂けませんか」

 突然の指名に戸惑ったものの、ここはやらねばなるまい。咳払いを一つして、私は自分を貴族に切り替えた。

「諸君の中には、多くの不安が渦巻いていると思う。それも無理もない。都市を狙う殺人機械を人類が食い止めるなど古今例がない」

 皆が息を呑む。その手応えを確かめながら、私は言葉を重ねていく。三階を指差す。皆の視線が私の指先に注がれる。

「しかし、今まで倒れていった数多の犠牲者たちになく、私たちにある武器がある。海峡砲だ。そう。私たちに、いいえ、私たちだけが任せられたこの兵器をもってすれば、他のいかなる武器をもってしても突破困難な殺人機械の装甲といえども、命中さえすれば張られた薄布に短剣を突き立てるがごとく容易く引き裂かれる。これは根拠あってのことだ」

 アトミールによれば、海峡砲のために在庫されている砲弾は特殊構造のもの。爆薬の活力エネルギーを一点に集中して貫くものだ。当時の技術でもこれを防ぐことは難しいそうで、彼女の知る限り、普通の殺人機械はこれへの防御機能を持たない。「十分な装甲を設けるより、そのリソースで数を増やした方が大抵の任務には効率的なんです」と彼女は言っていた。

「もちろん連環爆弾というはかりごとも控えているが、最後の砦が私たちであることには違いがない。私たちの一発が戦闘の帰趨を決し、アミリス・オナーの興廃を決する。成功の暁に与えられる恩賞は計り知れないだろうし、何より皆の名は勇敢なる街の救世主として死後幾百にもわたって語り継がれることだろう。砲を直接に操る者も、彼らを助けるものも区別なく。だから、皆にはいましばらく、私に力を貸して欲しい」


 †


「目視しました。距離およそ五エミア(約十キロメートル)、速力毎時五エミアで航行中です」

 側防櫓の屋上に立つアトミールは望遠鏡も使わずに言う。隣の私にはまだ何も見えず、ただ赤く照らされた草原の中をくねる大河が見えるばかりだ。視線を少し変えると、街道上には種を散らしたように大小の点がいくつも見える。未だ絶えない上流からの避難者の列だ。これから起こる惨劇を恐れてか、風すらもぱたりと止まった。

「よく見つかるね」

「あれだけ捜索波をやかましく発していれば。到来方向を見るだけです」

 よく忘れちゃうけど、彼女は私たちが感じとることのできない多くのものを感じている。見えている世界そのものが私たちとは違うのだろう。

「信号! 敵見ゆ距離五万速力五万」

 待機していた兵に振り返って命じる。

「はっ、敵見ゆ距離五万速力五万、発信します!」

 通信兵の一人が高らかに掲げる手旗が夕陽を浴びて輝く。彼ら通信兵は、両手に持った手旗を繰って情報を伝達するのが役目だ。長距離通信は速度と改竄の困難さで無電に後れを取るものの、中・近距離ではこちらに分がある。以前聞いたところによると、これが戦いに導入されるようになってから戦争も相当に様変わりしたものなのだそうだ。この砲台にいる通信兵は三名。一名は予備員で、残りの二人がそれぞれ送信と受信を担当する。

 受信役の兵が声を張り上げた。

「受信します! 第七河川哨所より敵見ゆ距離二万五千速力七万」

「だいぶ速度が違うね」

 額面上距離が違うのは問題ない。敵情報告は見えたところからの距離を報告するのが原則だ。今頃指揮所は作図で大わらわだろう。

「速度と距離はどのように得るのですか?」

「目測だね。距離は目印までの距離を測っておくんだけど、速度は難しいよ」

「では、誤差でしょうね。距離は……正確であるようですが」

 時速五エミアというのは騎兵の駆け足程度だから、目を剥くほど速いわけではないにしても、決して遅くはない。殺人機械はやがて私の目にも見えるくらいに近づいてきた。船を逆さにしたような姿をしていて、川をぷかぷか浮かんでいる。一見可愛らしい様子だが、身体の上には砲塔らしきものが乗っている。私たちに気づいたなら、たちまち無数の銃弾が襲い来るに違いない。そろそろ、下に降りていたほうがいいだろう。

「通信兵、殺人機械の射線に出るな」

 言い残して、私たちは階段を駆け下りた。


 †


「砲台指揮官どのに敬礼!」

 砲室に入るなりロキタ射撃長が号令を発するのを手で制する。

「そのまま! 目の前の敵に集中して。アトミール、距離は?」

 私の務めは射撃長に狙う場所とタイミングを指示することだ。それを合図にして、他の砲台からも現代砲が発砲する。その責任がずしりと肩にのしかかる。

「一万五千です。速度変わりません」

「わかった。射程内だね。照準だけしておこう。射撃長、照準号令出せ」

「目標! 航行中の殺人機械、距離一万五千速度五万。装填待て」

 砲手は側面に後付けされた軽銀アルミニウムの照準器を覗き込むと、担いだ筒を操る要領で殺人機械へと砲身を向ける。殺人機械は確実に下流へと進み、連環爆弾の展開された水域へと差し掛かり始めた。

「装填!」

 装填手が砲弾を砲尾から鮮やかに押し込み、尾栓を閉じる。それはある種の舞いのようだ。

「装填よし!」

 砲室内は不気味な沈黙に包まれた。聞こえるのは金属の擦れる音と息づかいだけ。

「このまま……」

 耐えきれないとばかり誰かが漏らした言葉は、その場にいた誰もの気持ちを物語っていた。殺人機械が連環爆弾の一部に触れる。爆弾同士を繋いでいた綱は殺人機械の推進力で曲がり、周囲を取り巻く。人なら異変に気付いて抵抗するかもしれない。あれは、どうだろう。そう思っていたとき、アトミールが耳元で囁いた。

「さほど知能化された機体ではないようです。気付かれる恐れは小さいです」

 彼女の言葉通りだった。それは事態に動じることなく悠々と川下りを楽しんでいる。けれど、その時間も長くは続かない。

「放て!」

 遠くから声がしたのを合図に殺人機械めがけて火矢が殺到する。野戦で敵兵を狙う手段としての弓矢は衰退して久しいけれど、水路を通行する船舶に火を放つというような目的では、今でも便利な武器だ。河川に面した市壁を持つアミリス・オナーのような場所なら、これだけの弓兵を抱えていてもおかしくはないのだろう。

 火矢の全てが目標となる爆弾に当たるわけもなく、あるものは川面に落ち、あるものは殺人機械の装甲に弾かれる。爆弾に命中したものも、うまく着火をできずに終わるものもあった。けれど、数の力で幾つかは確かに爆弾へと辿り着き、そこで狙いの効果をもたらした。

 轟音と共に上がる水柱。濛々とした煙に覆われ、殺人機械は完全に姿を消す。しまった! 私は、とんでもない誤算に気がついた。

「煙が多い!」

 射撃戦をしている銃兵隊のまわり程度だろうという私の予想は完全に裏切られ、殺人機械は煙によって完全に覆い隠されてしまっていた。火薬の成分、風のないこと、あるいは、爆発で撒き散らされた水といった、私が考えもしなかった要素が、煙を予想以上に濃くしてしまったに違いない。

「司令! 撃ちますか。待ちますか!」

 射撃長の焦った怒鳴り声を後ろから聞きながら、私は迷った。彼らを信じて推測で撃たせるか、それとも姿を見せるまで待つか。無風の今、煙が晴れるのを待っていては間に合わない。やるしかないんだ。

「撃て!」

 海峡砲が咆哮した。遠くでも我々の射撃に呼応した砲声が聞こえ始める。砲弾は光の矢となって白煙の向こうへと真っ直ぐに突き進んでいく。煙の向こうで、乾いた破裂音がした。

「再装填急げ!」

 手応えはあった。水面に当たれば、あのような音にはならないだろう。射撃長の号令も喜色を帯びている。あの爆発ではさしもの殺人機械と言っても無事では済まないだろう。私も安堵に胸を撫で下ろす。だからアトミールの叫びが聞こえたときも、一瞬反応が遅れた。

「伏せて!」

 意味がわからず棒立ちの私を、誰かが仰向けに引き倒した。

 頭上で何かがぱちぱちという焚き火の木の爆ぜるようなような音を立てていく。

 この音は、古代銃に特有だ。弾丸の速度が音の速さを超えたとき、風を切り裂く音がこのように聞こえると言われている。それが数え切れないほど開口部から飛び込んできて、壁を砕いて飛び去っていく。甲高い金属の悲鳴。古代砲を吊っていた構造物が破壊されていた。そして、私を惨状から少しでも引き離そうとするかのように力のこもる柔らかい腕。背中越しに伝わる人ならぬ体温。私は、またもアトミールに救われたのだ。

「ありがとう。また助けられたね」

 そう言いつつ、私は背中に違和感を感じた。何かの鈍い衝撃が伝わってきたのだ。それを訊ねようとも思ったが、今はそれどころではない。私はこの場の指揮官だ。次に何をするかを決断しなくてはいけない。

 殺人機械は目的を達したと判断したらしく、銃弾はやんだ。砲員の皆は無事だろうか。自分の身の安全が確保されてはじめて、部下に気を配る余裕が出てきた。

 私はちょうど殺人機械側の壁にアトミールを挟んで背を向ける形で座り込んでいるから、意識さえすれば室内の様子を一望することができる。

 まず私は海峡砲を見た。砲自体に損傷はなさそうだが、砲架が完全に破壊されている。とても人の手で操砲することはできないだろう。

 反対側の壁は無残な状態だ。親指ほどの穴が左端から右端まで帯状に無数あいている。私はこのときはじめて、掃射という言葉が本当に意味することを知った気分になった。

 そして、その壁の中央付近に、何か赤い染みがある。その事実が意味することに私は怯え、目を逸らしたくなる。でも、そうしてはいられないんだ。意を決して視線を動かす。ちょうど、私と血痕のちょうど中間地点に、それはあった。

 二つの転がる遺体は、片方は肩から上だけ、もう一方は腰より下だけ。そして、そのどちらもが、ロキタ射撃長その人のものだ。銃弾を受けた胸が弾け飛び、胴体が両断されたのだと気付くには時間が必要だった。

 力なく虚空を見つめる彼の目を見つめている内、腹の奥から酸っぱいものがこみ上げてきて、私は朝餉を全て戻してしまった。

「大丈夫ですか」

 心配そうなアトミールの声。違う。大丈夫じゃない。でも、大丈夫にしないといけないんだ。こんなときだけは。

「大丈夫。……何が起こったか、わかる」

「射弾自体は確実に命中軌道でした。迎撃されたようです」

 迎撃って、弾を? 思わず聞き返しそうになったが、彼女が言うのだ。当時はそういうことが可能だったのだろう。

「アクティブ防御システムの存在は予想してしかるべきでした。私の失態です。……すみません」

「ごめんはあと。外の状況はわかる?」

 彼女の目は外を向いていないが、私たちには感じられない電波などを感じる力を持つ彼女なら、何か気付いているかもしれないと思った。

「ひどいです。他の砲台も反撃を受けほぼ沈黙。今は陣地に籠もった兵士たちが、一方的に」

 その様子は容易に想像できた。今この瞬間にも、兵たちはロキタ射撃長と同じように理不尽な死を迎え続けている。その中には、もしかしたらあのリシアさんだっているかもしれない。そう思うと、居ても立ってもいられなくなった。どうすればいい。ここにあるのは転がった海峡砲。他に対抗できる武器はない。でも、これを手で持ち上げて扱うことなど誰にもできない。いや、本当にそうか。

「海峡砲を撃つとして、迎撃されないためにはどうすればいい?」

「現状で最も現実的なのは、アクティブ防御システムの死角に飛び込んで射撃することです。探知手段を妨害することや飽和攻撃といった方法もありますが、いずれも問題がありますので」

 その答えに満足して、そしてためらいを覚えながら私が口を開こうとしたとき、彼女が先んじた。

「この無反動砲程度なら運べます。私が接近して射撃しましょう」

 それはとりもなおさず、彼女を死地へ向かわせるということ。けれど、現状を打開できるのが彼女を置いて他にないことも事実だ。リスクを自分でなく誰かに負わせることの居心地の悪さに身震いする。けれど、今の言葉は、彼女の希望なのだ。いや、期待と言ってもいい。私なら、彼女を良い形で|使≪・≫|う≪・≫ことができるという。それを裏切りたくない。

「お願い。……いや、命令する。アトミール。この海峡砲であの殺人機械を破壊しなさい。この街の人たちを守るために」

 それが、せめてもの責任の負い方だと思ったから。立ち上がり、所在なさげな兵たちに向け声を張り上げた。

「射撃班! 射撃任務をアトミールに引き継ぐ。射撃の方法を説明しろ」

「お願いします」

 ぺこりと頭を下げて説明を受けるアトミールを背にして、私は外の様子を窺う。

 もはや殺人機械は川を進むことをやめたようだった。蜘蛛を思わせる無数の脚で駆け回り、人々を踏みにじる。正面にある銃身から吐き出される銃弾は、逃げ惑う人々をたちまち血煙へと変える。吐き気を催す光景だけれど、もはや私の臓腑には吐き出すものすら残っていないようだった。

「お待たせしました」

 振り返ると、アトミールが立っていた。海峡砲を、まるで紙の筒か何かのように小脇に抱え、決意に満ちた目で私を見る。場所を入れ替わると、彼女は開口部へと腰掛けた。そのとき、私は彼女の異変を知る。

「待って、アトミール。その背中」

 背中に黒い染みのようなものがあると思ったが、それは染みなどではなくてえぐれた痕だった。彼女の背中越しに感じた衝撃は、これだったのだ。もし彼女が普通の人だったなら、今頃私共々身体を撃ち抜かれて冷たくなっていたに違いない。アトミールがこちらを振り返る。不思議そうな顔が焦れったい。

「怪我しちゃってるじゃない。そんなんじゃ戦えないよ」

「問題ありませんよ。装甲層で止まっていますから。これより戦闘出力を発揮します。ご無事で」

 高い椅子から降りるような調子で彼女は空中へと身を投じていった。

 彼女の行方を追おうと身を乗り出す。彼女は市壁を蹴って放物線を描き、空堀の向こうへと着地した。その様が神話のようだと思ったのは、私だけではなかったらしい。同じようにしている兵の一人が、ぽつりと言葉を漏らすのが聞こえた。

「イオミアさまの使徒だ……」

 人々の争いを娯楽とする生命神イオミアは、戦場に使徒を差し向けることがある。奮戦する者、あるいは陣営全体を祝福する。それは大勢が決したはずの戦場をかき乱し、形勢を逆転させる。これによってイオミアは勇者を生きながらえさせ、戦乱を引き延ばし、無聊の慰みとする。

 使徒の姿は伝えられるところでは美しい女性であり、戦場を鮮やかに舞うという。それは、今翡翠の髪を棚引かせ駆けるアトミールの姿と、確かに重なって見えた。

 兵の殺戮に勤しんでいた殺人機械も、すぐ彼女を危険な存在と見なしたようだ。脚をそのままにぐるりと身体を旋回させると、あの恐るべき銃弾を発射し始めた。乾いて連続した破裂音が戦場に木霊する。彼女は不意に向きを変え、あるいは立ち止まり、照準を狂わせながら迫る。このまま殺人機械に迫るかとも思えたが、突然つんのめり、顔から地面に突き刺さる。右脚が失われていた。

 とどめを刺そうと思ってか、殺人機械が彼女の元へと迫る。万事休す。顔を覆った、そのとき。

 先程の銃声とは比べものにならない轟音が聞こえた。もしや、殺人機械が隠し持っていた何かの武器でとどめを刺したのでは。こわごわ指の隙間から覗く。

 黒煙を噴き上げる殺人機械、その足下には濛々たる土煙。まるでアトミールが自爆したかのようにも見える。殺人機械の全身がゆらりと震えたかと思うと、後ろ足から一本ずつ崩れ落ちるように倒れ、動かなくなった。

 誰ともなしに安堵のため息がこぼれる。けれど、同時に沸き上がってくるのが彼女への不安だ。むざむざ死ぬようなアトミールではないと信じているけれど、自分の身を犠牲にしてでも私たちを守ろうとしかねないのも彼女だ。しばらく呆けていた私の心の中が、行かなくちゃという言葉でいっぱいになる。気付くと砲室の入口を飛び出そうとしていた私の進路に人影が現れる。

「失礼っ……えっ?」

 慌てて立ち止まった私の前にあったのは、まさに求めていた人の姿だった。身に纏う服は焼け焦げ、あちこちに弾の掠めたらしい穴がある。穴の向こうの白い肌には無数の煤が貼り付き、傷や焦げも耐えない。けれど確かに彼女は地面をしっかり踏みしめ、微笑んでいた。失われたように見えた足にも異常がない。残る損傷も、傷口が蠢き、やがて塞がっていく。

「戻りました。被弾しましたが深刻な損傷はありません。無反動砲の後方爆風でだいぶ頂いた服を煤けさせてしまいましたが……どうかされましたか」

 抑えていた感情が噴き出して、彼女に飛びこうとする。けれどアトミールは拒むようにして一歩後ろへ下がった。

「戦闘出力発揮の直後です。火傷をしてしまいますよ」

 吹き出しかけていた気持ちのやり場がなくなり、子供じみていると思いながらも、私はぷいとそっぽを向いた。

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