第78話 潜入

「そうか、わかった」

 夕暮れ時、いつものバー。パレードでパルの護衛を依頼したオルソンはパレード自体反対されると思っていたので少し面食らっていた。

「いいのか? 猫ちゃんの安全面とかマサゾウのリスクとか」

「猫さんが望むなら俺は従うだけさ」

「そうか……」

 未だに正蔵の忠誠心については時々わからなくなる。自分はただの道具である。だから主の意思が総て。主の決定が総て。パルもオルソンも正蔵にそんな事は求めていない。

 出会った当初はその傾向が強かった正蔵も、この街で暮らす内にずいぶんと人間らしくなったが、パルが女王になってからまたその傾向が強くなってきたように思うオルソン。

「頼んでおいてなんだが、もっと自分の意思を持っていいんだぞ?」

「大丈夫。この国に来て10年以上経っているんだ。ちゃんとわかっているよ」

「それならいいんだがな」

 一抹の不安を感じるオルソンだった。


 一方パレードを提案したラヴァルは大忙しだった。あらゆる情報網を駆使して情報を集めさせていた。中途半端に暗殺トラブルでもあれば本当にフレイルに殺されかねない。

 就任前に暗殺者を派遣したマイナス印象からのスタートを、パレードの成功で帳消しにするつもりだったのだ。

「あれはもう宗教だな」

 黒服の女護衛は後ろに控えていたが、誰に向けるでもなく愚痴るラヴァル。

パルに心酔するフレイルの事だ。心酔している事は知っていたが、ルビニア本国すら蔑ろにするほどとは思っていなかった。

「ラヴァル様、潜入員からです」

「お、待ってたよ待ってたよ」

 ラヴァルは部下から手紙を受け取り目を通すと、すぐにフレイルのもとに向かった。


「ちゃんと得た情報を伝えるので何かあっても私のせいにはしないでくださいね」

 ラヴァルはフレイルに真剣な眼差しで言った。

「内容次第ですね」

「そんな冷たい。パレードでの襲撃情報ですよ」

「ほう、やはり貴様」

「いや、だから私じゃないですって」

「お前でないなら、なぜそんな簡単に情報を手に入れられる?」

「パレードの提案はそもそも内なる敵をあぶり出す為でもあったんですよ。事前にいくつもの組織に潜らせているスパイからパレードの情報でどう動くか調べていたんですから」

 表情こそ見えないもののフレイルは内心ラヴァルの手腕を評価した。大国ルビニアの政府、その懐刀と呼ばれる程の男だ。恐らく建国当時から色々な組織にスパイを潜り込ませていたのだろう。

「……それで、そのバカな組織とやらは?」

「魔術師協会」

 その名前を聞いてさしものフレイルも衝撃を受ける。確かに最近グレイキングダムに魔術師協会が入り込んでいる事は知っているが、すでに何らかの行動を起こすほどとは思っていなかった。

「暗殺ではありません。ゼノビア様に毒針か何かを使い解毒薬で交渉するつもりです」

「相変わらず卑怯なやり方を」

「どうしますか?」

「どうとは?」

「ゼノビア様にこの情報を伝えますか?」

「……もちろん」

 一瞬フレイルの手で阻止する手柄も考えたが、万が一にもゼノビア様に危害があってはいけない。そう判断した。ゼノビア女王に対する思いだけは本物だ。ラヴァルはそう思った。


「よう、最近またよく来てくれるようになったな」

 いつものバーで店員に声をかけられるオルソン。まさかこの国の大臣とは思っていないのだろう。今日は正蔵が先に待っていた。

「緊急だ。猫ちゃんの安全に関することだ」

 オルソンは手早くメモを渡す。魔術師協会が毒による襲撃を準備しているというものだ。

「出来れば毒を入手して前もって解毒薬を用意したい。並の毒ならある程度は解毒可能だが、魔術師協会相手となるとな……」

「場所の宛はあるのか?」

「ある。ただし、今回は極力見つからずに毒のサンプルを持ち帰って欲しい。盗まれた事が知られると毒の種類や方法を変えられるかもしれないから」

「任せろ。本来そういうのがニンジャの役目だ」

 正蔵は力強く頷いた。


 魔術師協会。

 移民である正蔵はそこまで詳しくなかった。特に現在のグレイキングダムは前王のジョンが徹底的に排除していたからだ。しかしその力は大テルニア王国では王族にすら強い影響力を持ち、ルビニアでさえ多くの権力者を取り込んでいる闇の大組織だった。魔術の研究と実践をうたっているが、その実態は麻薬や洗脳で信者を増やすカルト宗教のようであった。

 オルソンから聞いた秘密基地は何でもない普通のビルに見えた。深夜。黒装束の正蔵は誰に見つかることなく屋上から侵入した。

 ビル内の廊下を見て正蔵は驚いていた。何の変哲も無い薄暗い廊下に見えるが、よく見ると至る所に罠が仕掛けられている。事前に罠の可能性は聞いていたが、正蔵ほどの才能のあるニンジャだから見抜けた。並のスパイならすぐに罠に引っかかるだろう。

 細く透明な糸。引っかけると音でも鳴って侵入を知らせるものだ。正蔵は知らなかったが、最上階を歩く魔術師協会の会員は特殊なメガネで糸をハッキリ見ることが出来るのだ。正蔵は小型のオイルランプを頼りに罠を潜り抜けていく。

 毒と解毒薬による交渉。ニンジャである正蔵は卑怯とは思わないが、力任せのギャングや軍人に比べると確かに難敵だ。その難敵に対して事前に動けた事はありがたかった。

 秘密基地の場所や罠の可能性については防衛大臣であるハデウルからの情報だ。グレイキングダム建国当初から魔術師協会の動きをずっと調べていたのだ。それは前王ジョンからの命令であったがゼノビア女王に代わった後も調査は続けており、ここにきてその情報が役に立った。

 深夜だからか罠の防犯に自信があるからか見張りもいないので調査は簡単だった。

いくつかの部屋を調べてようやくそれらしい部屋にたどり着けた。

 フラスコが並び、植物、根っこ、謎の液体、その他さまざまなそれらしい材料が揃っている。その中で特に厳重に箱に収められた薬瓶を見つけた。

 正蔵は慎重に箱を調べる。思った通り普通に開けるとスチーム機構の装置が発動するようになっていた。仕掛けを回避しつつ瓶を取り出すと、用意していた小瓶に少し移すと薬瓶も仕掛けも元に戻した。

 戦闘とは違う緊張を感じながら、みごと毒のサンプルを手に入れてビルを脱出した。

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