第77話 専任外交官
新興国になる前の世界有数の経済都市時代から夜は長く賑やかだった。まだ陽が落ちて間もないのに賑わうバーで着崩したスーツも似合う洒落た男が両手に美女をはべらせて騒いでいた。
まだ20代後半の男は高い酒をじゃんじゃん頼み自分も周りも飲んでいた。
「いい街だ。いや、いい国だ」
「あら、お兄さん外国の人なのぉ?」
ほろ酔いの美女が男に酒をつぎながら訊いた。
「そうそう、ちょっと北のほうからね。ところでこの国の女王様はどうなの? 子どもなんだろ?」
「ゼノビア様? すごい美少女でアタシも大好きよぉ」
「そっか、是非一度その姿を見てみたいね」
「ダメよぉ、暗殺騒動があったから女王宣言からほとんど人前に出てないわ」
「そっか、それは残念」
「見たらびっくりするわよぉ」
「そんなにかわいいの? まあ俺は年上熟女のほうが好きだけどね」
そう言って男は接客女の頬にキスをした。
「もぉ、熟女って歳じゃないわよぉ」
「ははは、わかっているって」
すっかり夜になってから男はバーを出た。
暗い夜道を鼻歌交じりに歩いていると、いつの間にかすぐ後ろを全身黒のパンツスーツ姿の若い女が影のように歩いていた。
「ラヴァル様、探しましたよ」
「市場調査って奴さ」
「フレイル様がお待ちですよ」
「はいはい、行きますよっと」
言葉こそ軽いものの、その顔は酒など一滴も飲んでいないかのように眼光鋭くしっかりしていた。
黒服の女が用意したスチームカーに乗り込み、フレイルの拠点へとやってきた。フレイルは厚いガラス窓の表情は見えないが腕を組んで座ったままラヴァルを待ち構えていた。その斜め後ろに護衛らしき東方人が立っている。ムリョウだ。
「ずいぶんと遅い到着ですね」
「いやいや、これは失礼しました。なにせ初めてグレイキングダムに入りましたので」
「まさかあなたが送り込まれるとは驚きましたよ」
殺気を感じてラヴァルの護衛である黒服の女が胸元のナイフに手を伸ばす。
「いやああああああ、あれは違うんですよおおお」
ラヴァルはおどけた口調で叫ぶように言った。そのことで殺意は乱れ場は落ち着く。
「違うとは? ゼノビア様に殺し屋を送ったのはあなたでしょ?」
女王就任の日、正蔵ですら手こずった凄腕の殺し屋のことだ。後日パルからルビニアからの暗殺者のことを聞いて、我らが女王に対してと怒りに震えたものだった。
「私も上に命令されただけですよ。そのとっておきを影の死神ですか? 女王を守るニンジャとやらにやられましたが」
そう言ってフレイルの右膝をチラリと見た。
「憎い敵ではありますが、あなたの送った殺し屋を撃退したことだけは感謝しています」
「私の立場では人を手配するしかなかったんですよぉ。もちろん今後ゼノビア様に危害を加えるなど一切ありませんから」
「また暗殺しろと上とやらが命令したら?」
「私はルビニアから派遣されました。だからルビニアの国益を第一に考えています。そして私はゼノビア様を裏切らない事こそがルビニア最大の国益と考えています」
「ふん、白々しい。まあでもいいでしょう。そう遠くない未来にあなたの上とやらはゼノビア様になるのですから」
「はは、そう願っていますよ」
すっかり余裕のラヴァルは部下の鞄から手紙を取り出しフレイルに渡す。
「ルビニア政府からです。どうかご承認を」
フレイルは厚いガラス越しに手紙を読む。
「あなたを専任外交官と認めよですか。私にこんな手紙一枚とはあなたの上とやからも偉くなったものですね」
「そう怒らないでくださいよ。あなたの実力を疑うものはもういませんよ。でも事は戦争すら含む案件です。あなた一人の裁決というわけにはいかないでしょう」
「わかっています。一応あなたをルビニアの専任外交官という事は認めましょう。しかしゼノビア様への裏切りを感じたら」
フレイルがパチンと指を鳴らすとムリョウはカタナを抜き水の刃を飛ばした。恐ろしいのは一連の動作を見ていたのに攻撃と感じたのは水の刃が飛ばされてからだった。
刃はラヴァルと護衛の女の間と通って後ろの壁に深く切り目を入れる。その気になれば今の一撃で二人は殺されていた。護衛の女はラヴァル自らが選び育てた超一流の手練れだが、それでもまったく反応できなかった。
「ふぃー、まいったまいった。わかっていますよ。裏切りはしません」
それでもラヴァルは大げさに両手を挙げて降参のポーズ。胆力だけは本物のようだ。
翌日。早速ラヴァルは女王へ謁見に向かう。もちろんフレイルも一緒だ。新興国であるため他の王国ほど畏まるわけではないが、それでも一外交官と女王である。政務用のビルにある出迎え用の一室で煌びやかな正装ドレス姿のパル。これまた高そうなタキシード姿のラヴァルが女王に挨拶をした。
「ゼノビア女王陛下にはご機嫌麗しく」
ラヴァルはパルの前でわざとらしいくらい大げさにかしずく。
「ルビニアからよく来られた。グレイキングダム専任外交官殿」
「ラヴァルと申します。以後お見知りおきを」
「フレイルから聞いておる。暗殺者を手配した現政権の懐刀であろう?」
「ハハハ、これは手厳しい」
ラヴァルは内心フレイルを呪った。フレイルは赤い軍服に黒いマントの正装姿でラヴァルを見張るように後ろに立っている。
「お前の意思ではなかろうから責めはせぬ」
「寛大な処置痛み入ります」
ラヴァルは深く頭を下げた。
しかし、である。しかし美しい。まだ12歳かそこらのはずだが、威厳もあり少し幼さも残るものの美少女から絶世の美女へと成長中であった。口元のホクロも少しずつ美しさに見合ってきており、あと数年もすれば世界中の王族権力者からの求婚が殺到するだろう。
女王自身が一国に匹敵する価値がある。それが初めてパルを見たラヴァルの感想だった。
大きなテーブルで紅茶と共にいくつか雑談の後、ラヴァルは姿勢を正した。
「ところでゼノビア陛下、進言をお許しいただけますか?」
「かまわぬ。申せ」
「聞き及ぶ所では、あまり国民にお姿を見せていないとか」
「あたりまえでしょう? 暗殺を考えれば当然のこと」
ファイアボディが責め立てるように言った。女王補佐として同席しているファイアボディは普段の白衣と違い胸元も質素な黒いパンツスーツ姿だ。
「お前も来た事だしな」
フレイルも冷たく言い放つ。全員敵のようなテーブルでラヴァルは気にした様子もなく話を続けた。
「いやあ、いけませんなあ。確かに陛下の人気は街で感じましたが、それでも顔を見せぬ為政者というのは」
急に砕けた態度に少々面食らうパルやファイアボディ。それが人心掌握術とはわからずに。
「想像してみてください。陛下が街をパレードして国民の声援を受ける姿を」
パルにではなくファイアボディやフレイルに向けて言った。
「それは……そう、悪くはないですね。いや、いいかもしれませんね」
想像したファイアボディは賛成にまわる。花びらが舞い散り国民の歓声を受けるパルの姿を間近で見る事は麻薬より脳を蕩けさせる。
「……私も賛成です。ゼノビア様、もし暗殺者が現れたとして絶対に私が守ります。それに現れた時点でこの者を処刑します」
フレイルも似たような想像をしたようだ。
「ちょっ、待ってくださいよ。ルビニアだけが暗殺者を送るとは限らないでしょ」
「どうでもよい。どこの国から送られたとしてもお前は殺す」
「いやいやいや」
ラヴァルとフレイルが口論している間にパルはオルソンを呼ぶと、オルソンは耳元で進言した。
「影の死神を護衛につければ安心かと」
暗殺者の懸念はあるものの、この半年国民の前に姿を現さなかったのはさすがに厳しいとオルソンも感じていた。女王ゼノビアの国民人気こそがグレイキングダムの要ではあるのだ。
「おお、それは良い考えじゃ」
正蔵と一緒にいられる。それだけで喜ぶパル。その姿を見て机の下で拳を握るフレイル。その様子を見ていた防衛大臣ハデウルにパルは声をかける。
「ハデウルはどう思う?」
「陛下の望むままに」
綺麗にそろえられたちょび髭の初老の紳士はうやうやしく頭を下げた。
「うむ、二人が反対しないのなら良かろう」
こうして女王ゼノビアのパレードが決まった。
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