第79話 老婆の憂い
正蔵は馴染みの鍛冶屋のハゲ親父を訪ねていた。
「おう、要望通り作ったぜ」
早速スチーム装置の組み込まれたナイフ、スチームクナイを見せてきた。
「片手で扱えるように、ほら、こうだ」
取っ手の部分のスイッチを押してぐいっと上にずらした。スチームは充填されていないので蒸気は噴射しなかったが確かに片手で操作できる。
「いいな。試させてくれ」
そして裏庭。スチームクナイを両手に持ち、スイッチを操作すると左右連続で投げた。蒸気を噴射したスチームクナイは一本目が木の的に当たり、二本目がその的を叩き割った。スピード、威力とも申し分ない。
「ありがとう。最高だ。20本頼む」
「毎度あり」
今度こそハゲ親父は自慢げに鼻の下を指で擦った。
だが、今日の本当の目的は薬師の方だった。
「お邪魔します」
薬師の店に入るとメガネを掛けた老婆は分厚い本を読んでいた。
「おや、あんたかい。どこか調子でも悪いんじゃないだろうね?」
言葉こそきついが薬師の老婆はいつも正蔵の体を心配している。
「体は大丈夫ですが、実はこの毒の成分を調べてもらえないかと。出来れば解毒薬を作ってもらえるとありがたい」
正蔵は小瓶の毒を差し出した。半分はオルソンに渡したが恐らく毒に関してはこの老婆の方が詳しいと思い持ってきたのだ。
「毒かい? また物騒な話しだね」
「恐らく致死性のあるものではないと思います。ただ解毒剤は必要になるような、そんな毒かと」
「ややこしいねえ。まあいい、三日ほど時間をくれるかい」
「三日ですか? そんなに早くありがとうございます。では三日後に」
「お待ち。これを持っていきな」
老婆は丸薬の入った小袋を差し出した。
「これは?」
「また危険な薬を使う時はそれも一緒に飲みなさい。効果は変わらず負担を減らすことができる。そもそも危険な薬は使わない方がいいだけどねえ」
「これは……ありがたい」
「わかっておくれよ? 使わないのが一番。それでもって時の為なんだから簡単に使うんじゃないよ」
「わかっていますよ」
老婆の優しさに心から感謝した。
二日後。
「すまない。こちらはまだまったく解明できていない。ファイアボディは天才だがいかんせん畑違いだしな」
いつものバーでオルソンが謝った。おおっぴらに調査を依頼すると魔術師協会に知られるかもしれないので、信頼が置けて科学に精通しているファイアボディに調べてもらったが、得意とするスチーム工学とは違いまったく解明できなかった。
ファイアボディはスノウレディの名を出して悔しそうにしていたが、どうしようもなかった。
「襲撃自体は問題ないが出来れば毒は効果ないと思わせたいな。猫さんには心安らかに生活して欲しいし」
「どういう事だ?」
一瞬オルソンは違和感を覚えた。殺傷目的ではないなら万が一のある毒矢ではないだろうから、恐らく毒針か飲食、近侍を装って襲撃の三つしかないだろう。
毒味がいるので飲食は考えにくく、襲撃距離からの毒針や毒ナイフの類いは今の正蔵相手には不可能といっていい。
むろん絶対とはいえないので解毒薬があるに超したことはないが、それでも解毒薬を必要とするような状況はあまり考えにくい。
「いや、気にしないでくれ。こちらで手配している薬師に期待するしかないな」
「ああ、期待しているよ」
翌日、正蔵は再び職人街に向かったが、老婆は険しい顔をしていた。
「こんな複雑な毒は初めてだよ。実に陰湿で悪意に満ちている」
「どんな毒なんですか?」
「即効性で全身に痛みがある毒だ。死にはしないが痛みを和らげるためならなんでもするだろうね」
「なるほど……」
「こっちが解毒薬だよ。レシピも書いておいた。こんな毒はこの世から消えて欲しいからねぇ」
「解毒剤にレシピまで。ありがとうございます」
老婆の実力に舌を巻く正蔵。薬に関しては天才的だ。だが。
「あんたが何者かはいまさら訊かないよ。でもね……」
そんな老婆がわずかに涙を浮かべていた。
「あんただって生きていなくちゃいけないんだよ」
解毒剤と共に正蔵に手を握った。
「……わかりました」
正蔵は真っ直ぐ老婆の目を見て答えた。しかし老婆は悲しそうに微笑んだ。
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