第75話 ケンカ屋

 スチーム機関車でグレイキングダムに戻ってきたフレイルとムリョウはスチームカーに乗り換える。

「ほう、これがグレイキングダムとやらか。活気があるのう」

 窓の外を眺めるムリョウ。何もかもが珍しく王都よりも活気があり発展もしているように見えた。

「これからもう一人、戦力を拾いにいきます」

「ワシのようなもんか?」

「そうです。ニンジャの件に限らず今は個の力が必要なのです」

 世界有数の貿易都市だったブリアード・ハブ改め現在はグレイキングダムとして独立しているこの国は、貿易の要所として常に潤っている。移民も多く経済は活況。しかし、そんな国にも闇はある。負け組や犯罪者、貧民が集まるスラム街だ。

 暴力、強盗、殺人など日常茶飯事で、年齢も性別も見た目も貧富も関係ない売春が横行している。麻薬も貴族が使っている上等なものから、鼠も近寄らないような安物までさまざまだ。

 そんな獣以下の有象無象が暮らすスラムでもフレイルの異様は一目置かれた。元々大きな体に丸い仮面をつけてさらに大きくなったフレイルは、マントとスチームアームを装備したルビニアの騎士四人を護衛として連れている。

 まだ陽の当たる世界に戻って間もないムリョウは彼らに続く。本人は嫌がったがフレイルには逆らえず西方風のスーツに不似合いなカタナを腰に着けている。髭を剃った顔は精悍な顔立ちをしている。伸びた髪は後ろに纏められていた。

「おう、いい空気の所だな」

 機関車やスチームカーでも驚きと珍しさではしゃいでいたムリョウは、それまでより楽しそうにしている。住人達は奇妙な一行に怯え、そして敵意をむき出しにしていた。誰であれここの住人は敵意を持っているのだ。


「さて、これはどうしたものか」

 フレイルはソレを見下ろし困惑していた。厚いガラス窓でその表情は見えないが。

 6人の男の死体。しょうもないチンピラだろう。スラムでは珍しくもない。しかしその先。男らを殺したであろう人物を見て困惑しているのだ。

 まだ20代の若者。その南方人の黒い顔は修羅場をくぐってきたことが一目でわかるほど傷だらけだ。本来は精悍なのだろうが、今は死体の男達から奪ったのであろう麻薬を吸ってだらしなく涎を垂らしている。

「有名なケンカ屋と聞いていましたが、こうなっていたとは残念です」

 大国ルビニアの軍を動かせる力を持つフレイルだが、現在のにらみ合いの状況、そして影に潜む殺し屋ニンジャに完敗したことで個の戦力を集めていた。パルを守る者ではあるが、パルが最も信頼する者でもある影の死神。それがフレイルには我慢できないのだ。

 我が主ゼノビア様を守る者も最も信頼される者も自分でないといけない。

だから影の死神は邪魔だった。

 フレイル自身もそうだしルビニアの騎士達も十分に個の強さは持っていたが、それでも正蔵には勝てなかった。正蔵が倒したウルフ軍曹にも何人もの騎士が倒された。

 軍隊を持ち込めない以上、個の戦力を求め部下に探させていた人物がムリョウと目の前の南方人。いつからかスラム最強のケンカ屋と呼ばれていたが、今ではすっかり麻薬中毒になっているようだ。

 フレイルが踵を返すとムリョウと四人の騎士もそれに続く。しかし数歩進んだ所でムリョウは足を止め、続いてフレイル達も振り返った。

 南方人の男は立ち上がり、胸元で拳を固めてファイティングポーズをとっている。

「ゼノビア様のためにゴミは減らしたほうがいいですね」

 みなまで言う必要はない。ルビニアの騎士の一人が腰の剣を抜いて男に斬りかかった。スチーム機構で数倍の力を持った腕から振り下ろされる両刃の剣はしかし、麻薬中毒者にかすりもしない。

 次の瞬間には斬りかかった騎士が吹き飛ばされていた。大の字に倒れた騎士の仮面は拳の形のままへこんでいる。

「なっ、貴方たち」

 フレイルが他の部下に命令をしようとした瞬間、ムリョウがカタナを抜いたのでその動きが止まる。

「左足の腱か」

 ムリョウの言葉に南方人の足下に視線が集まる。重心は右にだけかかっており左足はそえているだけ。左足の腱を怪我したのか壊されたかしたのだろう。しかし、それでスラム街の6人もの男を素手で殺し、スチームアームを装備したルビニアの騎士の一撃をかわして殴り倒したのだ。だらしなかった顔は引き締まり、すっかりケンカ屋のものになっている。

 何故だ? フレイルはわからなかった。 何故立ち上がった? 麻薬中毒者のふりをしたのは自分達との戦いを避けるためではなかったのか?

 事実そう思い立ち去ろうとした。しかし不意打ちするでもなく何故か立ち上がり戦闘態勢をとっているのか意味がわからなかった。

「ケンカ屋ってことなんだろう」

 フレイルの疑問に答えるようにムリョウはカタナの先を真っ直ぐケンカ屋に向けてつぶやいた。どこか嬉しそうだ。フレイル達は下がり、ムリョウに任せた。二人の実力をじっくり見たいのだ。

「その足で先手は難しいだろう」

 言うなりムリョウは斬りかかった。頭上から足下まで一閃。男はまるで陽炎のように揺れて斬撃を避けると同時に拳の間合いに入り込み、右左右と拳が炸裂。ムリョウの頭と肩に拳が当たった。

「やれやれ、期待外れですね」

「数年ぶりの実戦だ、無茶を言うなよ」

 ムリョウは苦笑いでフレイルに言い訳をした。

 一方ケンカ屋の男は驚愕していた。総ての打撃が芯を外されている。見た目こそ派手な打撃だったがほとんどダメージは入っていないだろう。こんな事は初めてだった。

 再び男が迫る。左足に体重をかけられないだろうに驚くべきスピードだ。見ている者もケンカ屋本人も何が起こったのか理解できなかった。気づけば男は膝をつき、ムリョウに背中を取られて首元に刃を当てられている。

「相手の威力を利用して体勢を崩す技だ」

 ポカンとしている周りにムリョウは説明した。

「さて、ケンカ屋。名前はなんと」

 男はしゃがんだ姿勢のまま後ろに蹴りを放つ。ムリョウはバックステップでかわし再び喉元に刃先を当てる。

「斬られる覚悟で反撃か。なるほど、ケンカ屋だな」

 今度はムリョウも目を離さずに隙を見せない。

「勝負ありでしょう。ケンカ屋ドムドム」

 負けを認めたのかドムドムは大の字に倒れ込んだ。

「殺せ」

 そうは言うものの無闇に近づけば反撃してくる。その程度の気配はフレイルにもわかった。

「何故立ち上がったのですか? 廃人のフリを続けていれば良かったでしょう?」

「そこの東方人の気配がな。戦ってみたくなったんだ」

 ドムドムは懐から紙巻きタバコを取り出し火をつける。中身は安物の麻薬なのだろう。

「ケンカ屋の名は伊達ではないですね」

「左足を壊されてからは、ただの負け犬さ」

「その足でこれだけの戦闘力なら十分です。足が動くようになれば、もっと強くなるという事なのでしょう?」

 フレイルは自身の右膝を見せた。正蔵に壊された膝はスチーム機構で補助して動かしている。

「どういうことだ?」

「簡単な話です。あなたは私の部下となり、私のために死ぬまで戦いなさい」

「見返りは?」

「戦闘能力と敵。もちろん寝る場所と食事は困らせません」

 ドムドムは吸いかけの麻薬入りタバコを手で握りつぶして空を見上げる。ボロいが高い建物に囲まれたスラムから見える空は今日も灰色だ。

「……わかった。俺はスラム育ちで礼儀もしらねーし、今まで誰かの下についたこともない。だけどあんたの部下になる。今日を生き延びるためにな」

「いいでしょう。肩を貸してあげなさい」

 騎士の一人、最初に殴り飛ばされた騎士がドムドムに肩を貸した。

「悪かったな」

「いいえ」

 鉄仮面越しの打撃はそれほどのダメージではなかったようだ。


 フレイルは新たな部下であるムリョウとドムドムを連れてグレイキングダムの工場地帯にある比較的綺麗で大きな工場にやってきた。

「我がルビニアの所有する工場です」

 表向きはスチーム機械の製造工場だが、その奥ではルビニアの騎士が装備しているスチームアーマーなどが並んでいた。

「彼らはルビニアの技術者達です。これからあなた達にはさらに強くなってもらいます。短期間で強くなるには武器や装備しかないでしょう。強くなるために欲しい装備があれば彼らに言いなさい」

 ルビニアからやってきた西方人科学者が並ぶ。個の才能ではファイアボディやスノウレディには及ばないものの、総合的な能力では引けを取らないルビニアの軍事技術を支える天才集団だ。

 ムリョウは展示されている武器や装備を眺める。

「ほほー、なるほどなるほど」

 そして自分のカタナを抜いてシュッと振るう。

「なら、あれがいいな。牢獄で子ども向けの本に出てきた魔法使い。手とか杖とかから火とか水とか出していたけど、こう、カタナをふるって空気の刃を飛ばすみたいな」

 ムリョウは子供のように目を輝かせている。

「わかりました。何とかしなさい。ドムドム、あなたは?」

「俺は……足だけじゃなく、全身を改造できるか?」

「コンセプトにもよるでしょうが、そこまでしなくても実力は認めていますよ?」

「足のことがなくてもそいつに負けていたからな」

 ドムドムは科学者と楽しそうに話しているムリョウに目を向ける。

「いいでしょう。彼らに希望を伝えなさい。できる限り対応させます」

 こうして二人の戦士はさらなる強さを手に入れるためにルビニアの科学と融合するのだった。

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