第74話 自由のサムライ
「きゃあああああああ!!」
「うるせえっ!」
体格の良い上半身裸のはげ頭の男が美しい北方人の女の顔を殴った。
「おい、顔は殴るなよ」
リーダーらしき髭面の中年男が呆れた声でたしなめた。
北方人の女は子供から中年まで10人ほどが縄で縛られている。みな銀色の髪で白い肌の美人ばかり。北方人は美男美女が多いのだ。
彼らは盗賊。移民の馬車を襲い男どもは全員殺し女は売るつもりだ。
「リーダー、これだけいるんだ、俺達もやっていいだろ?」
背の小さいまだ若い男が訊いた。鼻が大きい醜男がナイフ片手に薄着に剥いた美女を見ている。
「若いのはダメだ。処女の方が高く売れるからな。大人はいいが傷はつけるなよ?」
「へへへ、その言葉を待ってましたぜ」
醜男が舌なめずりして20代後半の美しい女に手を伸ばす。リーダー以外の6人の男達がそれぞれ女の腕を掴んで押し倒した。
「おうおう、女の悲鳴が聞こえて来てみれば人攫いどもか」
予想外の声に全員が振り向いた。
生き残り? いや北方人ではない。
「東方人か? 何を言っているかわからんぜ」
盗賊達はよく鍛えられていた。すぐに全員が武器を手にとって臨戦態勢になっている。
「若のサムライならこの場面、助けるわな」
東方人の20代前半の男は折れた木の枝を片手に盗賊達に近づいてきた。
「邪魔しやがって!」
背の低い醜男が機敏に動いてナイフを刺した。いや、刺したと思った。しかしナイフは空を斬り、替わりに喉を木の枝で貫かれていた。東方人の若者はナイフを奪うと斧を持ったハゲ男に近づく。
「こいつっ!」
一瞬あっけにとられていたハゲ男は斧を振り落とした。いない。確実に捕らえたはずの東方人はそこにいなかった。ハゲ男は斧を振り落としたまま喉から血を吹き出し崩れ落ちた。
訳のわからないままリーダー以外の盗賊は殺された。
「ま、待て、わかった。女は全部やる。だから」
「わりいな、まだこっちの言葉はわからねーんだ」
倒した盗賊から奪った剣でリーダーの心臓を貫いた。東方人は傷一つ点けられる事なく盗賊団をあっという間に全滅させた。
「ありがとうございます。どうかお名前を教えてください」
「わりいな、なに言ってんのかわからねーんだ」
「あの……せめてお礼にこれを」
救われた最年長の女が自分の荷物からいくつかの金銭を差し出した。
「くれるのか?」
東方人は一瞬とまどった。人助けに報酬をもらっていいのか?
「今のワシはサムライじゃなく流浪人だからな。ありがたくもらっておくよ」
北方人にはわからない言葉で金を受け取ると東方人は……ムリョウは去って行った。
長い銀髪を北方人美女を見て、ふと10年ほど前のことを思い出すムリョウ。
時は一ヶ月ほど前、大テルニア王国の王都。その郊外にある特別収容施設。古い塔を改装した貴族、政治犯、有名人の犯罪者を収容する場所だ。
その地下深くに極秘で収容された東方人がいた。ムリョウと名乗る30代の男。
故郷を離れ放浪していたムリョウは北方人の女達を救った後も何度か人助けをする事があった。人助けの報酬や日雇いの仕事でその日暮らしの生活をしながらあてのない旅を続けていた。
そんな中ある貴族が襲撃されている場面に遭遇した。腕に覚えのあったムリョウはいつものように貴族を守り襲撃者達を返り討ちにした。
本来なら英雄である。
しかし、密かにこの塔に捕らえられたのは襲撃者もまた貴族だったからだ。貴族を守った英雄であり、貴族を殺した逆賊である。そんな事情が密かに投獄される結果に至った。
ろくに言葉も知らぬ異国で、よくわからない理由で陽の光も届かない地下への投獄。事情を知る刑務官はムリョウと対話をして言葉を教え、簡単な本を差し入れして文字を覚えさせた。いずれ罪は晴れると思ったからだ。
それも刑務官が代替わりすると、ただの異国の犯罪者として扱われるようになった。ムリョウは言葉は覚えたもののやることもなく、日々想像の戦闘を想定して無刀で訓練を欠かさなかった。それ以外やることがなかったのだ。
このまま朽ち果てるときを待つだけの日々にフレイルが現れた。貴族同士の抗争と顛末を知っていたフレイルは襲撃者をたった一人で、しかも圧倒的な戦闘力で撃退した東方人がどうなったのかを調べ、この塔の地下に捕らえられていることを知った。
数年前の事件であり、本来西方人の特別階級専用の監獄だったこともあり、その扱いに困っていた管理者はフレイルの提案、つまり少なくない金額と引き換えに死亡したことにして身柄を引き受けることに同意したのだ。
「何を見ているのですか?」
フレイルは北方人の女を見ているムリョウに声を掛けた。
「いや、昔を思い出してな。それより生きてまた陽の光を浴びれるとは」
数年ぶりの太陽を眩しそうに見上げるムリョウ。年齢より年上に見えるのは伸び放題の無精髭のせいだろうか。東方人の平均より背は高いが、西方人に比べると小さい。服の上からでもわかるしなやかで筋肉質な体。
「私に感謝しなさい。そして忠誠を誓いなさい」
「もちろん。この命はあんたに預けるとも」
ムリョウはがっはっはと笑う。
「このカタナを使いなさい」
王都の滞在しているホテルにやってくると、フレイルはムリョウに鞘ごとカタナを渡した。
「ほう、これは名刀だ」
ムリョウはカタナを抜いて眺めながらため息をつく。
「サムライにはカタナが必要でしょう? 詳しくわからないので店にある一番高いものを買いました」
「ふむ、ワシはサムライではないがこれは良いものだ。どうしてワシにそこまでする?」
「言ったでしょう。あなたにはニンジャを殺してもらいます」
「ふむう。わざわざワシを救い出すほどのニンジャとは何者なんだ?」
「影の死神という名を聞いたことは?」
「ないのう」
「私が知る限り最強の人物を倒し、そして私も」
「その膝を斬った相手か」
スチーム機構で補助されたフレイルの右膝を見た。
「そうです。とにかく強いうえに隠密にも優れています。チャンスに確実に殺さねばなりません」
「なるほどのう。まあワシに任せてくれればいい。ニンジャとの戦いは心得ておる」
がっはっはと笑うムリョウだった。
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