第73話 獲物狩り

 その鍛冶屋は南方人のハゲ親父がやっており、裏の仕事で使う黒い直刀や武器道具などだけでなく高性能な義足も作ってくれた。腕のいい親父だが義足はスチーム機構が備えられており、その部分は取り外した義足をメンテナンスしている白く長い口ひげをたくわえた東方人の老人が担っていた。

 ここは移民が集まった職人街。市場ほど大きくはないが、世界中の珍しいものや技術が集まり賑わっている。

「おやおや、また無理をして」

 そんな移民の中では珍しい西方人の老婆がやってきた。品が良いが意思は強い。そんなお婆さんだ。老婆は義足のメンテナンス中の部屋に入るなり座っている正蔵の膝下から先のない右脚の傷口をマジマジと見た。

「前よりはよくなっているねえ」

 険しい顔をしながら粘り気のある液体を塗り込む。ヒヤッとしたあとじんわりと暖かくなる。打ち身や擦り傷に驚くほど効果のある塗り薬だ。

 続いて老婆は正蔵の目をのぞき込むと、次は口の中を見渡す。腕や心臓あたりも調べる。

「うーん、少しは良くなっているのかねえ」

 老婆は納得のいっていない顔だ。

 それは二ヶ月ほど前の話だ。いつも通りメンテナンスを受けている時に近所で薬師をやっているというこの老婆がやってきた。やってくるなり正蔵はこの老婆に叱られた。

「あんたは何てことをやっているんだいっ!」

 困惑する正蔵と鍛冶屋を置いて老婆は出て行くと、メンテナンスが終わるころに戻ってきて半ば無理矢理に苦い粉薬を飲ませた。

「悪い薬を使っただろ? 飲んではダメな薬だ。理由はあるんだろうけど、命を削ってまで使う理由なんてないんだよ」

 最初は厳しかった声が最後は優しい哀れみを持った声になっていた。ウルフ軍曹との戦いで使った秘薬のことを見破った老婆は、移民街で薬師を営む西方人。並の医者より腕がたち、近所の人からは親しみを込めて魔女と呼ばれている人物だった。

 寿命を10年は削ると言われている秘薬だが、この老婆のおかげで数年はマシになっただろうか。そう思えるくらい体が楽になった。命の恩人と同じくらい正蔵は感謝しているのだった。


 義足の整備や買い物を終えて一度家に帰ると夕方にまたスチームバイクに乗って出かけた。裏通りにあるバー。まだ外は明るいが店は賑わっている。オイルランプで照らされた薄暗い店内の一番奥のテーブルにはすでに待ち合わせの相手がいた。

 オルソン・ブラウン。10年以上前に行き倒れの所を助けてくれた心優しい西方人だ。

 当時は新米警官だったオルソンは今では新国家の治安担当大臣であり女王の護衛隊長と大出世をしている。使い古したスーツを着ているのは目立たない為だが、周りの客は気にする様子もなく飲んで騒いでいる。

 ブラウンの髪を綺麗に整え、全体的に正蔵より一回り大きい体格に合った高そうなスーツを着ている。髭も綺麗に剃られており、青い瞳にはオイルランプの光が反射している。

 二人は瓶のエールで乾杯してしばし雑談。

「そろそろまた猫ちゃんに会いに来てやってくれ。マサゾウに会うとリフレッシュできるみたいだから」

 猫ちゃんとはパルの事。偽名のパルも誰に知られているかもわからないので、こんな場末のバーでも呼び名を変えているのだ。

「わかった。お土産の一つでも買っておくか」

「ははは、そんなの気にするなよ。会えるだけで喜ぶからさ」

「そうか? わかったよ」

 そうして二本目のエールを受け取ると本題に入った。

 特に会話はない。オルソンに渡されたメモを読み、覚えると灰皿で燃やす。

そしてオルソンは少なくない金の入った袋を差し出す。

「いや、金はいらない」

 正蔵は袋を押し返した。パルが納める国の治安担当大臣からの裏仕事はつまり、パルの為の仕事だ。ならば金を受け取る必要なんてない。

「それはダメだ。パルちゃんのために」

「パルさんの?」

 思わず二人とのパルの名を口にしてしまう。正蔵が周囲を伺っているから大丈夫とは思うがより一掃声を小さくする。

「これは女王も大臣も関係ない、俺の個人的な依頼だ。猫ちゃんには一切関係ない。この殺人の責任をあの子に負わせるわけにはいかないだろ?」

「……そう、だな。うん、そうだ。ありがとう」

 道具が主のために戦うにしろ殺人にしろ当然のことである。そう育てられた正蔵だが、さすがにもうそれではいけないことは理解していた。

 大人二人がただ金で人殺しの仕事をしている。無垢なる少女には何の関係もない。それだけでないといけないのだ。正蔵は金を受け取りエールを飲み干すと店を出て行った。


 再びスチームバイクで移動するとひとけのない場所に止めて黒装束に着替えた。バイクの内側に隠した武器や道具を装備するとビルに向かった。

 そのビルはギャングが住み着いていた。主なビジネスは人身売買。頼るあてのない移民をさらい暴力で支配して国内海外を問わず売りさばいていた。グレイキングダムになり移民が増えたいま、莫大な利益を上げて警察に賄賂を渡し捜査情報を得ている。警察の大規模な立ち入りは事前にばれて逃げられるので、正蔵に依頼したのだ。

 今日は幹部達が集まる日。いつにもまして警備は厳重だ。スチームガンや火薬銃を装備した体格のいい男達が多数警備している。

 入り口には見張りが4人。影に紛れて侵入しターゲットだけを暗殺するのは容易い。しかし。

 その影は闇から突然現れた。

「なんだ?」「おい!」

 二人の眉間にシュリケンが刺さる。

「敵!?」「襲撃かっ!」

 背中から抜いた黒い直刀を一閃。二人は首から血を吹き出しながら崩れ落ちる。騒動を聞いて見張りが集まってくるが、影の姿をみた瞬間に倒されていく。ただのギャングと影の死神の差はそれほどあるのだ。

 ギャングの事務所がある四階の一番奥の部屋。そこに今回のターゲットであるギャング幹部達が集まっていた。扉の向こうには六人の護衛がスチームガンを向けている。

「いいか、誰が入ってこようと開いた瞬間撃て」

 幹部達は金や宝石をポケットに積み込み緊急脱出用の窓に向かっていく。

「影の死神を倒した奴は幹部にしてやるからな」

 四人の幹部の一人がそう言うと脱出用の窓を開けた。瞬間首が飛ぶ。窓から影が入ったと思うと二人、三人の首が飛んだ。

「うあああああああ!!」

 最後の幹部が胸から火薬拳銃の抜くと手首ごと拳銃が飛んでいく。正蔵がシュッシュと二閃するともう片方の腕と首は胴体から離れていった。異常を聞きつけた護衛達が部屋にやってくると幹部は全滅していた。

 ただ一人立つ黒い影。

「ヒィッ、ゆ、ゆるして」

 武器を捨て両手を挙げる護衛達。しかし……正蔵は戦意を喪失した護衛達も皆殺しにしてビルを後にした。

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