スチーム街のニンジャ

第71話 独立

　今まさに全軍が侵攻を開始しようとしていた。そこにフレイルからの急報が届く。

『全軍撤退せよ。ゼノビア陛下の最初の命令である』

　どんな思惑があろうと、その言葉に逆らえる兵士は国境沿いのルビニア軍にいなかった。保守派の協力がなければ戦えないのはもちろん、無視すれば逆賊と見なされ背中から撃たれかねないのだ。

　間もなくルビニア軍は撤退を始める。大テルニア王国の軍も最初は半信半疑だっが、ルビニア軍の姿が見えなくなってようやく一息がつけた。

　戦争は回避されたのだ。

　フロッグの野望が潰えるのは早かった。

　組織乗っ取りの準備をしていた秘密基地にファイアボディ率いるスチーム・ロボが乗り込み破壊し尽くした。ジョンの部下、今は女王ゼノビアの忠実な臣下がフロッグを捕らえて女王の前に突き出すと、フロッグは靴を舐めそうな勢いで許しを請うた。

　新たなる主の慈悲により当分の間は真面目に働くことになったが、実務に関してはジョンが認めただけあって十分な働きを見せた。経済だけが頼りのグレイキングダムにとって、その舵取りは存亡に係わる重大事なのだ。

　そして大テルニア王国政府及び王室との交渉である。

　当然難航しており現在も交渉は続いているが、今のところ軍がグレイキングダムに攻め入ることはなく、政治・軍事的には膠着しつつ経済的にはそれなりに交流が続いていた。

　どうあれしばらくは時間的余裕を得ることができたのだ。まだ子どもと思っていたパルが直接政府の担当者相手に交渉をして国からの介入や侵攻を防いだのである。その手腕はファイアボディはもちろん、子どもであった時を知るオルソンでさえ尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

　オルソンは治安部から女王直属の護衛隊長となり、ジョン以上にパルに心酔しているファイアボディと共に彼女を支えていた。一度は暗殺を画策した治安部や警察組織も今では完全に女王に仕える組織となっていた。

　ジョンが認めた王者だからなのか、パルではない女王ゼノビアを中心にグレイキングダムは一国としてまとまっていく。美少女の女王を支持しない国民などほとんどなく、ルビニアや大テルニア王国にもその支持者は増えつつあった。

　今はまだ静かに、しかし確実にパルを中心に二大国、ひいては世界が動きつつあった。

「ふぅ」

　夜遅い時間。護衛も側近も部屋から下げると、少女は女王ゼノビアからパルに戻りため息をもらした。今でも暗殺者に狙われている可能性があるので、扉の前に護衛がいるのは仕方がない。しかし疲れる。

　用意されていた暖かいミルクティーが入ったカップに口をつける。葉もミルクも良いものだ。でも安い茶葉と安いミルクで作った紅茶を懐かしく感じる。

「お疲れですね、パルさん」

　誰もいないはずの部屋で男の声。窓から黒い影が入ってくる。

「マッ！　マサゾー」

　危うく叫びかけて慌てて声を潜めるパルは正蔵に駆け寄った。

　正蔵は街の何でも屋に戻っていた。オルソンを交えて何度も話し合いをした。パルを守るためには近くにいるほうがいいが、影の死神を狙う敵もいる。それは何度も経験してきた。

　影の死神の近くに女王はいないほうがいい。それが結論だった。だから遠くからパルを守る。そしてこうして時々顔を見せにくる。それだけがパルにとっての慰めだった。

　この時ばかりはパルは普通の少女に戻り、日々の不満や喜びを語る。まだ子どものようにはしゃぐパル。

　しかし二人はまだ気づいていない。ベッドに横並びに座る二人は、大人と子どもの距離ではなくなっていることに。

グレイキングダム編　完

　完全に独立国家として動き始めたグレイキングダム。その中心地の駅では以前に近い人の賑わいをみせていた。

　また機関車が駅に止まる。そこからまだ20代前半頃の黒いスーツ姿の男が降りてきた。首にはブローチがかけられている。大蛇が裸の女神に巻き付き下腹部と胸を隠し、女神の顔に向かって大口を開けているブローチ。長らくグレイタウンから排除されていた魔術師協会の人間だ。

　男が周りを気にしてブローチを懐に隠していると、別の車両から降りてきた黒いフードの怪しげな者達が男に近づいてくる。

「これからどちらに？」

　黒フードの一人が男に話しかける。どうやら彼らは魔術師協会の男の部下のようだ。

「まずは拠点へ。それからフレイル殿に会いに行く」

　男が手早く耳打ちすると、黒フード達は人混みに消えていった。

　大テルニア王国の王都。その郊外。そこには古びた塔がある。遙か昔に建てられたその塔は現在は犯罪者の収容所になっている。それも政治犯、貴族、有名人など特別な人間専用の収容所だ。

　その地下に人知れず捕まっている東方人がいた。ロウソクだけの明かりが灯る暗い部屋で半裸の男が無刀素振りをしている。それも単なる素振りではなく、なんらかの敵をイメージしているようだ。

「食事の時間だ」

　素振りは厚い扉外からかけられた声で中断した。

「おう、この国はワシみたいなモンにもちゃんと飯を食わしてくれるのはありがたいのう」

「お前のような蛮族の国とは違うからな」

「がっはっは、まさにそうだな」

　髭面で年齢不詳の男は豪快に笑うと下の隙間から差し入れられた食事を美味しそうに食べた。食事を終えて再び素振りを始めようとすると、ドンドンと扉が叩かれた。

「なんじゃ？　飯はもう食ったぞ」

「客だ。下がれ」

「客？」

　自分に客など訪れずはずがない。不思議に思いながら扉から離れると、おもむろにその扉が開かれて奇妙な巨体が入ってきた。丸い鉄球に一つ目のガラス窓。フレイルである。

「東方人よ。ニンジャは知っていますか？」

「ニンジャ？　ああ、昔はよく返り討ちにしたもんだ」

「いい答えです。私についてきなさい」

「ん？　出てもいいのか？」

「私が許可します。あなたここを出て、そしてニンジャを殺すのです」

～to be continued～