第70話 女王誕生

 国境沿いではルビニア軍が侵攻の準備を進めていた。スチームガンを装備した大型スチーム・カーが並ぶ。その周囲にはスチーム機構を組み込んだ全身鎧にスチーム・ガンを手にしたルビニア重装騎兵。その後方には通常装備のルビニア兵が隊列を組んでいる。今にも戦争が始まると、兵士達の士気は高かった。

 パルのため。真なる女王を迎えるため。それはあくまで建前だ。国境沿いに集まっているのはルビニア保守派を中心とした軍ではあるし、多くの兵士は王政復活を望んでいるが、上層部はそれだけではない。開戦派の上層部は軍需産業を始めとした戦争で儲ける者もいれば、カルト並のアンチ大テルニア王国主義者など戦争自体が目的の者が多かったのだ。


 一方、大テルニア王国もルビニア軍に対峙する形で軍隊を配備しているが、その数は国境向こうに比べて半分程度だ。グレイキングダムを名乗り独立宣言をしているブリアード・ハブにも軍が向かっていることもあるが、ジョンの工作により各地の軍に混乱が起こされていたからだ。

 さらには100年の平和からいきなり戦争が起きそうな状況で兵隊の士気も低かった。グレイキングダムことブリアード・ハブは独立宣言した今でも国内最大の経済都市だ。さすがにルビニアに奪われることを阻止するために戦うことになる。

 全面戦争である。大国同士の全面戦争。それはやがて世界に波及し全世界を巻き込んだ大戦争にもなりかねなかった。


 その頃、競技場には多くの人が集まっていた。次の当主のお披露目とか、それがまだ若い美少女とかとの噂が流れ、興味本位が半分。ジョンの支持者と真にグレイキングダムを独立国家としたい人々が半分といった所だ。

 そしてその中には当事者を気遣う人もわずかながらいる。

「マサゾウ……パルちゃん……」

 エリンは妙な熱狂に包まれた人々に囲まれて不安そうに高いステージを見ている。

 地下二階。パルとファイアボディが台にのるとゆっくりと上昇していく。スチーム機構を利用した昇降装置だ。

「ゼノビア様、こちらを」

 ファイアボディはずっと大事に持っていたケースから王冠を取り出す。パルのために用意された新品の王冠だ。

「……うむ」

 ファイアボディはパルの頭に王冠を乗せる。パルの小さな顔に合う小型サイズでよく似合っている。

「外にでます」

「うむ」

 大きな音楽と上空に向けた色つきのスチーム。派手な演出の中、白いドレス姿に王冠を被った美少女があらわれる。白いドレスには正蔵の治療の時についた血の跡があるが、遠目には赤いバラの花びら模様に見える。

 おおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!! 世界中に聞こえるのではないかというくらい大きな歓声が上がった。

「パルちゃん……」

 無事な姿にホッとしたものの、これからどうなるのか心配そうなエリン。

「ゼノビア様」

 舞台にはジョン直属の護衛とは別にオルソンがいた。

「オルソン、どっちじゃ?」

「護衛ですよ。あなたとマサゾウを裏切ることは出来なかった」

「ならばよい」

 パルは微笑む。それはよく知る少女のものではなく、王族のものだと感じた。

「さて、おじいさまと約束したしな」

 パルはつぶやくと一段高い舞台に上がり、そこに用意された拡声器に話しかける。

「みな、よくぞ集まってくれた」

 パルが話し始めた瞬間、水を打ったように静まりかえる。

「初代グレイキングダム国王ジョンの孫、ゼノビアである」

 再び大きな歓声。パルは静かになるまで待った。

「ジョン陛下は先ほど崩御なされた」

 会場がざわめく。まったく予想外のことだった。パルはそれを無視して話しを続ける。

「ジョン王は亡くなった。よって、その孫であり大テルニア王国と隣国ルビニア、それぞれの王家の血を引くこのゼノビアが女王となり、この国、グレイキングダムを統治する」

 それが祖父の耳元で囁いた約束である。さらに歓声は大きくなる。少なくともパルの言葉はこの場所のみんなに受け入れられているようだ。

 そしてその歓声は地下まで届いていた。


 正蔵は……血だらけの正蔵もその声を聞いていた。

「おやおや、始まってしまいましたね」

 柱の陰に隠れながらルビニア政府の殺し屋は小型のスチームガンに新しい矢弾を装填する。強敵との連戦ではあるが、成長した正蔵相手に一方的にダメージを与えていた。

 強い。異常な強さだった。攻撃の気配を読めるようになった正蔵だが、この殺し屋はそれが出来なかった。まったく気配が読めない。逆に正蔵の動きは完全に相手に読まれていた。

 飛び道具。目くらまし。スチーム・ボム。知らない武器や道具のはずなのに、雰囲気を察するだけで効果的な避け方をする。それがルビニア超一流の殺し屋だった。

「早く死んでくださいよ。標的はあなたじゃないんですから」

 柱の右から来る! その気配とは逆に左からあらわれた殺し屋は撃つと感じた時には既に左の太ももに痛みを感じていた。金属の矢が刺さっている。ジョンが考えるだけで動かせた護衛のスチーム・ロボ。そのロボが放つ矢さえ避けられた正蔵がまともに攻撃を受けるのだ。

 矢を抜き物陰に隠れる正蔵。精神を落ち着かせ、感覚を研ぎ澄ます。敵は……いない?

 パルのもとに向かわれたのかと慌てて飛び出すと、それを待っていたかのように金属の矢が心臓を狙う。故郷秘伝の帷子がなければ致命傷であったが、かわしきれずに矢の衝撃を胸骨に受ける。

 お互い隠れる。殺し屋は矢弾を装填し、正蔵は傷の手当て。冷静沈着。そして気配を読む。間違いない。相手は自分と同じタイプで自分より格上だ。

 正蔵はすぅっと息を大きく吸い込むと今受けたダメージで胸が痛む。そんな痛みを気にせずに、ゆっくりと吐き出しながら考えることは一つ。自分がここで負けたらパルが殺される。そんなことは許されない。許してはならない。

 生きることは考えるな。パルのため。パルのためだけの道具であることを忘れるな。

「おやおや」

 殺し屋は剥き出しの殺気を感じて呆れる。勝てないと悟って相打ち覚悟か。殺気が動く。一直線にこちらに向かってくる。殺し屋は気配を消して移動する。あとは待ち構えて仕留めるだけ。まだ肝心のターゲットが生きているのだから早く終わらせたかった。

 正蔵は殺し屋がいたであろう場所にニンジャ刀を振るう。そのタイミングで奥に移動していた殺し屋がスチーム・ガンを撃つ。正蔵はそれを左腕で受けながら向かう。まるで人狼のような戦い方だ。

「おやおや」

 殺し屋は苦笑いを浮かべて距離を空ける。正蔵はさらに速度を上げてニンジャ刀で斬りかかる。殺し屋はスチーム・ガンを捨てて大きなナイフに武器を持ち替えると正蔵の斬撃をナイフで受けつつ左太ももの傷を蹴る。痛みで動きが遅れた正蔵の首を狙いナイフを突き立てた。

 が、その読みは外れた。義足のスチーム噴射で速度があがり、わずかに動脈には当たらなかった。同時にニンジャ刀の一閃でナイフを持つ腕が飛ぶ。

「んん?」

 殺し屋は違和感を覚える。何かがおかしい。読み、タイミングは完璧だったはずだ。何らかの動きの変化も予想した。それなのに! 殺し屋は残った手で新たなナイフを取り出す。

 なんだ? なにが変わった? 同士討ちが目的のはずだ! 

 再び正蔵のニンジャ刀が迫る。死を恐れずに真っ直ぐ来る。その気迫しか感じない。ニンジャ刀一閃。殺し屋はそれをギリギリで避けカウンターで正蔵の頭を狙う。

 完璧なタイミングはしかしまた避けられる。最初からカウンターを読んでいたのだ。再びナイフを持った手が宙を舞う。

「なぜ?」

 両手を失った殺し屋は呆然としていた。どこで読みが狂った?

「パルさんの所で戻る。そう約束したから」

 正蔵はそう言うと殺し屋の首が宙を舞った。相打ちでも倒すことを考えた正蔵だったが、パルとの約束を思い出した。相打ちの殺気とパルに生きて会うという矛盾した感情が殺し屋の研ぎ澄まされた読みを狂わせたのだ。


「フレイル!」

 舞台上のパルが叫んだ。人々が混乱する中、その人々をかき分けて異様な人物が近づいてくる。フレイルである。

「ゼノビア様! ゼノビア様!」

 フレイルは舞台上のパルを見上げる。丸い鉄球の厚いガラス越しで表情は見えないが、感涙しているのは察することができた。

「フレイル」

「は、はい!」

「ルビニアの軍を国境から後退させよ」

「しかし」

「グレイキングダム女王ゼノビアの命令である」

「はい! すぐに!」

 フレイルは再び人々をかき分けていく。その姿はどこか嬉しそうだった。国境に集まっているのは確かに戦争自体が目的の開戦派が支配している。しかしフレイルをはじめとした王政復活を望む保守派を無視して侵攻できるほどの力はなかった。最も士気が高く、最も命知らずなのがその保守派だったからだ。

「オルソン」

「はい」

 オルソンはパルの前で片膝をついた。

「事はウチが納める。政府に余計な刺激を与えぬよう時間をくれと伝えてくれ」

「かしこまりました」

 オルソンは頭を下げる。

「……ずっとそういう話し方をするのか?」

「あなたが女王である間は」

「そうか。しかたないのう」

 パルは悲しそうな表情を見せるとオルソンとファイアボディだけを伴って再び昇降機に乗り込んだ。


 地下に戻ってきたパル。グレイキングダム女王ゼノビア。そこには正蔵が待っていた。ほんの少しの時間だったのにさらに傷だらけになっている。

「殺し屋は倒したのか?」

「もちろんです」

「そうか……」

 パルは正蔵に近づくとその胸に顔を預ける。

「うう……マサゾゥ……」

 女王は、その時だけは少女に戻り静かに泣いた。正蔵の傷。もう戻れない日常。祖父の死。色々な感情が混ざり合い、気丈なパルも限界を超えていたのだ。

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