第69話 ジョンとパルと正蔵

「ふむ、ゼノビア、そろそろみなの前に行くとしよう」

「……」

 パルは動こうとしない。

「間もなくルビニアの軍が国境を越える。それを止めることが出来るのはお前だけじゃ」

「おじいさまは意地悪じゃ」

「そう言うな。これでもお前のためを思っておるのじゃ」

「そうは思えんがのう」

 パルは仕方なくジョンに続く。スチーム機構がついた車輪付きの椅子に護衛は身長3メートルほどの小型スチーム・ロボが2体。どちらもジョンが考えるだけで動く機械だ。

 人間ではファイアボディだけが付き従う。普段の胸元が大きく開いた服ではなくフォーマルな格好だ。


 広く大きな通路。無骨な柱が並び壁際にはよくわからない機械や道具が雑多に置かれている。通路には人がいなかった。少なからず部下がいるはずなのに。ジョンはすでに知っていたのか気にした様子はない。

「ひぃっ」

 最初に気づいたのはファイアボディ。怯えた悲鳴が漏れる。通路の先、そこには死神が、あるいは救いの天使が待っていた。

「マサゾー!」

 パルが駆け寄ろうとするもジョンに腕を掴まれて止められる。

「きたか影の死神よ。会うのは初めてじゃな」

 ジョンはどこか楽しそうに話す。三人の幹部を殺されたが、そのうちの二人はジョンにとって殺されて都合のよい人物であった。だからというわけではないが、今までそれほど敵視はしていなかった。

「ジョン様、とお呼びすればいいのか? パルさんを救いにきた」

 正蔵は答えながら観察する。護衛は両手がスチームガンになっているスチームロボの二体のみ。ファイアボディはすでに物陰に隠れているし、ジョンは車輪付きの椅子に座ったままの半分機械の老人だ。二人に戦闘能力がないのは考えるまでもない。

 パルはジョンに腕を掴まれているが、人質にしたり危害を加えることはないだろう。ただ距離が近いのでいくつかの武器や道具は使えない。

「救いにか、笑止な。超大国の女王となるゼノビアを攫うか」

「それがパルさんの幸せなら」

「小賢しい。そんなものが幸せではあるまい。お前にもわかっておるじゃろ? この娘は市民で終わる存在ではない」

「そうだとしても、本人の意思なしに決めさせはしない」

「ほう、ならばどうする? ワシがその気になれば、我が国中に裁きの矢を放つことが出来るのじゃぞ?」

 裁きの矢。正蔵もオルソンから聞いている。駐留の軍を壊滅させた金属の矢の雨。ジョンがその気になれば、それをこの街全体に降り注ぐことができるのだろう。だが。

「無駄じゃ、おじいさま。マサゾーはうちのことしか見ておらぬ。街の人間が何人死のうが気にせんわ」

 答えたのはパル。駆け引きなのか本音なのか。

「そうは思えんな。お前が大事なのはそうじゃろう。しかしお前が生きる街も大事であろう」

「どうかの? いざとなればそんなこと考えはせんぞ」

 パルがジョンの注意を引いたのを見て、正蔵は一歩足を踏み出す。プシュップシュッ。二体のスチームロボの腕から金属の矢が撃たれる。反応速度、正確さも以前戦ったスチームロボの比ではない。

「ほう、それを避けるか」

 ジョンは驚いていたが、まだ余裕の表情だ。確かに避けはできたがギリギリだった。

「おじいさま! やめるのじゃ!」

「もう始まっておる。今更とめられはせぬよ」

 ジョンは正蔵を目で追いながらスチームロボから矢を放つ。正蔵は驚異的な反応で避けるが、それでも何本かは体をかすめて傷つけた。

 異常だ。あまりにも異常な精度だ。並の人間よりも正確すぎる。このままでは。反撃の隙もなく正蔵は追い詰められる。

「マサゾー! おじいさまが動かしておる!」

 パルの声が届いた。ジョンが狙い、スチームロボが撃っている。それを理解した瞬間、正蔵はスチームボムを投げる。蒸気による目隠しと、爆発に反応してスチームロボがあらぬ方向に矢を放つ。

「くぉ」

 勝負はその一瞬だった。ジョンの喉に手裏剣が刺さる。息ができない。集中できずに相手を狙えない。この一瞬でここまで。ウルフ軍曹を倒した相手を侮っていたのか?

 ジョンは後悔する。ここまできてこんな相手に殺されるのか? これが王の最後か? いや、せめてもろとも滅ぼしてやる。我が国とともに。


 ジョンはそう考えた。


 グレイキングダムの各所にある秘密工場ではブザーが鳴り響き、巨大な砲塔が天を目指す。狙いは人の多い地区。そしてこの競技場に集まる人々。王は国民とともに。

「おじいさま、もうやめるのじゃ」

 パルは両手でジョンの手を握り、そして耳元でなにかを囁いた。その瞬間、各地の工場ではブザーが止まり巨大なスチームガンの砲塔が降りていく。街は守られ、老人は穏やかな顔をしてその不幸な生涯を終えた。


「パルさん」

 正蔵はそのボロボロの体のままパルのもとに来て片膝をつく。

「マサゾー……傷だらけではないか」

 パルは正蔵の頬に手をあてる。

「なんてこと、ないですよ」

「マサゾー……」

 正蔵はその場で応急処置を行う。パルもそれを手伝った。二人っきり。ファイアボディは影の死神を恐れて遠くで見守る。

「マサゾー」

「はい」

「マサゾーはずっとウチのマサゾーでいてくれるか?」

「俺はずっとパルさんのマサゾーですよ」

「ウチが女王になっても、ウチがパルという名でなくなっても、ずっとウチのマサゾーでいてくれるか?」

「もちろんです、俺はずっとあなたのマサゾーですよ」

「そうか、だったらよい。ウチはこの国の女王になる。そして戦争をとめる」

 ようやくパルは笑顔を見せた。ああ……。正蔵はそれだけで総てが報われた気持ちになる。

「ファイアボディ」

「は、はい!」

 パルに呼ばれて恐る恐るやってくる。

「案内してくれ。ウチが出ねば騒動は収まるまい」

「はい、はい、こちらです」

 正蔵をチラチラと気にしながら前を歩くファイアボディ。プシュ。その音は通常のスチームガンの発射音より小さいが、正蔵は回転しつつ義足の蹴りで金属の矢を落とした。矢は確実にパルを狙っていた。

「ほほほ、人間離れしてますね」

 黒いコートに目深に被った黒い帽子の中年男が柱の陰からあらわれる。痩せこけた薄いひげ面。手には小型のスチームガン。

「ルビニア政府の殺し屋か」

「そうですよ。信じるかどうかわかりませんが、アタシひとりです」

「なるほど」

 本当に一人なら相当に腕に自信があるのだろう。

「ゼノビア様、時間が……」

 ファイアボディがつぶやく。会見の時間が近づく。それと共にルビニアの軍が国境を越え100年の平和が終わる。

「マサゾー、ウチは進む。素早く倒してウチの所に戻ってくるのじゃ」

「もちろん」

 パルは前に進む。正蔵は最後の敵の前に立ち、ニンジャ刀を構えた。

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