第66話 迫る運命
暗い廃屋。青年が一人椅子に縛り付けられていた。
ジョンの部下、それもジョンに近しい人物である。青年はルビニアの暗殺者から一通りの拷問を受け終えていた。
「い、いいます。全部話します」
両手両足の爪を剥がされて、歯も半分は抜き取られている。もはや抵抗する気力もないのか、男はジョンとパルの居場所や行動予定などを総て話した。
「うーん、なるほどぉ」
殺し屋は細い葉巻を吸うと赤い先端を相手の右目に押しつけた。
「ぎゃあああああああっ!!」
青年は血飛沫と共に叫ぶ。
「居場所も日時もウソですねぇ」
殺し屋はねちっこい口調で言った。
「ウ、ウソじゃありません!」
「ワタシはねぇ、ウソがわかっちゃうんですよぉ」
そうしてまた拷問が再開される。それでも青年はウソをつき、左目も焼かれ、3度目の拷問ルーティーンでようやく知っていることを総て話すと事切れた。
「二日後に屋敷を出ますか」
ポツリとつぶやくと青年の死体を見た。
「こんな若者がここまで耐えるなんて、たいしたものですねぇ」
感心しているのか呆れているのか、殺し屋の表情からはわからなかった。
そう、パルの女王宣言が行われる二日前である。
場所は街の中心に近い大きな運動競技場だ。表面上はスチーム機械の大企業イザムバード自動機の所有物だが、実際はジョンの所有する施設だ。地上は観客席が周りを囲んだ囲んだ大きな運動場だが、地下は3階までありジョンの緊急時の隠れ家にもなっている。
そこにジョンとパルはいた。側近に偽情報を流し、移動予定の二日前に来ていたのだ。
「なあ、おじいさま、もうやめぬか?」
パルは意を決して祖父に言った。
「なにをじゃ?」
「決まっておるじゃろ。この王様ゴッコじゃ」
「やめはせんよ」
「ウチは……ウチは嫌じゃ。女王になんてなりたくない」
パルの険しい顔はすでに女の美と憂いが表れている。
「ふむ、しかし運命はそれを許しはしまい」
「運命など、どうでもよい」
「ならばここを去るのもよかろう。しかしすでにルビニア保守どもの軍が国境まできておる」
「なんじゃと?」
「まだ国境でにらみ合っているだけじゃ。あの無能にいまさら戦争をする気概はあるまいが、すでにお前の存在を知っておるからのう」
「あ、だからフレイルと会わせたのか」
元親衛隊長フレイルとの会談とも言えない短い時間を思い出す。
「ここを逃げたとてフレイルやルビニアの保守どもはお前をどこまでも追うじゃろう。それこそグレイキングダムに侵攻してもな」
「バカな、戦争ではないか」
「そうじゃな。そうなれば大テルニア王国の無能どもも、ルビニアの政府も動かざるを得まい」
「むむぅ、ならばウチは自ら命を絶つぞ?」
透き通った青い瞳はウソをついていない。王者の覚悟。そのこと自体にはジョンは感心していた。
「誰がお前の死を証明する?」
「む……」
「お前が生きていると思われる限り、ルビニアは軍を出す。いや、死んだとなれば自暴自棄になって本当に戦争をおこすかもしれんの」
「むむぅ」
「悩むがよい。それが王というものじゃ」
パルも年齢よりはずっと頭がよいが、ジョンを負かすには若すぎた。なんと自分は弱いのか。そう思うパルだった。
ビルの1階倉庫。正蔵は武器と道具を並べていた。
ムラサメの折れた刃で作った小刀。黒い刀身のニンジャ刀。手裏剣。吹き矢とそれを飛ばす小さな筒。煙玉。かぎ爪のついた紐。スチーム機構を使った様々な道具。そして秘薬。
迫りつつある運命の日。パルのために命を賭ける日。
「死ぬ気はないよね?」
薄着のエリンが声をかける。
「もちろん」
背を向けたまま正蔵は答える。
「アタシに出来ることはある?」
「会場で見届けて欲しい」
「……そっか。わかった。あのね」
エリンの言葉はオルソンが来ることで途切れた。
「マサゾウ、治安部の襲撃地点がわかった!」
そうして二人の男は話し合う。エリンは……二人に見えないように泣きそうな顔をしていた。
そして二日後。ついに運命の日が訪れた。
一年中曇っているグレイキングダムの空が、その日は快晴であった。
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