第64話 狙う者達

 怪物どもは深夜にうごめく。

 街外れの工場にはルビニアの騎士が集い、その前に一つ目の厚いガラス窓がついた鉄マスクの巨人が現れる。ルビニア保守派の重鎮であり元王室、つまりパルがゼノビアと呼ばれていたころの親衛隊長である大女フレイルだ。大テルニア王国との影のトラブルで拷問を受けた傷で、蒸気で満たされたマスクを常に着けるようになった。引きずる右足は正蔵との戦いで膝裏を切られたからだ。

「諸君、よく集まってくれました」

 なんらかの仕掛けがあるのか、マスク越しによく聞こえる声。

「ようやく本国の王政派と調整がつきました」

 フレイルの言葉に「おおっ」と歓声が漏れる。

「いよいよ我らが真の主、我らが女王ゼノビア様を迎えにいく準備が整いました!」

「おおーっ!」

 今度はさらに大きな歓声。

 独立宣言から半年かかったが、ようやくパルの居場所を特定し戦力も準備できた。そしてついに国境沿いに集まる保守派を中心としたルビニア軍との連携も調整がついた。

 両手にスチームアームを装備したルビニアの騎士が60名。少女一人を拉致するには十分な戦力だ。フレイル自身も右膝はスチーム機構の補助器具を取り付けているので十分に戦える。もちろんパルを、ゼノビアを迎えるために先頭に立つつもりだ。

「ゼノビア様奪還後、我が軍が侵攻を開始する。ゼノビア様のおられるこの街はルビニアの一部であるのだからな」

 フレイル自身はパル以外のことはどうでもよかったが、ルビニア政府への影響力を考えてのことである。

 独立宣言がなされた現在でも大経済都市であることは変わらない。この街が手に入るならルビニア政府も協力するだろうとの見込みだった。


 一方、カエルのような容貌の東方人。ジョンの組織で金融関係を取り仕切るフロッグは屈強な部下を集めていた。東方人移民にコネクションを持つフロッグは犯罪組織や格闘家から腕の立つ人物を集めて直属の兵士にしていた。来たるべきタイミングでジョンの組織を乗っ取るためだ。

 以前ならウルフやディといった人間離れした側近がいたが、いまなら……とは思わない。自分の知らないジョンの配下が1万を超えている。ジョンの力は底が知れなかった。

 しかし高齢で体の半分が機械だ。今まで生きているのが不思議なくらいだ。もう間もなくその命も尽きるだろう。そうなれば孫娘を取り込んで組織を、この街、いやこの国グレイキングダムを乗っ取れる。そんな野望に燃えていた。

 ジョンがいくらフロッグの思惑に気づいていようと、死んでしまってはどうしようもあるまい。いっそあの小娘に自分の子を産ませるか?

「うふぇっうふぇっ」

 フロッグは下品に笑う。


 警察署本部の一般署員が近寄らない地下の一室。治安部直属の暗殺部隊が武器の手入れをしていた。最新鋭のスチーム・ガンに火薬銃だ。

 そこに彼らの上司である男がやってきた。一同は立ち上がり直立する。

「任務の決行日が決まった」

 上司はポツリと言った。彼とて乗り気ではないのだ。

「近々ジョン様がゼノビア様を伴って演説をするために屋敷を出る。その時を狙うことになる」

「……」

 部隊員は無言で話を聞く。

「ターゲットはあくまでゼノビア様だ」

 それが上の決定であった。パルが死ねば一時はどんな混乱があろうと全面戦争に発展することはない。ルビニアが戦争をする理由がなくなるからだ。

 何の罪も無い少女、いや、本来は仕えるべき姫の命を奪うのか。男達は自らの罪深さを感じられずにはいられなかった。


「ら~らら~」

 闇夜に口ずさむメロディはルビニアの古い子守歌。黒いコートに目深に被った黒い帽子の中年男がゆらゆらと歩む。口には細い葉巻が赤い光を灯している。

 痩せこけた薄いひげ面のこの男はルビニア政府から派遣された殺し屋だ。ルビニア政府はパルの暗殺にこの男だけを送り込んだ。人数を送ったところで数では対抗できるはずもなく、中途半端に人を送って警戒されるより超一流を一人選んだのだ。

 男は幽鬼の様にフラフラと夜の街を彷徨う。何かを観察するように。

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