第63話 尽きぬ野望

「そろそろ半年か。どうじゃおじいさま、王になった気分は?」

 食事の席でパルは祖父であるジョンに聞いた。

「ふむ、思ったほどの感慨はないのう」

「正式な手続きに則ってないからじゃろ」

 パルは一言言うと口を拭い、水が入ったグラスを口につけた。その所作はこの家にきた時より洗練されている。ジョンをはじめとした大人からの教育もあったが、少し成長した姿がより美しさを際立てているのだ。

「お前と再会してから、ワシは自分が王になることよりもお前のことに関心がある」

「ウチ?」

「そうじゃ。ゼノビア、ワシは間もなく王を退く。そしてお前がこの国の女王になるのじゃ」

「ことわったら?」

「好きにすればいい。だが運命は決まっておる」

「むむう」

「大テルニア王国とルビニアを合わせた超大国の初代女王。ワシの王位などどうでも良いわ」

 最近はその話ばかりだ。市民が巻き込まれるような大規模な戦闘さえ起きなければジョンの王様ゴッコにつき合っても良いと思っていたが、どうやらジョンが亡くなってもそれを続けられそうな気配にパルは辟易していた。


 深夜近い時間、正蔵はオルソンと下町のバーにいた。

「久しぶりに来たが、雰囲気はなにも変わっていないな」

 正蔵はエールを一口飲むと、周りを見渡しながら言った。夜遅い時間でも酔っ払い達は以前と変わらず騒ぎ、談笑している。いかに政治がゴタゴタしていようと庶民には関係ないのだ。

「戦争でもないと庶民は変わらんよ。人の出入りは制限されているが穴だらけだし、蒸気機関車や港からの物資の出入りは止まっていない。経済も順調だ」

「それだけ我が国の王様が優秀ということか」

「ああ、政治がうまい。国から独立することで自由経済を進めて、貿易拠点として力を増している。他国との関係もあるから国も強引な戦闘に歯止めがかかっている。それと」

「パルさんのことか」

「そうだ。ルビニアも保守派と民主派に分かれて混乱している。パルちゃん、いや、ゼノビア様のことで本当に戦争が起こりかねない。大テルニア王国もルビニア政府も戦争は望んでいないし、その気概もないだろう。だがルビニアの保守派は違う。そもそも好戦的だ」

「パルさんはともかく、現在のルビニア政府はグレイタウンを狙ってはいないのか?」

 正蔵の指摘にオルソンは大きなため息をついた。

「それも問題だ。曲がりなりにもブリアード・ハブはこの国最大の経済都市であり世界有数の貿易都市だ。ルビニアも本心は手に入れたいだろう。だから少しの掛け違いでルビニア政府も戦争に動き出す可能性がある。何より恐ろしいのはそれだけの状況をすべてジョン様が作っているということだ」

「ジョン様が本来の王になっていれば……か」

「ああ……」

 しばらく二人は無言で飲んだ。周りの客の中に酔い潰れて眠る者が増えてきたころ。

「それで、話しはなんだ?」

 正蔵が訊いた。店に入る前からオルソンの苦悩は顔に出ていた。

「パルちゃんの状況だ。率直に言って命の危機にある」

「そうか……」

 わかっていたことだが裏警察のオルソンの口から聞くとそれが事実だと突きつけられる。

「マサゾウが前に戦った鉄マスクを着けたフレイルをはじめとしたルビニアの保守派は、確かに戦争も辞さない危ない連中だ。しかしパルちゃんに関しては女王にして裏から操るつもり。命を狙うことはありえない」

 正蔵はパルへの異常な執着を見せる鉄マスクの大女を思い出し、ゆっくりとうなずいた。

「問題はルビニア政府、いや、その中の反戦派だ。すでにパルちゃんの暗殺に動いている」

「もう、動いていると?」

「そうだ。どれくらいの人間が入り込んでいるかまでわからないがな」

 独立宣言前後の混乱にはいくらでも入り込めたが、今もグレイキングダムに潜入することは難しいことではない。

「そして我が国、いや大テルニア王国の政府もパルちゃんの暗殺を決定した。それはつまり……ブリアード・ハブの治安部もそう動くということだ」

「オルソン!」

 正蔵は親友を睨む。

「そんな目をしないでくれ。それが一番国民の血が流れない。そういう判断だ。俺もそう思っているし、俺がいようがいまいが同じだ」

「……」

「お前と出会った頃だったら、問答無用でお前達の味方をしたんだがな……」

 オルソンはつぶやくとしばしうなだれる。そして顔を上げると正蔵の目を真っ直ぐに見た。

「だが少なくとも俺自身はパルちゃんの命を狙うほど落ちぶれてはいない。治安部を止めることはできないが、情報をお前に教えることは出来る」

 わずかな希望。

「パルちゃんが助かる方法を俺なりに探す。だがそれまではマサゾウ。お前だけだ。お前だけが彼女を守れる。状況は刻一刻と変化している。彼女の利用価値がなくなるまで守り切ればお前の勝ちだ」

 それがオルソンの出来る精一杯のことだった。正蔵はエールを飲み干す。


 殺させはしない。この命にかけても。そう心に誓うのだった。

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