第62話 復帰の冬
グレイキングダムの空は今日も曇っている。
この寒さは雪が降るかもしれない。パルさんと出会ったのもこんな季節だったな。窓の外を見ながら正蔵はそんなことを考えていた。
住居兼仕事場であるビルの3階。自室のベッドに腰をかけていた。そう広くない部屋にガタイのよい南方人のハゲ親父と、白く長い口髭の痩せ細った東方人の老人がいる。
ドアのそばにはエリンとオルソンが心配そうにこちらを見ていた。南方人のハゲ親父はよく利用している鍛冶屋の男だ。ニンジャ刀以外も色々と世話になっていた腕のいい鍛冶屋だが、今日はわざわざ特注の義足を持ってきてくれた。いざ取り付けとなり微調整が必要だろうからとのことだ。
そしてもう一人の男。東方人の老人は義肢の専門家だ。オルソンのツテだが、この街……グレイキングダムでも指折りの技術者らしい。
「ほれ、出来たぞ」
老人が真新しい黒い義足をポンと叩いた。
「取り付ける時は大人でもみんな泣き叫ぶのに、涼しい顔をしているとはたいしたもんじゃ」
老人は感心しながらそう言った。
「いや、めちゃくちゃ痛かったですよ」
正蔵は苦笑いしながらゆっくりと立ち上がる。今まで使っていた義足より、はるかにフィットしている感覚がある。数歩歩いてみても、生身とまではいわないがかなりそれに近いものがある。
独立宣言の一ヶ月前にウルフと戦った時の傷から正蔵は回復していた。とはいえ元通りとはいえない。右足は膝から下を失い、全身の筋肉や骨は傷つき、秘薬で内臓もボロボロになったのだ。死ななかったのが奇跡といっていいくらいだ。
その日の夜。正蔵は黒装束に覆面をして夜の街を駆ける。体中を怪我して秘薬で内臓もやられ、片足は義足だ。本来なら弱くなっているはずだし、実際に身体能力は落ちている。それでも正蔵は強くなっていた。そう強く感じていた。
自分より強いウルフと命がけで戦い、戦闘力が一段階あがったのだ。だから。
「なんだよテメェ! 変な格好しやがって」
女性を襲っている男達を見つけてその前に降り立った。一人が殴りかかってくるが、見る以前に察することが出来る。大げさに避ける必要はない。軽くかわして足を引っかけるだけで相手は転んで壁に顔面を打ち付けた。
「っけんなよ!」
次の男がナイフ片手にやってくる。あの大きな斧に比べればなんとひ弱な武器か。手刀でナイフを落とし、金属の足で相手の足を踏んだ。
「いっってええええ」
男はその場で転げ回る。最後の一人は懐から火薬拳銃を取り出した。
「あわわ」
あたふたとしながら弾を込めるのを待つ。
「へへ、てめえ、終わりだぜ」
拳銃の準備ができた途端、男は強気になる。銃口からの射線がまるで見えるようだ。
そして撃つタイミングもわかる。前は腕の動きや目の動きを見て避けていた。でも今は違う。撃つ気配を察することができた。
ドンッ。夜闇を照らして銃声が響く。あまりにも早く避けすぎたので相手はまるで違う方向に撃ったのかと錯覚していた。
「あわわ、アチッ、アチッ」
再び弾を込めようとするが、正蔵はそれを待たずに金属の足で相手の腹を蹴った。手加減はしたつもりだが、うずくまって動けないようだ。
「あ、ありがとうございます」
女性の感謝を背に正蔵は闇に消えていった。
義足の具合はいい。体の状態も問題ない。満足しつつビルに帰るとエリンが待っていた。
「どうだった?」
エリンは……薄い肌着のみの姿で聞いた。
「うん、問題ない」
「そう、良かった」
そうしてエリンは正蔵に近寄ると、腕を背中に頬を胸に当てる。
「でも心配だった」
心臓に語りかけるようにつぶやく。正蔵は黙ってエリンの温もりを感じていた。
大怪我をする前からエリンの愛情は薄々感じていた。看病を受けている間にそういう関係になった。もちろん好意的な相手ではあるが、どちらかといえば友達という感情だった。しかし動けない身で拒否することも出来なかった。不健全かもしれないが、それが大人と正蔵は割り切っていたし、ニンジャである正蔵はそんな感情を表に出すことはなかった。
ベッドの上、エリンに腕枕をしながら暗い天井を見ていた。
「あんたとアタシとパルちゃんでさ、この国を出たっていい、のんびり暮らそうよ」
「ああ、いいな。そうできれば……」
どこか上の空で正蔵は答えた。エリンにはほとんどの事情を話している。自分が影の死神と呼ばれる暗殺者である事とオルソンとの関係。そしてパルがある大物の親族である事。現在のグレイキングダムの状況から、その大物が誰かは言わずともエリンは察していた。
どこかでのんびり暮らす。たぶんそれは無理なのだろう。二つの大国、二つの王家、その血を受け継ぐ唯一の少女。でもパルがそれを望むなら正蔵は命を賭けて戦うだけだ。
「いいよ」
不意なエリンの言葉。
「パルちゃんのこと考えてたんでしょ? アタシより何よりパルちゃんのことを優先していいよ」
「……いい女だな」
「まあね」
エリンははにかんだが、どこか寂しそうに見えた。
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