第61話 王の裁き
とはいえ、である。
廃王ジョンによりグレイキングダムとして独立宣言がなされたグレイタウンこと貿易都市ブリアード・ハブ。ここは王位継承権どころか王家からも除外されたジョンの影響力が強い都市である。
とはいえである。とはいえこの地方に駐留する軍のほとんどは王家、政府に忠誠を誓う兵士達である。すぐに軍は動きだした。元々ジョン派の疑いがあった兵士を除く約3000名の兵士が火薬銃やスチーム・ガンなど完全装備をして基地を出発した。
一方、グレイタウン改めグレイキングダム各地にある工場。港沖にある巨大蒸気船。廃棄されたことになっている炭鉱。その各所ではなんの機械かを知らずに働く多くの従業員がいた。
ジリリリリリとベルが鳴り響く。この音が鳴ったら総ての仕事に優先して作業をしなければいけない。天井が開き、大きな砲台が天に伸びると角度が調整される。それは作業員が操作することなく自動でおこなわれた。そして巨大なスチームタンクから蒸気が充填されて……ボシュッと大きな音と共に巨大な棒状の金属が飛んでいった。
巨大な砲台が降りてきて天井が閉まると従業員達は筒から残った蒸気を排出して、新しい金属棒を装填した。従業員の仕事は主にこれとメンテナンスだけで、それ以外はなんだかよくわからない部品の製造や加工だけだった。この大きなスチーム機械がなにに使われるものなのかは一部の幹部しか知らないのだ。
各地から発射された金属の棒は天空のある地点までくると蒸気を噴き出しその先端が破裂した。
中から無数の金属槍。槍は重力に任せて地面に降り注ぐ。そう、基地から出発間もない兵士達に無慈悲に降り注いだ。
「ジョン様、偵察隊から連絡が入りました。軍は壊滅状態。基地は仲間が合流して間もなく制圧の模様です」
「うむ」
黒服の報告に半分機械の老人は満足そうにうなずいた。ジョンはスチームタンクと車輪がついた椅子に座り、頭には何本かのケーブルが繋がれている。
「王の裁き。うまく使えているようじゃな」
これこそがスノウレディが開発した最終兵器である。
ジョンが考えるだけで各所の秘密工場から巨大な金属棒を発射し、上空で展開して中に仕込まれた無数の金属槍を降り注がせるのだ。
その射程範囲はグレイキングダムをカバーし、弾丸は何も知らない作業員が補充する。裏切られ続けたジョンが、裏切りとは無縁のどうしても手に入れたかった力である。
確かに驚異の新兵器である。とはいえ、である。対処できないほどではない。国は大部隊を編成してグレイキングダムを名乗る貿易都市ブリアード・ハブ奪還に向かう。
まさにその時に急報が知らされた。国境付近にルビニアの軍が集結していると。
有史以来戦争を繰り返していた大国同士は、国境付近での小競り合いはなくならなかったものの戦争は100年以上なかった。
それがいま、このタイミングで破られそうになっている。
「我が国の正当後継者に対する攻撃が行われた場合、ルビニア全軍をもって反撃を開始する」
国境に集まったルビニア軍から通達が届けられた。もちろんそれはルビニア政府の正式見解ではない。ルビニアの保守派の暴走である。しかし、長きにわたる民主政治に嫌気がさしていた国民は少なくなかった。また、こと軍事面に関しては保守派の影響力が依然として強かった。
民主政治に対する嫌気、王政への懐古や憧れ、そして王家の唯一の正当後継者であるゼノビアことパル。偶然か必然かそれらの要素が絡み合い、ルビニアは本気で軍事行動に動いたのだ。
大テルニア王国としては、長きにわたる平和協定がいきなり破られようとしていることに動揺していた。ジョンの反乱程度ならすぐに制圧できると思っていた。しかしジョンではなくその孫娘、死んだと思われていたゼノビアが生きているとなると話しが違う。王家一族が病死や暗殺で亡くなり、老衰を迎えようとしているルビニア国王の唯一の直系である孫娘である。ルビニアの保守が本気であることは火を見るより明らかだった。
結果、膠着状態である。
大テルニア王国の主力軍とルビニア保守派の軍は国境を挟んでにらみ合い状態。グレイキングダムへも表だって手出しはできなかった。かといって小規模な部隊ではスチーム・ロボに対抗できず。中規模な部隊は『王の裁き』に狙われる。
なにより恐ろしかったのは、これらの状況が総てジョンによってもたらされたのではいかということだった。まだ何か奥の手があるのではないか? ジョン個人の能力に王家、政府は怯えていた。
そしてそのまま半年が経った。
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