第60話 始まりの朝
対決から一ヶ月が経ち、寝たきりだった正蔵もようやく立ち上がれるようになった。
「ほら、ゆっくりでいいから」
エリンの義手に手を引かれ義足を動かす正蔵。ゆっくりではあるが歩く事が出来た。
「すごいよ、たった一ヶ月で歩けるなんて」
エリンは素直に感心する。周りから見れば奇跡的な回復であった。だが本人は焦っていた。早くパルを救出に行かないといけないのに、思うように体が動かせないからだ。
一方パルは。片腕がカニの爪のような義手のファイアボディが器用にパルの髪をセットしていた。
「ああ、ゼノビア様の髪はとっても綺麗ですぅ」
お世話をするうちに、すっかりパルに心酔するようになっていた。これが王者のカリスマかもしれない。
「いまは二人きりじゃ」
「はい! そうですね!」
ファイアボディは微笑む。
「ウチはパルと呼ばれるほうが嬉しい」
「とんでもございません! ゼノビア様はゼノビア様ですから」
「そうか……そういうところじゃと思うぞ」
「え? はい? ありがとうございます!」
「はぁ……」
パルはため息をついた。仕方ないとはいえずっとジョンの孫娘、王族として扱われることに窮屈さを感じていた。早く正蔵にここから救い出して欲しい。そう思っている。
その夜。パルが眠りについた後、ジョンは二人の幹部を呼んだ。スチーム機械の第一人者、ファイアボディ博士。金融と雑務を取り仕切るフロッグ。組織に残ったのはこの二人だけになった。それも自国民ではない、元は移民の南方人と東方人の二人だ。
「まさかあの女が陛下を裏切るなんて」
「裏切ったわけではない。不要になっただけじゃ」
「そんな、お優しいことを……」
スノウレディの離脱をファイアボディが非難し、ジョンがそれをなだめた。妊娠のことはこの場ではジョンしか知らなかったこともあるが、ライバルがいなくなったことを内心では残念に思っているのだ。
「それもこれも総ての準備が整ったからじゃ。これをもって我が野望の最終段階に入る。ファイアボディ博士」
「はい、各所にスチームロボの手配は完了しております。ご命令があれば一夜にて総て移動させます」
「うむ。フロッグ殿」
「は、はい。クロウ伯爵殿に代わり、各人員の手配も完了しております。金銭、各企業との調整も問題ございません」
小太りのフロッグは、そのカエルのような顔を自信満々にして答えた。
「うむ、ご苦労であった」
二人の幹部は主の言葉を待つ。
「いまここに、最終計画を発動を宣言する」
「はい!」
たった三人の会議でこの街を、この国を、そして世界を巻き込む計画が、この夜静かに発動された。
『ゼノビア様暗殺計画』
その言葉を聞いたとき、思わずオルソンは抗議した。
「ジョン様のクーデターを止めればいいだけでしょうが!」
裏警察として活躍するオルソンやそのメンバーは、ジョンが大規模なクーデターを計画している情報をすでに掴んでいた。とはいえ相手は元王族であり、この街で政治や経済の実権を握る一番の実力者である。疑い程度では手を出せない相手だ。
「ジョン様はご高齢であるうえ、お体もあのような状態だ。クーデターといってもわずかな期間だろうし市民に手を出すようなこともしないだろう。しかしゼノビア様は話しが違う。フレイルの動きを考えるとルビニアからの介入が考えられる」
「それは……」
「最悪の場合、戦争だ」
上司の言うとおりパルがジョンの後を継いだ場合、隣国ルビニアが間違いなく介入してくる。そうなればグレイタウンこと巨大貿易都市ブリアード・ハブの帰属を巡り、100年ぶりの全面戦争になる可能性がある。
それだけは避けなければならなかった。だから暗殺だ。怪我でなくとも影の死神が動くことはないが、それでもそれなりの人材はそろっている裏警察である。
何の罪も無い少女すら守れないのか。オルソンは自分の無力を感じずにはいられなかった。
グレイタウンの一等地にあるビルの一室。
「フレイル様、本国より返信が届きました」
ルビニアの軍服を着た男が奇妙な姿の相手に手紙を渡した。一つ目のガラス窓がついた鉄球を被った大女フレイルである。
「やっときたわね」
フレイルは手紙を受け取り一読した。表情はわからない。しかし明らかに雰囲気が変わった。
「軍が動きます。こちらの人員も増員されます。我らが女王を迎える準備を進めなさい」
「はい!」
状況は一気に動いていく。それは大テルニア王国だけでなく、隣国ルビニアでも。
それぞれの思惑が入り乱れる日常の中、それはたった一晩の出来事だった。
その日の朝、グレイタウンの要所では市民が見たことのない巨人、スチーム・ロボと王族の親衛隊に似た軍服を着た兵士達が占拠していた。駅、港、幹線道路。庁舎地区。大企業が集まる商業地区。
何事かと市民が見守る中、声が聞こえてきた。
『我はジョン。廃王ジョンである』
各所に設置された拡声器から、スチーム・ロボから、謎の兵士がもつ機械から老人の声が流れる。
『このブリアード・ハブはみなの勤勉なる働きによって国内一の経済都市になっておる。しかし国は市民の努力によって得た金銭を税として厳しく取り立てておる』
国の批判。それは飲み屋での愚痴と変わらない内容だが、それ故に共感する市民も多い。
『しかし国は何も保障はせずに、国や王家への忠誠を誓わせる。奪うだけ奪って何も返さぬのだ』
「そうだそうだ!」
酔っ払いがヤジをあげる。
『多くの労働者、多くの移民達、それらはみな大切な国民のはずなのに蔑ろにされておる。ワシの愛した者達が国に搾取され、虐げられておる。ワシはそれが許せんのじゃ』
パチパチパチと拍手が湧き上がる。どこかでそれを聞いているのか、拍手が収まってから話を続ける。
『ならばそんな国に忠誠を誓う必要はもはやない。この街は国内最大の経済都市である。形だけの貴族王族どもと違い、自立して十分に生きていける強さをもった街である。国に帰属する必要はない。ブリアード・ハブ、いや、グレイタウンは今この時をもって独立を宣言しグレイキングダムとなろう』
一瞬の静寂。
『そして我こそがグレイキングダム初代国王ジョンである』
うおおおおおおおおおっ!! 最初の歓声はジョンの配下からだった。
「うおおおおお! ジョン様!」
「ジョン国王!」
「グレイキングダム! ジョン国王!」
しかし徐々に市民の、いや国民の歓声が広がっていった。ジョンを知る者。知らぬ者。どちらからの声も多い。移民の多いグレイタウンだからこそ、自分たちの国が生まれることに喜びの声をあげているのだ。
灰色の街に歓声が響く。
「グレイキングダム!」
「グレイキングダム!」
「グ レ イ キ ン グ ダ ム !」
いつまでも。いつまでも。
~to be continued~
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