第58話 戦いのあと

「ああ、旦那……そんな……そんな……」

 右手の義手のギミックワイヤーを使い地面に降りたヒャク。人狼の二人はそのまま飛び降りた。

「こんな小刀ごときで、そんな、嘘でやしょ?」

 満足そうなウルフの胸からムラサメを抜いた。確実に心臓を刺し貫いている。いくら超人のウルフでもこれは助からない。

 小刀をギュッと握り生きているのか死んでいるのかわからない正蔵を睨む。そのヒャクの肩に人狼が手を置いた。

「わかって……いやすよ。この戦いは神聖なもの。影の死神に手は出さないが、助けもしないぞ!」

 ヒャクは涙ながらに叫ぶとムラサメを投げたが、正蔵に当たる寸前で地面に刺さった。

「旦那を運んでやってください」

 人狼達がウルフの死体を持ち上げると、戦いの場から去って行った。


 人の気配が消えると、正蔵はかぎ爪のついたロープを懐から出して脚の切り口をきつく縛った。ヒャクの投げたムラサメの小刀を拾うとかぎ爪を切り捨て、スチームバイクまで這いずっていく。秘薬のおかげか戦闘の興奮か、まだ痛みは感じていないが全身に力が入らない。

 何とか外に止めてあったスチームバイクまでやってくると、朦朧とした意識のまま運転したが、その先の記憶は曖昧だ。自宅ビルを見上げたところまで覚えているが、そこで力尽きて意識を失った。


「ウルフが死ぬなんて……」

 スノウレティはウルフの遺体を前に膝から崩れ落ちる。影の死神との対決のことは知らなかった。全身傷だらけだが満足そうな死に顔。これからが大事な時なのに、なんて身勝手な。

「僅差でやした。いや、勝ち筋はいくらでもありやした。ほんの少し時間稼ぎすれば確実に勝てやした」

「でもそれを選ばなかったのでしょ?」

「勝ち負けより楽しさをとったんでしょうな。一生で一度だけ、誰にも邪魔されない強敵との戦いを」

「筋肉バカ! 戦闘バカ! 本当にバカ!」

 スノウレディはウルフの厚い胸板を叩く。ヒャクはそれを黙ってみることしか出来なかった。やがてスノウレディが落ち着きを取り戻すと、涙で潤んだ瞳でヒャクを睨む。

「ニンジャ!」

「は、はい」

 その迫力にヒャクは気後れする。

「義手の貸しがあるでしょ。これからはあんたはアタシの部下として働きなさい」

「わ、わかりやした」

 ヒャクの新しい主がここに生まれた。


 翌朝。ジョンの耳元で黒服が囁く。

「そうか……残念だ。よい戦士だった。強く誠実で」

 ジョンは遠い目をする。本当にその実力を認めていたのだ。そのままパルの待つ食堂にやってきた。

「おうじいさま、どうしたのじゃ? うかない顔じゃな」

「ほう、察しがいいな」

「それくらいウチでもわかるわ」

「ふむ……ならばお前にも伝えておかねばならぬな」

「なんじゃ?」

 不穏な空気にパルは表情をしかめる。

「我らが最高の戦士、お前をさらったオオカミ仮面の戦士が影の死神と戦った」

「な? マサゾーとあの巨人が戦ったのか!?」

「そうじゃ。ウルフは負けて死んだ」

「と、当然じゃ。それでマサゾーは?」

 正蔵が勝ったことには安心したが、あの巨人相手に無傷とも思えなかった。

「奴も大けがを負っているが生きてはおる。今のところはな」

「なに? もしマサゾーになにかあったら許さぬぞ!」

「お前を守る戦士であろう。ワシの計画を邪魔せぬ限り手はださんよ」

「信じておるぞ、おじいさま」

 怪我の状態がわからず不安だったが、それでも生きている。生きて助けにきてくれる。そう信じるしかないパルだった。


 正蔵が目を覚ましたのは五日後だった。ただ意識が戻っただけで、体は指一本動かせない。戦いと秘薬の影響だ。

 自室のベッドに寝かされており、室内には誰かいるようだが首すらもまともに動かせなかった。

「マサゾウ? 起きた? 起きたの?」

 女の声。誰だかわからない。

 女がのぞき込む。誰だ? パルさん? 違う。

「……」

「いいよ、喋らなくて」

 エリン。リー・エリンだった。ようやく相手を認識できるまで意識が戻った。

「ビックリしたよ、ここの前で倒れてるじゃない。傷だらけで意識は戻らないんだし……」

 涙声。どうやらビルの前で倒れているところをエリンが助けてくれたようだ。

「医者が言うには生きているのが不思議なくらいなんだから、とにかく休んでいな」

 そう言って口元に濡れた布を当てた。水分が乾いた口内を湿らせる。

「苦い? 故郷秘伝の薬水なんだけど」

 味を感じないので首を横に振ろうと思ったが動かなかった。


 寝て、水や何らかの薬液を口に垂らされてを繰り返す。それしか出来なかった。エリンから連絡を受けたのか、何時間後にオルソンがやってきた。

「マサゾウ、無事……ではないが、生きていて良かった」

 オルソンも安心した顔を見せる。エリンの話しではこの五日間、何度も来ていたようだ。正蔵の怪我や黒装束を見て何かを悟っているエリンは席を外す。

「あのオオカミ仮面の軍人と戦ったようだな。しかも勝った」

 たいしたもので、オルソンはその情報をすでに掴んでいた。さすがは警察の裏組織に所属しているだけはある。

「とりあえずパルちゃんはジョン様のところで元気にしている。マサゾウは体の回復だけを今は考えるんだ」

 正蔵は軽く首を縦に振ることしか出来なかった。


 そして対決から一ヶ月が過ぎた。

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