第57話 オオカミとの決戦

 正蔵はニンジャ刀を構え、ウルフは右手だけでバトルアックスを握っている。

 じりじりと近づく二人。先に仕掛けたのは正蔵。いきなりその場でクルッと回転したかと思うと、ウルフの顔目がけて手裏剣を投げる。ウルフの動体視力を持ってすれば驚異ではない。冷静にバトルアックスの側面で弾いた。

 正蔵はその一瞬の隙を狙い間合いを詰める。だが奇襲はバトルアックス一閃で止められた。しかしこの程度は十分想定している。バトルアックスの牽制を避けると軽やかなステップで風上に移動し目潰しが入った袋を投げた。

 ウルフはバトルアックスの側面で袋を叩く。風圧で目潰し粉は流されていった。ニンジャの戦い方を知っている。正蔵は天井のヒャクを睨んだ。

「よそ見とはずいぶん余裕だな」

 今度はウルフが間合いを詰める。強靱な肉体から放たれるバトルアックスの速度は正蔵がニンジャ刀を振るうスピードと変わらない。

 受けては刀ごと折られる大質量の武器。避けるしかないが、続く二撃、三撃も速い。三撃目が黒いニンジャ服をかすると同時に足下に煙り玉……は、しかし、またしてもバトルアックスの風圧で吹き飛ばされる。だが何とか距離を空けることができた。近距離ではウルフのほうが優勢のようだ。


 バトルアックス。武器としてみれば破壊力はあるもののスピードに劣り、それほど驚異ではない。しかしウルフほどの戦士が持つと違った。

 防御不能の破壊力。側面を利用した盾。同じく側面を使い風圧で目潰しなどを振り払うことが出来る。その驚異的な破壊力、防御力を細い刀と変わらないスピードで扱えるのだ。


「ふふ、いい動きだ」

 必死の正蔵に比べてウルフは戦闘を楽しんでいるようだ。だからといって手を抜いているわけではない。次の瞬間には一直線に向かってくる。

 速い。巨体からは想像できないスピードだ。

 すくい上げるようにバトルアックスを振り上げた。避けるのが精一杯。ウルフはそのまま太い脚で回し蹴り。バックステップで威力は弱めたものの、体勢を崩される。上から巨大な質量が迫る。巨大な斧の振り下ろし。ニンジャ刀の背で流してなんとかその一撃を避けた。もう少しタイミングが遅ければ刀ごと真っ二つにされているところだった。


 再び距離を取る正蔵。従来のニン法、ニン術は中年ニンジャから教わっているだろう。ならば。

 正蔵は金属製の小筒を投げた。地面にあたると蒸気を噴き出す。見知らぬ道具だ。ウルフはバトルアックスを盾にして身構えていると、蒸気の向こうの正蔵の影が三つに分かれた。

「幻術か?」

 機械仕掛けで三方に飛ぶ黒布の人影は、蒸気ごしに見ると分身したように誤認させる。まやかしであることはウルフにはわかっているが、一瞬どの方向から攻撃が来るか惑わせるには十分だった。

 右か、左か、上か。どれも違う。正面。黒い影が蒸気の中から迫ってくる。ウルフはバトルアックスを振り上げて迎撃態勢。

 もらった。正蔵は勝利を確信した。握った手に収まる筒から吹き出した小さな矢。さすがのウルフも腕で防ぐのがやっとだった。

 少年吸血鬼を倒した毒が塗ってある。直ちに命を奪うわけではないが、体をしびれさせる速攻毒が塗ってあるのだ。

 ウルフは吹き矢を抜いて床に捨てる。毒が塗ってあることは承知しているようで、さっきまでの余裕の表情が消えている。

「うおおおおおおおっ!」

 そして咆哮をあげると一気に迫ってきた。毒が回る前に短期決戦を挑んできたのだ。

 ウルフの猛撃も正蔵が防御に徹すれば避けることは難しくはなかった。常に距離をとり、逃げ道を探る。そして1分が経った頃、大柄のウルフがよろめく。ようやく毒が効いたようだ。

 今度こそウルフの首元を狙いニンジャ刀で突きを放つ。絶対のタイミング。いくら超人とはいえ、しびれた体で避けられずはずがない。しかしウルフは体を傾けて避け、岩石のような左拳を正蔵の右脇にめり込ませていた。

 メキメキと自分のあばら骨が折れる音を聞きながら、正蔵は驚愕していた。演技!? 毒が効いたフリをしていたのか?

「この程度の毒なら俺には効かない」

 正蔵の疑問に答えるようにウルフは言った。

 強い戦士を作る。その為だけに存在した呪われた村では、自分の子を作るためにあらゆる毒を体に入れ耐性を作った者がいた。ウルフ達はその遺伝子を受け継いでいるのだ。

 だが、正蔵は毒の耐性よりも、それを逆手に取った演技に驚いていた。これほどまでに高い戦闘力を持っていながら、こんな駆け引きも出来るとは。まさに戦闘の天才だ。


 勝利の確信は一転、敗北が迫る。膝をつく正蔵に再びバトルアックスが迫る。あばらを折られ膝をついている。今度こそ避けようのないタイミング。しかし正蔵は紙一重で避けるとそのまま踏み込みカウンターでウルフの喉を狙った。

 それで終わり。普通ならそうなるはずだった。しかしウルフは人外の反射神経と身体能力でよけた。渾身の一撃はウルフの喉を少し切っただけだった。

「ほう」

 何かを感じ取ったのかすぐには追撃しないウルフ。正蔵は体を沈めるとはじけ飛ぶように迫る。ニンジャ刀の一閃は先ほどまでより遙かに速い。大けがをしているとは思えない動き。ウルフをもってすら避けるのがやっとのようだ。

「動きが異常だな。暗示か? いや薬物か」

 正蔵の赤く充血した目をみてウルフは確信した。それも普通の薬物ではない。これほどまでに強化されるのは明日を捨てるほどの薬物だ。

 ウルフは嬉しかった。自分との戦いでここまでしてくれることに。

 あばらを折られた痛みは感じていないようだ。動きがまるで違う。筋力、反射神経も異常にあがっている。

 伝説の殺し屋が命を削ってまで強くなった。とはいえ薬物で強化した力は一瞬だろう。肉体がそれに耐えられずはずがない。ならば小細工はなしだ。この一瞬。お互いの総てを真正面からぶつけるのみ。


「うおおおおおおおおおおっ!」

 再び咆哮。

「おおおおおおおおおおおっ!」

 正蔵も吠える。

 ウルフのバトルアックス一閃。避けてニンジャ刀を跳ね上げる。バトルアックスを持つウルフの腕に鮮血が走る。今度のは深い傷だが武器を落とすほどではない。そんな傷をものともせずにウルフの拳を正蔵は右腕で受けた。

 メキッ。右腕が折れるが痛みはない。そのまま腰から小刀を抜いてウルフの腹を裂く。名刀ムラサメの刃は筋肉の鎧をなんなく切り裂いたが内臓までは達していない。

 秘薬の力に頼らずとも痛みをコントロールできるウルフはその巨体をまるで軽業師のようにくるりをしゃがみながら回し足払いをする。予想外の動きに足下をすくわれて体勢を崩す正蔵。ウルフは片腕で体を支えてさらに蹴り。吹き飛ばされた正蔵はそれでも両手の武器は握ったまま。

 地面に体を転がせながら体勢を立て直しつつ、折れた右手で握っていただけのニンジャ刀を投げる。向かうウルフはバトルアックスでニンジャ刀を弾くとそのまま振りかぶり地面を割るような一撃。

 ギリギリ避けた正蔵だが、またしても蹴りに吹き飛ばされる。もう何カ所の骨が折れているか数えられない。秘薬の力がなければとっくの昔に気絶していただろう。

 武器は左手の小刀のみ。体を左右に揺らしつつ、正蔵はウルフに近づく。

 黒い影が揺れている。伝説の殺し屋、影の死神。一瞬、影が消えた。正蔵はしゃがみ、そしてジャンプするようにウルフに向かう。

 その足下には土煙。違う。蒸気だ。両足につけたスチーム機構は足の裏から蒸気を噴出してその速度を上げる。天才が修練を積んでのみ扱える道具。スチーム・ロボとの戦いでみた道具だ。

 ここまで扱えるようになったのか。人間の移動方法ではない、人間を超えた機械の移動速度にバトルアックスの盾も間に合わない。首元を狙った一撃は何とか左腕で防いだが、ムラサメの切れ味はその太い手首を切り落とした。

 ウルフの反撃……は間に合わない。正蔵は空中で回転し蒸気をウルフの顔面に当てる。整ったウルフの顔が蒸気に焼かれる。目が見えない。

 だが問題ない。バトルアックスを捨てると気配を察して正蔵の脚を掴んだ。そしてそのまま地面に叩きつける。全身に打撃を受けながらも正蔵は小刀で脚を掴むウルフの手を切ろうとしたが、寸前で手を離された。見えていないはずなのに。むしろ目を閉じているからこその勘の良さか。


 ウルフは直立し、焼けただれた顔を拭く。なるほど、あのオオカミ仮面もこういう時のために有用だったかと思う。

 なんとか薄目を開けると、多少ぼやけているが視力に問題はなかった。左手は見事に切れている。力を込めると手首からの出血が止まる。右腕や腹の傷もほぼ血が固まっている。この回復力も呪われた血の産物だ。

 よくぞここまで追い詰めてくれた。影の死神に敬意を払う。正蔵は満身創痍だが、まだ闘志は失っていないようだ。

 武器はムラサメの小刀のみ。全身骨折だらけで、秘薬の効果で痛みがないからなんとか筋肉だけで動かしている。それでも勝たねばならない。パルのため。自分を待つパルのため。


 二人は最後の戦いに挑む。

 お互い一気に距離を詰め、ウルフの右拳を避けるとムラサメで心臓を狙う。手首から先のない左腕で小刀を払う。

 クルリと体を回して、かかとでウルフのこめかみを狙う。頭を反らして避けると再び足首を掴む。

 メキッ。握力だけで脛にヒビが入る。そして一瞬。名刀ムラサメの切れ味で捕まれている膝下を切り落として脱出すると、地面に落ちながらウルフの両足を切った。

 切断とまではいかなったが、その場に崩れ落とすことは出来た。膝下からない脚で地面を蹴って喉……を防ぐ左腕を掴む。さっきまで小刀を握っていた左手で。

 ようやく正蔵の足首を捨てた右手の拳で正蔵の顔面を殴る。正蔵は地面に叩きつけられ体がバウンドした。


 ピクリとも動かない正蔵。勝ったやはりウルフが勝った。天井で見ていたヒャクはそう確信した。

「いい戦いだった」

 ウルフは天を見上げてつぶやくと、そのまま大の字に倒れた。

 その胸にはムラサメが刺さっている。あの一瞬で折れた右腕に持ち替えたムラサメを、顔面の打撃と引き換えにウルフの心臓に刺したのだ。

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