第56話 対決前

 三日後の対決に備えて正蔵は一人森の奥にいた。今更ではあるが、修行にやってきたのだ。

 幼い頃から毎日地獄のような修行の日々だった。怪我は当たり前、仲間には命を落とす者も珍しくなかった。それほど厳しい修行を経て青年になると様々な仕事をするようになったが、それでも肉体が衰えない程度には普段から鍛えてはいた。だが、ここまで本格的に鍛え直すのはこの国やってきて初めてのことだ。それほどまでに強敵と思っているのだ。

 肉体を鍛え、武器や道具を扱う。そして精神統一をする。その繰り返し。二日間は修行に明け暮れて、対決の日は休養と武器道具の整備開発に充てた。特にスチーム機構を使った武器は慎重に調整をおこなった。


「いよいよ今夜ですな」

 ヒャクは屋敷の一角で普段と変わらないウルフに声をかけた。特に体を鍛えることもなく、ずっとジョンとパルの近くで護衛を務めている。約束したとはいえ、いつ正蔵がパルの救出に来るかわからないからだ。

「さすがはジョン様、すでに俺の行動を知っておられるようだな」

 黒服で火薬銃やスチームガンを装備している屈強な男達。異常に増えたジョン直属の護衛を見ての言葉だ。

「これで心置きなく対決に行けるでしょう」

「ああ」

「旦那、楽しそうですな」

 仮面の下でニヤリと口元を曲げているウルフを見てそう言った。

「自分のためだけの戦いというのは初めてだからな。しかも相手は伝説の殺し屋」

「やれやれ……」

「お前の忠義は理解しているが、この対決だけは俺の自由にさせてくれよ」

「わかっていやすよ。普段なら後で殺されることになっても状況によっては手を出しやすが、今回ばかりは旦那が不利になっても手を出すような無粋はしやせん」

「頼む」

 本当はいざとなったらヒャクは戦いに介入するつもりだった。だが、今のやりとりでそれは諦めた。ウルフにとってこれは戦いではない。神聖な儀式なのだ。そう思ったからだ。


 夕方。リー・エリンがやってきた。

「最近パルちゃんを見ないけど、どうしたの?」

 もともと先日の昼食から少し様子がおかしかったと思っていたが、あれ以来姿を見なかったので心配してやってきたのだ。

「ん、大丈夫。親族に会いに行っているだけだから」

「ああ、そっか。そういうことか。また戻ってくるの?」

「もちろん」

 正蔵は笑顔で答えたつもりだった。

「ねえ、マサゾウ、あんた大丈夫?」

「大丈夫だけど?」

「うーん、なんかいつもの雰囲気が違うからさ」

「そうかな?」

「そうだよ」

「1年ぶりか、1年半ぶりかで独り暮らしに戻ったからかな」

 正蔵はハハハと笑ってごまかす。そんなことじゃない。もっと鬼気迫るものを感じていたエリンだが、それ以上はなにも言わなかった。


 エリンが事務所を出ると、正蔵は軽い食事。軽い睡眠をとった。対決の二時間前。体調は万全である。

 軽く体をほぐすと着替えを始めた。特殊繊維でできた軽く、高い防刃効果のある帷子。故郷の秘伝装備だ。その上からは全身黒装束。ニンジャの戦闘服。

 そして武器。南方人の鍛冶屋の親父が丹精込めて作った黒色の片刃直刀のニンジャ刀。名刀ムラサメの折れた刃で出来た小刀。手裏剣。手に収まる小さな筒で出来た吹き矢。煙玉。目潰し。スチーム機構を使った様々な道具。足下にはスチーム噴射が出来る装置を取り付ける。うまくコントロールすれば高いジャンプや高速移動が可能だ。

 最後に秘薬を懐に収めた。作り方は知っている。使った人間も見たことがある。だが使うのは初めてだ。超人になる代わりに寿命を10年は縮めると言われる秘薬。

「よし」

 準備を整えると正蔵はスチームバイクに乗り対決場所へと向かった。


 満月の夜。しかしグレイタウンの夜空は厚い雲が覆っている。対決場所は街外れの工場跡。天井はなく、壁は穴だらけだがなんとか目隠しを保っている。

 地面はいくつか残骸はあるものの、対決するには十分なスペースが整地されている。何カ所にも用意された大きな松明が十分な光源を持って照らしている。

すでに相手は待っていた。

 軍服を着た巨体に鼻から上を金属で出来たオオカミの仮面で隠している男。整地された対決場所の中央に腕を組んで立っていた。

「決闘を受けてくれて感謝する」

 ウルフの声が響いた。

「パルさんは無事だろうな?」

 答えながら周りを見渡す。天井付近に中年ニンジャと人狼が二人。

「もちろん。祖父と孫だ。傷つける者などいない。だからこの決闘に意味はないのかもしれない」

 どちらが勝ってもパルの身がすぐに危険になることはない。なんなら正蔵がジョンの組織に入ればより安全かもしれない。それでも正蔵は戦う。パルのため。自分のため。

「お前という驚異を排除できるチャンスらしいからな」

「ふっ、それはこちらも同じ。影の死神は最大の脅威であるからな」

「ならばこの戦いは必然」

「そう言ってくれると助かる。さあ用意するといい」

 二人は背を向け隅に別れる。ウルフは上着を脱ぎ、ブーツを脱ぎ、ズボンだけになった。そして仮面も外した。人狼とは違う、端正な顔立ちだ。拳銃は捨て武器はバトルアックスだけ。

 正蔵は迷い無く秘薬を飲んだ。痛みを消し、集中力を増し、身体能力をあげる、その代償に寿命を10年縮めると言われる故郷の秘薬だ。そして。

「リン、ピョウ、トウ、シャッ」

 二本指を左右に動かす九印切りという精神集中をする正蔵。

 生まれた時から戦士として、暗殺者と鍛えられたニンジャ。天性の才能と多くの経験を積んだ伝説の殺し屋。

 一方は近親交配を繰り返し手に入れた人外の肉体。戦士として、軍人として、そして暗殺者として手に入れた戦闘経験を得た純粋戦士。ウルフはディーに足りなかった経験値とヒャクに足りなかった純粋戦闘力のどちらも兼ね備えていた怪物。


「カイ、ジン、レツ、ザイ、ゼンッ!」

 九字切りを終えて振り返ると、正蔵はニンジャ刀を抜いた。ウルフもゆっくりと振り返り、大小の刃がついた大きなバトルアックスを握っている。

 満月の見えないグレイタウンの夜。いま対決の時!

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