第55話 祖父の組織

 ジョンは部下らしき黒ずくめの男から何かを耳元に囁かれている。男が伝言を終えて部屋を出て行くと、ため息一つついた。

「なんじゃ? 野望が失敗したのか?」

「ほほ、それは問題ない。それで続きを聞かせてくれるか」

 食事をとりながらジョンはパルがどうやって列車爆破から助かったのかを聞いていた。

「うむ、運が良かったとしかいいようがない。たまたま逃げ出したパルを追って後ろの車両におった」

 パル。当時の愛犬の名だ。

「爆発した時のことはよく覚えておらんが、パルがうちをかばうように上にのっていたおかげでほとんど怪我もなかった。パルはその時にはすでに事切れておったが」

「あの犬もお前を守れて満足であろう」

「そうだといいがのう。とにかくその場から逃げ出してさまよっていると、孤児と思われて親切な老夫婦に助けてもらった。その老夫婦の話だと、お父様達は暗殺されたらしいから、ウチは身分を隠してその老夫婦に面倒を見てもらっていたのじゃが……」

 パルは表情を曇らせる。

「ウチがおらぬ時に何者かにその老夫婦は殺された。ウチのせいじゃ……」

「そう気にやむな。悪いのは暗殺者であろう」

 街を支配しようというジョンも、孫には優しかった。

「ウチは運良く見つからずに逃げ出せて、この国に流れ着いて、マサゾーに救われたのじゃ」

「マサゾー。影の死神か」

「そうじゃ。間もなくウチを助けにくる」

「ふむ、そうだといいがの」

 ジョンは意味ありげにそう言った。


 その夜、パルは初めて外に連れ出された。スチームカーで向かった先はスチーム機械の大企業、イザムバード自動機が所有する機関車の製造工場だった。ただそれはあくまで表向きで、実際はジョンの組織の秘密工場だ。

 護衛のウルフ以外に三人の幹部、スノウレディ、ファイアボディ、フロッグも同行していた。フロッグは自分がジョンに取って代わる、そんな野望がまた頭をもたげている頃だったが、その光景を見てすぐにその思いは消え去った。

 そこには1000人はいた。幹部達も知らなかった兵士達。全員がお揃いの軍服を着ている。正式な軍服とは違い黒を基調としており、伝統的な王族親衛隊の衣装に似ている。

 みなを見下ろすテラスにジョンとパルが姿を現すと、大きな歓声が上がった。

「ジョン様!」

「ジョン国王!」

「万歳! 万歳!」

 割れんばかりの歓声はジョンの金属で出来た左手をあげるとピタリと止まった。

「みなよく集まってくれた。今宵は紹介したい者がおる。我が孫娘ゼノビア。ワシの後を継ぐ次の女王じゃ」

 うおおおおおおおおおおおおおおっっ!!! 先ほどより大きな歓声が上がった。

「見よゼノビアよ、この者達は総てお前のために命をかける兵士じゃ。もちろんその数はここの数十倍おる」

「そんなもの必要ない」

「ならば死ねと命令すればいい」

「おじいさま……」

「王は一人では王になれんのじゃ。だが千の臣下、万の国民がいれば王を辞めることもできぬ」

「まるで呪いじゃな」

 熱気あふれる哀れな子羊たちを見下ろし、パルはため息をついた。


「ゼノビアよ、もう少しワシにつき合ってくれ」

「まだどこか行くのか?」

 夜も更けてきて、パルは眠そうな目を擦っていた。

「お前もビックリする相手に会わせてやろうと思ってな」

「ビックリ? ううむ、疲れる相手でないといいが」

 そうして連れて行かれたのは普段とは別の屋敷だった。外観からは何の変哲も無いと思われた屋敷だったが、招かれた部屋は異常だった。

 何もない大きな部屋は真ん中に牢屋のような格子がある。それぞれの側にドアがあり、すでに格子の向こう側には異様な人物が一人いた。

 大きい、ジョンとパルの後ろに控えるオオカミ仮面とそう変わらない背丈があり、赤い軍服に黒いマント。そしてその顔はガラスの一つ目がついた丸い金属のマスクに包まれている。

 その異様な人物はパルの姿を見るなり座っていた椅子から立ち上がり、右足を引きずりながら格子まで近づいてきた。右足の膝にチューブのついた金属部品がついている。正蔵に斬られた膝を補強しているのだ。

「あ、あ、ゼノビア様? 本当に生きておられた!」

 くぐもった女性の声。顔のガラスは暗くて中を覗けない。それでも大柄に女性には心当たりがあった。

「おぬし……フレイルか?」

「はい! このような姿になりましたが、ゼノビア様の忠実なしもべ、フレイルにございます!」

 隣国ルビニア、パル一家の親衛隊長だった女騎士ルビニアである。当然パルも面識があった。あったのだが。

「なんじゃその格好は? それにあの列車事件の前に死んだと聞いておったが……この街は死者が生き返りすぎじゃな」

 パルはチラリと祖父を見た。

「なんであろうと、ゼノビア様が生きておられたことに、私は……私は……」

 感極まるフレイルもその表情は見えない。

「これで生きているのはわかったであろう?」

 ジョンはパルの肩に手を置いてドアへ誘う。

「お待ちを! ジョン様!」

 両手で格子を掴むが、いかにフレイルとてビクともしない。

「顔を見せるというだけの約束じゃ。先の非礼にしては寛大であろう」

「クッ」

 フレイルはその場に崩れ落ちる。ウルフがパルを連れ去る時に仮面騎士に介入させたことを指摘されたのだ。

「フフフ、いずれまた会えるであろう。ゼノビア、行くぞ」

 パルはすっかり姿の変わったフレイルを何度も振り返る。フレイルはガラスの一つ目でそれを見送った。

 ああ、ここにも哀れな子羊が……パルの心はグレイタウンの空のように曇る。

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