第54話 オオカミの夢
自分はなぜ生まれてきたのか? なんのために生きているのか? グレイタウンでの暮らしが一段落した頃からウルフはそればかり考えていた。
パルをさらって5日が経った。すぐにでも影の死神が取り戻しに来ると思っていたが、いっこうに来る気配がない。
ウルフはジョンの屋敷の窓から外を眺めている。今日も空は灰色だ。故郷の青空が懐かしい。
「お呼びですかい」
ヒャクがウルフの部屋にやってきた。
「ヒャクよ、お前とはそれなりの付き合いになるが、俺の出自を話したことはなかったな」
ウルフは窓の外に目を向けたまま。
「人狼達のこととかで? 吸血鬼の少年みたいな感じかと思っていやしたが」
真意を測りかねてヒャクは戸惑いながら訊いた。
「なるほど、薬物で作り出されたモンスターか。似ているが少し違う。俺は外界と隔絶された小さな村で育った」
消滅した村。ウルフが生まれた村。それは外界とは隔絶された山間の小さな村。ウルフはそこで生まれた。
その村は狂っていた。なにがきっかけかを知る者はすでにいないが、何百年も前から始まったただ強い戦士を生み出すための村だった。優秀であれば親子であろうが兄弟であろうが子を作り、近親を繰り返した。
代を重ねるごとに血は濃くなり、障害を持って生まれる子も増え、成人まで育つ者も少なくなった。代わりに常人以上の筋力を持った鼻筋の太い犬のような顔立ちの子が多く生まれるようになる。
そう、人狼達のような者達だ。筋力と引き換えに知力を失ったのか、文字も読めず片言で話す彼らは、ウルフのように生きる意味を考えない。
そんな村に終わりが見えて来た頃にウルフは生まれた。歴代最強の肉体を持ち、知能も高く、才能にあふれていた。元々強靱な肉体を持つ一族だったが、ウルフはその中でも群を抜いていた。若者の中でリーダー的存在になり、日々強くなるために鍛えていた。
ウルフが成人をひかえた頃にその一団がやって来た。国の調査隊だ。半裸で生活している野蛮族。そう判断した調査隊は最新の銃器で攻撃したが、ウルフを中心とした数名の男たちによって壊滅。調査隊はたった一人だけ逃げることが出来た。
わずかその数日後だった。今度は軍がやってきた。60名ほどのその部隊はスチームガンで武装し、難なく村を壊滅に追いやった。
生き残ったのはウルフとその一族の若者6人。傷つき捕らえられ処刑される寸前でスノウレディがそれを止め、彼ら7人を引き取った。生物学者のスノウレディは、異常な村の噂を聞いてジョンのつてを使って軍に同行していたのだ。
ウルフと人狼達はジョンに引き取られて、ウルフはジョンの影響力が強い軍の部隊に配属されて最新の戦闘技術を覚えていった。人狼達はその見た目から裏方として動くようになった。
「な、なるほど……」
想像以上の話しにヒャクは言葉が続かなかった。
「何百年もかけて生み出された超人。タブーを犯してでも強さだけを追い求めた。だが、近代兵器に勝てない。現に俺の村はスチームガンを装備した軍に滅ぼされた。今の俺に出来るのはせいぜい雑用係。優秀な雑用係だ」
ウルフは自嘲気味に言った。日々進化する銃火器。スチーム・ロボ。新たな兵器も日々作られている。もはや肉体で戦う時代は終わりつつある。
「そんなことは……」
「ジョン様を尊敬している。あの様な姿であれほどの野望を持ち、そしてそれを叶えつつある。それに比べて俺はなんのために生きているのか。そんな余計なことを考えてしまう。今ならわかる。人狼達のほうが、よほど戦士として完成している」
人狼は知能がないわけではない。命令だけを従うが、ヒャクと正蔵との戦いの時のように必要とあれば自ら判断して動く。戦うことだけに特化した純粋戦士なのだ。
「いや、旦那はすごい存在ですよ! 近代兵器がどうとか関係ありやせん。旦那の強さは間違いなく特別です。その強さだけで生きる意味がありやすよ」
それはヒャクの本音であった。ウルフの部下になるきっかけ。ピンチの時に助けてもらった時には実際にスチームガンを装備した軍隊相手に圧倒していた。
だがウルフはそう思ってはいない。最強の戦士として生み出された自分の意味を探していた。
「俺は、いや、俺の一族は強い戦士であることだけを求めてきた。ヒャクよ、俺以外で一番強いのは誰だ?」
「誰って、そりゃあ強さにも色々ありやすが、個体としての戦闘力なら人狼……いや、影の死神……ってまさか!」
「奴と対戦したい。一対一でな」
「そんな無意味な」
「無意味ではあるまい。今後間違いなく障害になる敵だ」
「それはそうですが、一対一の対決は意味がないでしょう。じきに奴が姫を奪還に来るでしょうから、そこで迎撃すればいいだけですし」
「そうだな。きっとそうだろう。だがジョン様の最終計画が動き出せば、あとは破滅するだけだ。俺はそれでかまわない。ただその前に強敵と戦いたいのだ。戦うことが俺の生まれた意味であるからな」
ウルフの決意、そして待ち受ける未来。ヒャクは諦めるようにため息をついた。
「そうでやすか……わかりやしたよ。でも負けないでくださいよ」
「フッ、実際に戦ったお前はどう思っているんだ?」
「そりゃあ……いや、確かに奴は強い。でも旦那には勝てないでしょうな。ニン術やニン法もあっしの知っていることは全部旦那に教えましたし」
「それでも真っ白に、何も憂いなく戦いたいのだ。人生で一度だけ、強敵とな」
オオカミの仮面で表情はわからないが、確かにウルフは楽しそうにしている。ヒャクはそう思った。
ドアと叩く音。正蔵の暮らすビルの2階。探偵社とは名ばかりの何でも屋にも来客はある。
「入れ」
正蔵は冷たく答えた。ドアが開いた時には手裏剣を手に持っていた。
「まてまてまてまて!」
中年の男。ヒャクが大声で右手を振った。その手は金色の義手になったいた。殺気がないのを見て取り正蔵は武器をしまう。
「なんの用だ」
「ゼノビア様のことだ。言うまでもなく安全は保証する。というか祖父が孫を傷つけるはずもない」
「そうかな? それでお前はなにをしに来た?」
「バカバカしい話しだが、決闘の申し込みだ」
「はあ?」
さすがに想像外の言葉に正蔵は首をかしげた。
「拙者が仕えているのはオオカミ仮面の御仁でな、あのかたがお前と一対一の対決を望んでいる」
「俺になんのメリットがある?」
「いや、逆だ。こちらにメリットがない話だ。あの人はこちらの組織で最強の人物だ。それはお前もわかっているだろ? その人と一対一というこちらになんのメリットもない対決を出来るというわけだ。屋敷は拙者や人狼達が常に警戒している。ゼノビア様の近くには常にオオカミの旦那がいる。いくら隠密に優れているおぬしでもその警戒網は抜けられまい。もちろん警備は我々だけでない。スチームガンを装備した手練れも無数いる。その状態であのかたと戦えるか?」
正蔵は頭を働かせる。罠か? いや、そうは思えない。自分を殺すだけなら数を集めてここに襲撃したほうが手っ取り早いだろう。それにあの人物。せこい罠を張るようには思えない。
そして罠でないとして、この対決は受けるべきか?
戦ったのは2度。1度目はスチームロボとの戦いの後に名刀ムラサメを折られている。2度目は5日前の、パルの誘拐時。連撃をよけられて回し蹴りで川まで飛ばされた。どちらも圧倒的に負けている。強い。今までで最強の相手だ。
果たして暗殺であの化物を倒せるのか? 目の前の中年ニンジャも手強い。あの人狼達も1対1で戦うのがやっとの相手だ。ましてパルを守りながらの戦いとなると……。
「日時は?」
正蔵は勝負を受けることにした。
「三日後の満月。0時に街外れの工場跡」
「承知した」
すぐにヒャクは去って行った。間違いない。人生で最も強い敵との戦いになるだろう。正蔵は胸に手を当て、覚悟を決めた。
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