第53話 祖父との会話
パルは新型の電気式ライトに照らされた明るい部屋にいた。燃料型ランプが主流の中、まだほとんど出回っていない最新の技術製品だ。
白いクロスがかけられた大きなテーブルを挟んで向かいにはジョンがいる。見た目がずいぶん変わった祖父だ。目の前には王族が食べるような伝統的な料理が並んでいた。
「ウチはベーコンドッグやタマゴ粥のほうが好きじゃ」
昼間のレストランを思い出しながらパルは言った。
「すっかり庶民の自由と生活を知ってしまったようじゃな。ワシも若い頃はよく街に出かけておった。安酒場で飲み明かしたもんじゃ」
ジョンはワインを口にしてそう言った。並べられている食事にはほとんど手をつけていない。
「おじいさまらしいのう」
「安くともうまく、気取らず、あれこそが食事というものかもしれん」
「ウチもそう思う。なのになぜこんな料理を食べているのじゃ?」
「それが王だからじゃ。食事一つをとっても王であらねばならぬ。味よりも王にふさわしいかが大事なのじゃ」
「ふん、つまらぬな」
「ほほ、そう言うな。これはこれで味は悪くなかろう」
「まあのう」
口では批判的であったが、久々の家族での食事にパルは少し安らぎを感じていた。
食事を終えてメイドが紅茶を用意すると部屋には二人きりになった。
「クロウ伯爵がお前をさらった頃からお前の存在には気づいておった。だが今までお前を連れてこなかった。なぜ保護しなかったかわかるか?」
ジョンはパルに語りかけた。
「あの悪い奴か……さあのう。その時は利用価値がないと思っておったんじゃないのか?」
「ほほ、そうではない。お前が小悪党や小さい吸血鬼ごときにどうこうされるとは思ってはおらなかったからじゃ」
「なぜじゃ? ずいぶん危険な目にあったぞ?」
危うく窒息死されそうになったことを思い出してブルッと震える。
「現にお前は死んでおるまい。それはな、お運命の子だからじゃ。運命が、世界がお前を殺させない」
「スチーム機械が街中にあふれている時代に非科学的じゃな。そもそもウチで死んでおったら、どうせ失敗作だの何だのと言っておるじゃろ」
「そうじゃな。だが現に生きておる。それが総てじゃ」
「むむぅ」
納得のいかないパルだった。
その日からパルはジョンの屋敷で生活することになった。外にこそ出られないが、屋敷内はかなり自由に動けた。仮に屋敷を逃げ出したところですぐに連れ戻されると思ったから、パルも正蔵が来るまでは大人しくしていることにしていた。そして多くの時間をジョンとの会話に費やしていた。
紅茶の時間。
「それで、おじいさまは何をするつもりなのじゃ?」
パルは単刀直入に訊いた。ただ単に孫娘に会いたかったとは露とも思っていないのだ。
「この街を王国として独立させる」
「……またバカな夢を見ておるのう」
パルは心底呆れた顔で言った。
「男は歳をとっても野望を抱くもんじゃ。お前も覚えておくがよい」
「やれやれ、男はどうしようもないのう。それでウチになんの用じゃ? 会いたいだけならあんな巨人を寄越す必要はあるまい」
「許せ、ワシにもお前にも敵が多いのじゃ」
「ウチももう王族ではない。市井に生きるパルという一般人じゃ」
「パル、そう名乗っておるそうじゃな。確かワシがやった犬にそんな名をつけておったの」
「咄嗟に思いついたのがそれじゃが、悪くはないぞ。命の恩人……恩犬じゃしな」
列車爆破事件を思い出して暗い気持ちになるパル。
「ゼノビアよ、お前が庶民に紛れて生きていられたのは運が良かっただけということは忘れぬことだ。少し歯車が違えば死ぬより辛い人生であったろう。フーリという名の少女のようにな」
フーリ。パルの友達だった少女。吸血少年ディにより無残に殺されたかわいそうな少女。
「あれもおじいさまの手の者なのか!」
「ワシの命令ではないぞ? 勝手に動いたのであの少年はこちらで処分したしのう」
「……」
パルは表情を曇らせる。確かにジョンはそんな命令はしないだろう。あの少年が勝手にしたことだろう。でも……。
「まあそう睨むな。お前が庶民の生活で生きてこられたのは運が良かっただけだと言いたかっただけじゃ」
「ウチはそう思わん。ウチは実際に生きて経験したことを信じるだけじゃ。王族であってもお父様やお母様、それにおじいさまのようになるかもしれぬしのう」
「ほほ、強くなったのう」
ジョンは満足そうに笑った。
大きな庭をジョンの手を引いて散歩をしている。
「おじいさまは、何故グレイタウン独立など画策しているのじゃ?」
パルはジョンの馬鹿な野望について訊いた。
「ワシはの、ワシは王になりたかった。ただそれだけじゃ。国の王になれぬのなら、自ら国を興して王になればよい」
遠い目をするジョン。
「やれやれ、それでこの街を乗っ取るのか?」
一方パルは呆れ顔だ。
「そのつもりじゃった」
「違うのか?」
「今は変わった。お前じゃ」
「ウチ?」
「そう、お前を女王にすることがワシの最後の望みじゃ」
「なんと迷惑な」
「それが王族に生まれた運命というものじゃ」
ジョンはハハハと笑うがパルはため息をついた。
「それで、どうやってグレイタウンを乗っ取るつもりじゃ? すぐに数で潰されるじゃろう」
「心配しなくても秘密兵器はある。それにお前じゃ」
「ウチ? ウチなぞいまさらなんの役にたつ?」
「お前の母の国、つまり隣国ルビニアは色々と不幸が重なり90を超えたお前の曾祖父を除けば、最も血の濃い人間はお前になっておる。隣国は王政を廃止し共和制になっておるが、王政の復活を望む保守派も多くおる」
「なんじゃと!?」
「お前を女王に立てることで隣国の保守派を取り込める。国内も少なからずワシやお前の父の派閥が残っておる。ゼノビア、お前という存在がいる限り、国もそうやすやすと手は出せぬということじゃ」
「……さすがおじいさま。悪巧みがお得意じゃな」
「随分余裕があるの。庶民の暮らしで強くなったか」
「どうかの。ただ信じておるだけかもしれん」
物怖じせず頭も回る。ジョンは満足そうだった。
ジョンの野望の話しだけでなく、ジョンの若い頃やパルの両親の話。大テルニア王国の話、母の故郷ルビニアの話。色々な話しを聞いた。日常を取り上げられて最初は不審だったパルも博識で頭の良い祖父との会話は楽しかった。
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