第50話 最後の日常

 その日は青空が広がっていた。グレイタウンという通称にふさわしく、年中灰色の曇り空のこの街にしては珍しいことである。

「うむ、ウチはこの店が好きじゃ」

 料理を頬張り、パルは満足そうに言った。いつぞやの海が見えるレストランに、またリー・エリンと共に三人でやってきていた。珍しくパルがわがままを言ってスチームタンク交換所で仕事をしていたエリンを誘ってやってきたのだ。

「パルちゃんが満足してくれたなら、それでいいよ」

 そんなエリンも優しい目でパルを見ている。

「マサゾウの奢りだしね」

 そして正蔵を見てウィンクした。

「はいはい、わかってるよ」

 正蔵は口ではそう言ったが、つき合ってくれたエリンに感謝していた。

手頃な値段で味もよく、なにより海を望む風景がよかった。パルもそれを気に入っていた。

 海産物中心の気取らず、それでいてチープではない料理を食べて、珍しいフルーツを使ったデザートまで食べ終えると三人はレストランを出て海沿いの歩道を歩いた。

 他愛のない話しをして、パルとエリンで正蔵をからかい笑い合う。

ふと、海風を受けながら遠い目をするパル。

「いいのう、また三人でここに来たいのう」

「うん、来よう。ね、ダーリン」

「ははは、そうだな」

 エリンの冗談に正蔵は苦笑いしながら答えた。


「じゃあ、アタシは先に帰るね」

 スチームバイクの所まで戻ってくると、エリンは申し訳なさそうにそう言った。

「うむ、エリン、ありがとう」

「パルちゃん、しおらしいじゃない。また一緒に来ようね」

「うむ」

「マサゾウ、ご馳走さま」

「どういたしまして」

「じゃね」

 エリンを見送ると、パルは港近くの大きな市場に連れて行ってくれと頼んだ。フーリが死んで意気消沈しているときに連れて行った場所だ。

 市場は相変わらず賑やかで、世界中から集まった人と物であふれていた。物珍しいお店をまわりながら正蔵はいくつかの買い物をしていると、パルが小道具屋で足を止めた。

「ウチもこれくらい持っておいたほうがいいのう」

 パルが手に取ったのは、柄の部分に異国の絵柄が入った小さな折りたたみナイフだ。

「そうですね。でも下手に抵抗しないほうが安全だったりしますよ」

「わかっておる」

 正蔵が買い与えると、パルは何度か刃を出したりしまったりしてから懐に収めた。

「じゃあそろそろ帰りましょうか」

「うむ、今日は感謝じゃ」

「いえいえ」

 そうして二人は正蔵のスチームバイクに乗り、自宅へを向かう。

 夕闇が迫る時間。川沿いの道を走りながら正蔵の前に座り風を受けるパル。こんな日常がずっと続けばいい。それがパルの本心からの願いだった。だからそれを正蔵に伝えようと思った。

「マサゾー」

「え? なんですか、パルさん?」

「ウチはな」

 ギギーッ! 急ブレーキで車体が滑る。正蔵は超人的操作で転倒せずにスチームバイクを止めることができた。突然の状況に戸惑うパルは道路を塞ぐ巨人の姿を見て急停止の理由を知った。

 異様な風体。軍服姿のその男は2メートルは優に超す巨体。厚い胸板。そして鼻から上をオオカミの仮面で隠していた。後ろにはこの前戦った中年ニンジャと二人の人狼が逃げ道を塞ぐ。左には大きな川。右手にはビルの隙間が見える。

「パルさん逃げて!」

 正蔵は懐からムラサメの小刀を取り出し構えると、パルを隙間の小道に逃がした。

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