第49話 夜に浮かばぬ月

「フレイル! フレイルか……」

 オルソンは頭を抱える。深夜に人のいない公園で待ち合わせて、昼間の出来事を伝えたのだ。

「知っているのか?」

「有名人だ。あの独特な見た目もあるが、ルビニアの保守派として有名で、軍への影響力も強い。そうか……ゼノビア様に気づいてしまったか」

「見た目も執念も異常だったが、今回のターゲットを使い捨てにするほどの人物なのか?」

 警察では手の出せない大物だからこそ正蔵が暗殺したのだ。

「ルビニアの現政権での実力でいえば今回のターゲットのほうが上だが、危険度でいえばフレイルかもしれない。あの見た目も、そもそもは我が国に責任があるから、その負い目もあってこの国でわりと自由にしているしな」

「そうか……」

 まだまだフレイルには裏がありそうだった。

「フレイルに知られたとなると……ゼノビア様、いや、パルちゃんを連れて国を出たほうが……いや、それも難しいか……」

「何故だ?」

「マサゾウの故郷にしろ他の国にしろ、あのフレイルだ、潜伏国に軍を送りかねない。むしろこの国にいるからまだ軍の派遣をとどまっているのだろう」

「そこまで危険な人物なのか?」

「ゼノビア様に対する執着心は異常だ。元から優秀な人物であったそうだがゼノビア様一家の護衛隊長に抜擢されてからどんどん変わっていき、ご家族の中でも特にゼノビア様に対する忠誠心、そして執着心は異常だったと聞いている」

 そんな人物の存在にパルは喜ぶだろうかと正蔵はふと思った。

「それにな」

 オルソンは再び話し始める。

「ゼノビア様の一家が列車テロを受けたのも、フレイルが我が国に拉致されていない時に狙われたと言われている。ゼノビア様の遺体を最後まで探し、死体が見つからない限り生きていると主張を続けていたそうだ」

「なるほど……」

「ルビニアも彼女を危険視したのか、この国に特使として派遣されていたのだが、そうか……それで今回のターゲットを売り渡してマサゾウを呼び寄せたのか」

「ああ、ルにビアの要人を使い捨てにしてな」

「こんなことを本国に知られたら、フレイルもただではすまないはずなんだがな」

 それほどまでにパルに執着しているのかと正蔵は複雑な気持ちになった。

「殺しておくべきだったか」

「いや……ルビニアがどの程度ゼノビア様の情報を掴んでいるかわからないからな。

フレイルは確かにゼノビア様に対する執着は異常だが傷つけるようなことはしない。これが現政権に知られているとなると暗殺者を送り込んでくるかもしれない」

「なに?」

 正蔵の表情が変わる。

「だが、フレイルがそれを許さないだろう。ルビニア政府がゼノビア様に手を出すとなるとフレイルは内戦も辞さない。そんな危険人物だけに、逆にルビニア政府に対する抑止力になるだろう」

「なるほど」

 きな臭いが、逆にフレイルがパルの存在、ゼノビアの存命を知ることで、ルビニア政府に対する抑止力や隠蔽工作にもなる。

 誰がフレイルにパルの存在を教えたのか。正蔵もオルソンも言葉にはしなかったが想像はついた。

「なんにしても、やはり罠だったのは本当にすまなかった。スチームロボの件といい、完全に影の死神絡みで利用されているな」

「それはいいって。罠は承知のうえだったしな」

「それだけじゃない。保安部、まあ俺も含めて数人しか知らないが、正直パルちゃんのことは意見が割れているんだ」

「どういうことだ?」

「この街、この国にとって危険な存在じゃないかと」

 そうして話しを終えると二人は別々の夜闇に消えていった。


 豪邸のベランダで半分機械の老人が夜風に吹かれていた。

「そうか、フレイル殿は負けたか」

「はい」

 返事をしたのは黒ずくめの男。スノウレディなどの幹部も知らないジョン直下のスパイだ。

「今はどうしておる」

「本人は片足を怪我して療養しておりますが、すでにルビニアの保守派や軍に働きかけているようです」

「うむ。引き続き動きの監視を頼む」

「かしこまりました」

 男が消えてしばらくすると、鼻から上をオオカミの仮面で隠した大柄な人物がベランダにやってきた。

「ウルフ軍曹」

 ジョンは振り返りもせず話しかけた。

「はい」

「ふぅ……」

「どうされましたか?」

「いや、なんでもない。それより一つ頼みがある」

「なんなりとご命令ください」

「孫に、ゼノビアに会うときが来たようだ」

「仰せのままに」

 ウルフは大げさにかしずいた。

 ジョンは空を見上げる。灰色の街は雲に覆われていて、月は見えなかった。


~to be continued~

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