第48話 執念の騎士

 まだ昼過ぎだが正蔵は裏の仕事の格好で町外れの大きな農場へとやってきていた。今日人間狩りが行われるとのオルソンからの情報があったのだ。

「……」

 事前に罠の可能性を聞いてはいた。血の臭いはする。しかし静かすぎた。本当に人間狩りが行われているのかと疑いながら物陰を進むと、大きな柵に囲まれた場所から叫び声が聞こえてきた。

「おーい、誰かー! 助けてくれ!」

 木の柵で囲まれた中に裸の中年が一人で叫んでいる。聞いた人相だとその男がターゲットのはずだ。

「来ましたね、影の死神」

 柵を見下ろす高台に異様な人物が立っていた。大きい、2メートルはゆうに超えている。そして頭をスッポリと鉄の丸いマスクで包まれて、前面にはのぞき窓だろうか厚いガラスが着けられている。まるで大きな目玉のようだ。

「私はフレイル。ルビニアの者です。ターゲットはその男でしょう? さきに仕事をしなさい。私との話はそのあとで結構」

 状況がわからなかった。柵の入り口を体格のいい鉄仮面の男が開ける。なんにせよターゲットは先に始末しなければならない。柵は3メートル程度の高さだし、木製なのでいざとなればムラサメの小刀で切り取ることも出来るだろう。

 警戒しながら鉄仮面の横を抜けて中に入るが、門は閉じられず二人の鉄仮面が入り口を塞いだ。真ん中にいる裸の男に近づくと、どうやら片足をロープで縛られ地面の木の杭に繋がれているようだ。

「ルビニア人なら正々堂々戦うといいでしょう」

 フレイルはサーベルを投げた。かなりの距離があったが裸の男の前に落ちて刺さった。

「フレイル! 私に手をだしてただで済むと思うなよ!」

 男はサーベルを掴むとロープを切った。

「あなたの部下は全員始末しました。私のことは気にせず目の前の殺し屋に集中したほうがいいでしょう」

「な、な、な」

 男は混乱していた。護衛はかなりの数がいたし、腕も確かだ。それがたった数名に皆殺しにされた? 馬鹿な。しかし殺し屋は待ってくれない。黒い刀を手に近づいてくる。

「お、おい、待て。依頼主の倍、いや10倍払う。私を助けろ!」

「無駄だ……」

 正蔵は新品のニンジャ刀を構える。

「わああああ!」

 男は無茶苦茶にサーベルを振りながら迫ってくるが、そんなものが正蔵に当たるはずもなく一撃で首を落とされた。


「お見事です、影の死神」

 どうやら本番はここからのようだった。門を塞いでいた鉄仮面の二人と、いつの間にか高台から降りてきたフレイルが柵の中に入ってきた。

 改めて相手を確認する。鉄仮面の二人は肩から先だけスチームアーマーになっている。腕はスチーム機構で出来た手甲と厚手の手袋だ。両方の腰に小さな革袋。左腰にはさらに帯剣している。

 フレイルと名乗った大女は丸い目のような鉄マスクと、ルビニアのものらしき赤い軍服。そして黒いマントを羽織っている。

「影の死神よ、私はゼノビア様の親衛隊長だった者だ。お前を待ち伏せした理由を察せよう」

「……」

「ゼノビア様はどこにいる?」

「知らないな」

「ふん、小賢しい。痛めつけなさい」

 フレイルの命令を受けて鉄仮面の二人が腰の革袋に手を入れて何かを取り出した。

距離は10メートルはある。それでも警戒しながら動きを待った。

 ピン。一人が指を弾いた。何かがせまる。正蔵はギリギリかわしたが、それを狙っていたかのようにもう一人が指を弾いた。

 腹に痛みが走る。銃弾? 違う。20ミリほどの鉄球だ。それをスチーム機構で強化した指で弾いているのだ。

 火薬銃やスチームガンほどの殺傷力はないが、十分な威力だ。祖国の特殊な帷子を着けていなければ、体内まで撃ち込まれていただろう。

 まずい。威力や射程距離は従来の銃器に劣るが、速射性や命中率は高い。この距離や服装ではかなり不利になると感じた。

 鉄仮面の片方が無数の鉄球を掴むと、ボールを投げるようにそれを放った。スチームアームの腕力で放たれた散弾はしかし、足下から蒸気を噴き出しながら高くとんだ正蔵に避けられた。

 避ける先を狙っていたもう一人も、さすがに予想外の動きに遅れる。正蔵は足下から噴射する蒸気をうまくコントロールして鉄仮面の手前に降り立つとそのままニンジャ刀を一閃。

 が、鉄仮面、いや、ルビニアの騎士の剣に防がれた。今の一撃を受け止められるとは。強い。装備だけではなくよく鍛えられている。素直にそう思った。

「舐めるなよ影の死神。ゼノビア様に対する我々の思いは誰よりも深いのだ」

 鉄球弾だけではない、スチームアームで強化された剣載はニンジャ刀で受け止められる威力ではなかった。片方の剣撃、片方の鉄球を避けながら反撃の機会を伺う。

 一人が剣を振り、一人が鉄球を放った瞬間、正蔵は小袋を投げて大きく後ろに飛んだ。小袋はルビニアの騎士達の目の前で破裂して粉をまいた。

 目潰し粉だ。顔面を鉄仮面で守っているとはいえ、目の部分は空いている。目の痛みに苦しむが、仮面に邪魔されて拭うことが出来ない。目潰し粉が消えるのを待って正蔵は二人の懐に入り、ニンジャ刀で喉と胸を切り裂いた。

「貴様! 逃がさない! ゼノビア様の場所はどこだ!」

 二人が殺されて、フレイルはヒステリックに叫んだ。そして、その体に似合う大きな剣を構える。

大きいとはいえ女の体だ。それほど剣の腕はないだろうと思ったが、それは違った。

 横一線に振るったその剣撃は鉄仮面たちよりはるかに鋭い。名実ともにパルの、ゼノビアの親衛隊長ということだ。

 鉄仮面のように鉄球弾は使ってこない、いや、スチームアーマーすら着けておらず、それでいて竜巻のように激しく鋭い剣撃は反撃をする隙を与えない。

 とはいえ正蔵のほうもその剣撃をすべて避けきっていた。フレイルとしてはパルの居場所を聞き出さないといけないので正蔵を殺すわけにはいかないのだ。

 膠着状態を破ったのは正蔵のスチーム忍法だった。スチームボムを足下に投げて蒸気の煙幕を作り出すと、続けて分身の術を使った。グリグウッドに使った黒い人影が三方向に飛び出す小道具だ。

 あくまで無力化を狙うフレイルに一瞬の隙。正蔵は蒸気に紛れてフレイルの真横を抜け、右の膝裏を刀で切った。

「ああああああああっ! 待て! どうか一目だけでもゼノビア様に! ゼノビア様に会わせて!」

 這いずりながらそう叫ぶフレイルにトドメはさせなかった。パルの敵とは思えなかったからだ。

「うおおおおお! 待てええええ!」

 這いずりながら正蔵の背を追ったが、その背中は遠く闇に紛れていった。

「うおおおおおおおおっ!!」

 フレイルの咆哮だけが闇夜に響いた。

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