第46話 ルビニアの紳士

「あなたがここに来られるとは、正直驚きましたよ」

 50代の紳士は奇妙な金属の丸い覆面をした大女フレイルを慇懃に迎え入れた。

「ここですか? 悪名名高い人間の狩り場は」

 フレイルは高台から柵で囲まれた100メートル四方の狩り場を見下ろした。街の外れにある大きな牧場。その一角に作られた人間の狩り場だ。

「あなたはルビニアの政府に繋がる大物。このことが公になればルビニアの評判を落とすことになりますよ?」

「ははは、ばれたところでこの街の警察は私に手は出せませんよ」

 100年の平和とはいえ、隣国ルビニアとは常に緊張状態だった。そしてこの紳士はルビニア政府大物の親族で、自身もルビニア政界に影響力のある人物だった。

だから殺人程度では警察には手の出せない人物だった。

「ルビニアの品位を落とすと言っているのです」

「いやいや品位を落としたりしませんよ。なにせ私ほど平等な人間はいませんからね」

「平等? 人間狩りをしているのに?」

「見てくださいよ」

 紳士は柵の中を指した。そこには子どもから老人まで、男性も女性も、そして人種も様々な10人の裸の人間がいた。中には先日連れ去れれた四人家族の母親もいた。

「東方人だから狩る、西方人だから狩らないなんて差別はしませんよ。それにちゃんと彼らの家族にはお金も払っています」

「部下に押し入らせて、一人差し出させて無理矢理お金を握らせるんですよね?」

「そう。悪党なら家族ごと攫いますよ。私は一人だけ。それも選ばせて対価も払う。なんと誠実なのでしょう」

 紳士は自分の言葉に酔っているようで、フレイルはそれ以上言い返さなかった。

「ところで今日はどうしてここに来られたのですか? 最近はあまり活動していなかったように聞いていますが」

 権力を持つ紳士だが祖国ルビニアの保守系大人物であるフレイルにはそれなりに敬意を払っているようだ。

「いつまでも過去を悔いていても仕方がない。私もそろそろ動き出さないといけないと思ったのですよ」

「ほう」

 紳士はフレイルを見たが、その顔は覆われており表情は見られない。

「まあいいことですよ。ただあなたが一声かければ保守系の軍が動くのですから、無茶なことはしないでくださいよ」

「もちろん」

 二人のもとに紳士の部下がやってきた。

「ご主人様、準備が整いました」

 そう言ってスチームタンクのついた大きな馬を引いてきた。

「フレイル殿、よかったらあなたもどうですか?」

「結構。私は見学させてもらいます」

「それは残念」

 さして残念そうでもなく紳士は馬に乗った。手には小型のスチームガンを握っている。

「さあ、狩りの始まりだ! 門を開けろ」

 紳士は高台から駆け下り開けられた門から柵の中に入っていく。

「最後の一人はここから出してやる!」

 そう言って南方人の老人を撃った。スチームガンの金属の矢が老人の太ももに刺さる。哀れな獲物達は逃げまとう。紳士は倒れた老人にトドメを刺さずに次の獲物を狙う。

 一方的な虐殺は続き、子どもも大人も老人も関係なく鉄の矢の餌食になっていた。最後の一人は四人家族の母親だ。両足を撃たれて這いつくばっている。

「た、助けてください、最後まで残りました」

 女は懇願する。

「大丈夫、私は約束を守る」

 紳士は女の頭を打ち抜いた。


 紳士はフレイルのもとに戻ってきた。息は荒くまだ興奮冷めやらぬ様子だ。

「最後の一人は出してあげるのでは?」

「え? あれはああでも言わないと動かないでしょ、あいつら。それに最後の一人、つまり私は約束通り出ましたよ」

 紳士はクククと笑う。厚いガラス窓の奥でフレイルはどのような顔をしていたのか。侮蔑か。嫌悪か。それとも歓喜であったか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る