第45話 グレイタウンの光と闇

 その覆面男達は深夜に突然押し入ってきた。手には火薬銃。普通の市民である男には抵抗する術はない。

「ど、どうか家族の命だけは……お金でもなんでも持って行ってください」

 懇願する男。妻と二人の幼い子ども命だけは守りたかった。

「金はいらない。誰か一人差し出せ」

「だ、誰かとは?」

「お前でも妻でも子どもでもいい。誰か一人を我々に渡せ。拒否すれば全員殺す」

 覆面の言葉はどこまでも冷たかった。

「な、なら私が」

「待って!」

 妻が止めた。

「私が行きます」

「おい」

「いいの。あなたが残ったほうが子ども達が豊かに暮らせるのだから……」

 この家の収入はすべて男の仕事からだった。妻が働いても夫ほどの稼ぎは無理だろう。ならば。

「いいだろう。この女を連れて行け」

 覆面男は部下らしき他の男達に命令して女を外へ連れ出した。

「受け取れ」

 覆面男は震える男にどっしりとした布袋を渡した。そこには男の年収並の金が入っていた。翌朝になるとすぐに警察に強盗に妻が連れ去れたことを話したが、受け取った金のことは言わなかった。


 巨大な貿易都市であるブリアード・ハブ。世界中から金と物が集まるこのグレイタウンは、毎日のように悪が生まれる欲望の街でもある。偶然か運命か正蔵によって新聞を賑わせていたトリ男と少年吸血鬼はいなくなったが、それでも新たなる都市伝説は生まれている。

 強制人身売買もその一つである。銃で脅して家族の一人を差し出させて、無理矢理庶民の年収相当の金を押しつける。そんな謎の悪党も噂の一つになっていた。明確な事件であるが金を受け取ったことが後ろめたいのか、あまり表沙汰にはならずに噂だけが先行していた。


「はぁ、嫌な事件が続いてますねえ」

 事務所でコーヒーを飲みながら謎の人身売買事件を新聞を読んでいた正蔵がつぶやく。

「なんじゃ? また悪党を倒しにいくのか?」

 同じく事務所で本を読んでいたパルが答えた。

「い、いやあ……」

 正蔵は曖昧にごまかす。もう正義の暗殺者、影の死神の正体が正蔵だとはばれているが、さすがに道具として育った正蔵も人殺しが誇れるものではないという良識ぐらいはある。

 平和な日常。グレイタウンではパルを中心に何かが動き始めている。そうは感じつつも、ここしばらくは平和な日常が続いていた。

 コーヒーを飲み終えると正蔵はいくつかの仕事をこなした。機械の修理。配達などなど雑用の多い探偵社だ。

 夜になると近所のスチームタンク交換所で働くリー・エリンと食事をした。もちろんパルも一緒だ。

 仕事中はパルの元を離れる事が多く、そうなると近所で付き合いの多く、なによりパルと仲が良いエリンに頼る事が多い。だから今夜は正蔵のおごりでレストランにやってきたのだ。

「ふむ、エリンはうちのようなドレスは着ないのか?」

「やめてよー、アタシがそんなの似合うわけないじゃん」

 見た目は東方人と西方人で全然違い、生まれも労働者と王族でかけ離れているがまるで姉妹のように仲が良い二人。その二人を見ているだけで正蔵はうれしかった。

「なんじゃマサゾー、にやにやして気持ちの悪い」

「いやー、仲良きことは美しきかなってって言葉が故郷にありましてね」

「うむ、エリンとは仲良しじゃ」

「仲良しだよねー」

 二人うなずき合う。それをみてまた気持ち悪い笑顔を見せる正蔵だった。

 光と闇。この街では家族を奪われる者もいれば暖かい晩食をすごす者もいる。それもまたグレイタウンの一面であった。

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