第43話 影の生まれた日

 その若者は薄汚れた街角に生き倒れていた。

 新米警官のオルソン・ブラウンは市民から連絡を受けて街の端っこまでやってきていた。そこには痩せこけた東方人の少年が横になっていた。オルソンから見れば少年だが実際は2~3歳しか違わなかった。少年はどうやらまだ生きてはいるらしい。

「おい、大丈夫か?」

 少年は力なくうなずく。言葉は通じるようだ。片言ながら話を聞く限り、名前はフクベ・マサゾウ。歳は15~16歳らしい。オルソンはもっと年下と思ったが、東方人は幼く見えるようだ。

 ほとんど知らない東方の国から商人の雑用係としてついてきたが、主人は何らかの事件に巻き込まれていなくなり路頭に迷っていたそうだ。

 後からわかったことだが、本当はこの国に情報集めに来たスパイだったそうだが、正蔵を派遣した主、いや、国自体がなくなり大きな一つの国になったらしい。正蔵は仕えるべき主を失い、帰るべき国を失い、生きる気力を失いながらさまよい、この街にたどり着いたのだ。

 情熱に燃える新人警官のオルソンは天涯孤独の正蔵をそのままにすることが出来ずに、自分の家に迎えた。ただの孤児だからというのではなく、死んだ目をしていたのが気になったからだ。

 そうして奇妙な共同生活が始まった。


 数日で気力を取り戻した正蔵は家事や料理など何でも器用にこなした。そしてオルソンとの会話やオルソンから借りた本を読んで片言だった言葉もどんどん上手になっていった。

 さすがにこの優秀さを怪しみ詳しく話しを聞いて、正蔵がニンジャと呼ばれるスパイだと知った。たぶん本当のことを話したのは一部分だけだろうが、それでもスパイが正体を語ったのは、仕えるべき国を失ったからだろう。

 事件が起きたのは共同生活から一年ほどした頃だ。その頃にある事件が話題になっていた。『家畜人間』事件だ。

 東方人ばかりを狙い誘拐された者が、両手足を肘膝から切り取り、喉を潰した状態で家の前に置かれていた。豚のように四つん這いで鳴くことしか出来なくなった家族。被害者の家族は途方に暮れる者、発狂する者、そうなった家族を殺害する者。

 まさに不幸の連鎖だった。犯人は公にはわからなかったが、警察内部ではある貴族の名があがっていた。貴族ゆえ簡単に手出しはできない。いや、被害者が移民の東方人ばかりだから積極的に捜査するつもりさえない。そんな憤りをオルソンは正蔵に話した。

 そんなある日の夜。正蔵は家からいなくなった。オルソンが心配していると、深夜になって帰ってきた。全身黒ずくめの格好でだ。

「マサゾウ、こんな夜中にそんな格好でどこに行っていたんだ? いや、別にマサゾウの自由だけど」

「殺してきた」

「え?」

「実際に家畜人間を作ろうとしていたから、その場で犯人を殺した」

 なにかの冗談か? オルソンはその時はそう思ったが、翌日警察署は大騒ぎになっていた。例の貴族が黒ずくめの何者かに殺されて、拉致されていた東方人を逃がしたと。

 すぐに新聞が貴族の殺害、そして家畜人間事件の犯人だったことが公表し、そして黒ずくめの影のような殺し屋に成敗されたと大々的に報道した。街では犯人よりも謎の暗殺者が話題になった。

 警察が手を出せない、出さなかった貴族を倒した義賊。正義の暗殺者。だがオルソンはそれどころではなかった。すぐに家に帰り、正蔵に詳しく話しを聞いた。

 なんのことはない、困っているオルソンを助けるためにオルソンや警察が手を出せない男を殺しただけだと。悪びれもせずに正蔵はそう言った。

 とんでもないことをさせてしまったと悩むオルソンだが、この大きな街に悪党はいくらでもいた。市民を守るため、一度、二度と正蔵に頼ってしまう。正蔵のほうは頼られることに喜んでいる様子だったことが、よりオルソンに罪悪感を与えた。

 このままではいけない。そう思ったオルソンは信頼できる上司に相談して、やがて密かに存在していた治安維持の裏組織に配属されると、正式な仕事として正蔵に暗殺を依頼するようになったのだ。

 街では法で裁けない悪党を誅する『影の死神』として噂になり、数年後にまさに影のように静かに消えた。正蔵が独立して探偵社を設立した頃だ。

 悪党が減ったこともあるが、オルソンは正蔵にまっとうな道を歩いて欲しい。そう思って独立を勧めたのだ。

 とはいえ潜入調査などの裏仕事を時々頼むことで付き合いは続いていたのだが。それから数年後、正蔵がパルと出会った頃にはグリグウッドのような悪党がまた街には増えていた。

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