第42話 望郷

「あれが……あれが折れたのかよ……」

 南方人の鍛冶屋の親父は怒りでも呆れでもなく困惑していた。名刀ムラサメほどではないが、自分が作った黒色のニンジャ刀は自信作だった。まさかそれがこんなに早く真っ二つに折れて、申し訳なさそうに持ってこられるとは思わなかった。

「いや、事情は聞かないが、しかし折れるかあれが……」

「申し訳ない」

「わかった、今度はさらにいいものを作ってやるよ。その小刀にも負けないほどのな」

「信頼しているよ」

 本当は予備で数本頼みたかったが、親父の勢いに負けて渾身の1本だけを頼むことになった。


 正蔵はスチームバイクを走らせて街の外れにある森林にやってきた。周りに人がいないのを確認してから足に仕掛けたスチーム装置を起動させる。両足の脹ら脛に取り付けた小型のスチームタンクのピンを抜くと足の裏から一気に蒸気が噴き出す。そのタイミングでジャンプすると通常の倍、3メートルを超えて垂直跳びが出来た。すぐにスチームの噴射が切れたが、正蔵は軽やかに地面に降り立った。

 スチームタンクを取り替えて、次は右足だけピンを抜いた。今度はタイミングを誤り体が横転する。やはり片足だけで操作するのは難しい。それでも左右それぞれを数度繰り返すと、ほぼミスなく高ジャンプできるようになった。

 正蔵の体幹やバランス感覚がずば抜けているのだが、それでもこうして日々修行をしているのだ。その後も手裏剣や吹き矢の練習。そしてスチーム機構を使った新道具を試し、練習をする。

 ますますきな臭くなってきたグレイタウン。パルを守るための努力は惜しまないのだ。


 修行を終えて川沿いまでスチームバイクを走らせてきた。夕日に染まる灰色の街。

 スチームバイクをとめた正蔵は、懐から小刀を取り出す。折れた名刀ムラサメを加工して作った小刀だ。その小刀を見ながら先日戦った中年ニンジャの言葉を思い出していた。

『生まれたときから道具として育ったのだろう』

『誰かのためにしか生きられぬ者が自由になっても生き方がわからない。そうだろ?』

『二つの国の高貴な血を引く、紛うことなく仕えるべき主を見つけたお前はさぞ嬉しかっただろう。ようやく誰かの、本物の道具になれると』

 そんなことはない。そんなハズはない。言葉では何度否定しても、正蔵の心はパルに対する依存、忠誠に嘘はつけなかった。


 正蔵は生まれた時から、物心がついた時にはすでに道具になっていた。山奥の小さな村で幼い頃から体を鍛え、戦闘術、諜報、薬学など教え込まれたが、何よりもニンジャは道具であれとすり込まれた。自分の意思などない、主の為のただの道具。

 その村はそんなニンジャを育成する為の場所であったが、それが時代に置いて行かれる理由でもあった。正蔵の祖国ではいくつもの小さな国が乱立し、覇権を争って長きにわたる戦国時代が続いていたが、それも今は昔。覇権国家による天下統一がなされて太平の世になった。

 しかしそれもやがて形骸化し、正蔵が生まれた頃には再び覇権を狙う地方の小国がうごめき始めていた。優秀なニンジャとして育てられていた正蔵が初めて人を殺したのは10歳の時だった。

 暗闇からの暗殺。乱戦を切り抜けて殺害。毒殺。だまし討ち。何でも完璧にこなした天性の才を持つニンジャだった。

 14歳の時。初めて強敵と戦った。それがムラサメの持ち主のサムライだった。親子ほど年の離れた相手に偶然としか言いようがない勝利。そして虫の息の相手から名刀ムラサメを譲り受けた。

 15歳の時。正蔵が道具として仕えていた国の主から、一通の手紙と共にこの国へ潜入任務を与えられた。隣国との戦争を前にしていたが、正蔵は疑問を持たずに命令に従った。ただの道具だからだ。

 しかし正蔵が仕えていた小国は、この国に向かう船上にいる時に消滅した。大国に飲み込まれて主一族はみな処刑されたのだ。

 この国、大テルニア王国に到着した時に祖国の状況を知り、到着時に読めと言われた手紙には『我が国がなくなっていればお前は自由に生きろ』そう書かれていた。主なりの優しさだったのだろうが、正蔵にとっては死刑宣告より恐ろしい言葉だった。

 自分の芯となる部分を失い浮浪者のように漂い、そしてグレイタウンに流れ着いた。

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