第41話 スノウレディの工房

 深夜であった。老人は奇妙な部屋を歩いていた。共に歩むのは白い肌。銀色の長髪で、この世の者とは思えない美人。白衣姿のスノウレディ博士だ。

 甲羅に電極を刺された蟹が並んでいる。その奥には頭を開けられたイルカ。クジラ。シャチ。他にも犬や牛の生首が脳を晒している。さらにその奥がスノウレディの工房だった。

「こちらです」

 スノウレディは老人、ジョンを工房に招き入れた。中にはスチームロボが2体ある。ファイアボディ博士が手がけている戦闘用スチームロボよりは小さいが、それでも身長3メートルほどで両手がスチームガンになっている。

「陛下、こちらへ」

 スノウレディは車輪のついた大きな椅子にジョンを案内した。

「失礼します」

 ジョンが椅子に座るとケーブルを頭部左側、金属で出来た部分にある穴に差し込んだ。

「体調に問題はございませんか?」

「うむ、問題ない」

「ではどうぞ、動かしてみてください」

「うむ」

 ジョンは10メートルほど先にある瓶を撃てと頭の中で命じた。プシュ。スチームガンの発射音。そしてガラス瓶が砕ける音。ジョンの右側のスチームロボの右手から発射された金属の矢が見事命中した。

「素晴らしい」

「まだ調整中ですので、何度かご足労いただくことになります」

「かまわぬ。これこそがワシの野望の要じゃからのう」

「はい……」

「これの完成をもって我が野望が始動する。楽しみにしておるぞ」

「お任せください」

 ジョンが去った後、入れ違いにウルフ軍曹が工房に入ってきた。その後ろから人狼が拘束された中年男を運び込んでくる。

「そこのベッドに置きなさい」

 人狼はスノウレディの命令に従い、男をベッドに寝かせて体を大きな革ベルトで拘束した。30歳くらいだろうか、油まみれの服を着た酔っ払い労働者だ。

「あと何人用意すればいいですか?」

 ウルフは鼻から上を仮面で隠しているので表情はわからないが、うんざりした声で訊いた。

「わからないわよ。適合者があと3人は必要なんだから」

「そうですか……」

 スノウレディは手際よく哀れな男の頭蓋骨を外して脳を取り出すと、電極を何本か刺して液体の詰まった大きなガラス瓶に入れた。ガラス瓶には底面に管が繋がり時々泡を吹き出している。脳に繋がれた電極の配線は、イルカの脳より高度なスチーム機械の制御装置に繋がれていた。

「あとはいつも通り処理しなさい」

 脳を取り去った中年男にはもう興味はまったくなさそうなスノウレディ。ウルフは愛用のバトルアックスで一撃のもと頭と体を分断した。

「なぜ首を切って体を捨てるのですか?」

 もう何回もやった作業のことを訊いた。

「バカね、こんないかにも脳みそをいじくった死体なんて、イルカの脳みそいじくっている会社が疑われるじゃない」

 スノウレディやファイアボディが所属しているスチーム機械の大企業、イザムバード自動機のことだ。

「でもわざわざ死体を街に戻さなくても、焼くなり海に捨てるなりすればいいのでは?」

 ウルフの言葉にスノウレディは作業の手を止めてため息を吐いた。

「はぁ……しょせん犬頭ね。いい? 行方不明者が多くなればそれを捜索する範囲も人数も増えるの。警察、家族、探偵とかね。でも首無し死体を戻せば、探されるのは猟奇殺人の犯人だけ。動物愛護団体から批判はされているけど、ちゃんとした企業が疑われたりしないでしょ?」

「色々考えているんですね」

「そうよ。頭脳は私、労働はあなたがしていればいいのよ」

 スノウレディは呆れ顔で言うと作業に戻ろうとした。

「もう一ついいですか? 対象が中年以上の男女というのにも理由が?」

「それも同じよ。子どもが被害者だと社会が本気になるでしょ? 深夜出歩いている大人なら、家族以外は被害者より猟奇殺人鬼にしか興味もたないわ」

「なるほど、都会はややこしいですな」

 ウルフはディに殺された哀れな少女を思い出しながら言った。あの少女は貧困層だから社会が本気にならなかったのだろうか? そう思った。


 死体の処理は人狼に任せてウルフはスノウレディの研究室に残った。

「もう何日も休んでいないのでは?」

 目の下に隈のあるスノウレディを心配してウルフは言った。それでも人外の美しさは変わらないが。

「新兵器の完成の目処が立ったのに休んでいられるわけないでしょ」

「陛下に尽くしますね」

「当たり前じゃない。陛下が助けてくれなければ家畜のクソにまみれて死んでるか、爆弾で吹っ飛ばされていたんだから」

「それに関しては自分もアナタと陛下には頭が上がりませんが」

「だった黙って命令に従っていなさい」

「もちろんですよ」

 スノウレディが休憩を取るつもりがなさそうだったので、しばらくしてウルフは研究室を出て行った。スノウレディはその大きな背中に声をかけようとしてやめた。

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