第40話 老練のニンジャ

「マサゾー!」

 パルは正蔵に駆け寄る。ヒャクはそれを止めなかった。影の死神。パルを守るニンジャ。目立つパルは街の人々の目にとまる。何かあればすぐに正蔵の耳に入るのだ。

「これはこれは影の死神殿。お姫様を小悪党ごときにさらわれるとは情けない」

「お前達、『あのかた』の配下だな?」

 正蔵はパルを気にしてジョンの名は出さなかった。

「……そこまで知っていたとは」

 さらにまずい展開だとヒャクは確信した。クロウ伯爵がジョンの一派でありパルを誘拐したことは知られている。つまり、パルに関わろうとする者がジョンの配下だということは、すでにばれているのだ。

「『あのかた』の配下の我々が『パル殿』を守ることに不思議はあるまい」

「さらいに来たのはお前達の方ではないのか?」

 正蔵は背中からニンジャ刀を抜いた。

 戦いは避けられない。ヒャクもニンジャ刀を構える。どのみち、いずれは少女をジョンの元に送ることになるだろう。ジョンとの関係が知られている以上、今後の計画に影の死神が介入するリスクもある。ならば、ここで倒しておいてもいいだろう。ヒャクはそう考えた。

 だが、その覚悟は一瞬遅かった。正蔵はヒャクに手裏剣を投げる。一振りで三つの手裏剣が放射状に投げられた。避けるのは容易い。しかしその一瞬の隙を伝説の殺し屋に見せたくはない。

 まずい。そう思った瞬間、人狼が割って入り素手で手裏剣を払った。本来なら正蔵の追撃があるはずだが、間合いは保ったままだった。正蔵は人狼の姿に気づいたのだ。

 知っている。スチームロボとの戦いにいた死を恐れない怪物だ。しかも今回は両手があり武器も持っている。

 奇妙な膠着状態。しかしそれは長くは続かなかった。今度はヒャクが動いた。腕ではなく言葉で。

「人狼殿、下がってもらえますか。ここはアッシ一人の方がいい」

 人狼は素直に従い、戦闘圏外にまで下がった。同じようにパルも壊れた大きな機械の物陰まで下がった。心配そうに二人を見ている。二人の東方人。二人のニンジャ。その戦いを。

「やれやれ、どこの者だ? イガか? フウマか?」

 ヒャクは祖国の言葉で話しかけた。正蔵は意表を突かれて面食らうも、祖国の言葉で答えた。

「さあな」

「ふふふ、それで……自由はどうだ?」

「どうだ、とは?」

「息苦しいだろ? 足下が定まらず不安だっただろ? 俺も同じだったからわかる」

「なにを……」

「ニンジャは……拙者がそうだったように、お前も生まれた時から道具として育った。暗殺か情報集めか知らぬがこの国に来て、10年ほど前か、祖国に政変が起こったのは。おぬしの仕える国、仕える主がいなくなったのだろ?」

「……」

 正蔵は答えることが出来ない。

「仕えるべき存在がなくなり、異国で突然自由になった。誰かのためにしか生きられぬ者が自由になっても生き方がわからない。そうだろ?」

「そんなことは……ない」

「そうかな? 自由で自分を見失っていたお前は警官のオルソンだったか?  そやつの闇仕事を請け負うことで擬似的に主従の関係を築いて自分を慰めていた」

 ヒャクは正蔵のことも十分に調べていたのだ。

 正蔵は無言。それが答えを表していた。確かにオルソンの手助けをするという名目で、裏の仕事をもらうという名目で忠誠心を満たしていた。しかしあくまで友達という関係だ。まったく物足りなさが心の奥にあった。

「そこで現れたのがそのお姫様だ。出会った時から本能で感じていたのだろ? 本物であると」

 正蔵はチラリとパルと見た。不安そうな顔でこちらを見ている。

「二つの国の高貴な血を引く、紛うことなく仕えるべき主を見つけたお前はさぞ嬉しかっただろう。ようやく誰かの、本物の道具になれると」

「そんなことは……俺は……」

 普段は心を表に出さない正蔵が明らかに動揺していた。突然自由になり、オルソンの闇仕事を受けることで満たしていた忠誠心。いつしかパルの為に生きることで、道具としての生き方を満たしていた。それは心の奥底に隠していた正蔵の本心であった。

「わかっているのか? それは化物だと。自分がない、生きる意味も死に場所も他人に委ねるだけの化物だと。それも、そんな幼い少女にお前の人生を背負わせるのか?」

「……」

 勝った。ヒャクは確信した。正蔵に迷いが生まれ、闘争心が消えていくのが見て取れたからだ。戦闘力は確かに正蔵の方が上だろう。しかし闘争心の消えた今の正蔵ならヒャクでも十分に勝てる。そう確信した。

「マサゾー! 戦え! ウチのために戦うのじゃ!」

 パルの叫びが沈黙を破った。異国の言葉で話す二人にパルは不安になった。正蔵がいなくなる。そんな気がした。だから叫んだ

 二人の会話を理解してたわけではない。しかしパルは王者として生まれた本能でその言葉を発したのだ。

 黙らせないといけない。ヒャクはパルに催涙袋を投げた。傷つけるわけにはいかないのだ。しかしその判断が間違っていたことに、すぐに気づいた。正蔵が手裏剣を投げて催涙袋を撃ち落としたのだ。どんな状況でもパルを守る意識だけは保っている。当たり前だ。パルのための道具なのだから。パルなど狙わず戦意がないうちに正蔵を仕留めるべきだった。

 正蔵がヒャクに迫る。自由という足枷がなくなり、パルに仕えるという首輪をつけた正蔵は動きが違っていた。ヒャクもそれなりに腕には自信がある。しかしヒャクの一刀を易々と避けて。ザンッ。右手を斬った。

 刀を握ったままヒャクの右手は宙を舞う。ヒャクは残った左手で煙玉を地面に投げる。同時に正蔵も地面になにかを投げた。

 煙玉は破裂したが、続く爆発で煙りが一瞬で霧散した。正蔵の投げた超小型スチームタンクを利用した蒸気爆弾で煙りを吹き飛ばしたのだ。お互いの手の内はわかっている正蔵だからこそ出来た技だ。

 まずい。逃走態勢のヒャクは隙だらけだ。正蔵の一刀がヒャクを斬る。だが、そのニンジャ刀は腕の途中で止まる。太い人狼の左腕の途中だ。ヒャクが危険と見るや割って入ってきたのだ。

「おおおおおおっっ」

 人狼の叫び声と同時にニンジャ刀がたたき折られる。骨まで届いたはずの痛みなどないように右手の鉈と左手の拳で攻撃してくる。正蔵はムラサメの折れた刃で作った小刀で応戦する。死を恐れない人狼の攻撃。両手のない人狼と戦っていなかったら相打ちにされていただろう。

 慎重に間合いを計りながら体を切り裂いたが、首を切り落とすまで人狼の攻撃は止まらなかった。そして戦いが終わった時にはすでにヒャクの姿はなかった。


「旦那、しくじりやした。影の死神に人狼もやれれてしまいやした」

 応急的に切られた右腕を縛り、ヒャクはウルフの元に帰ってきた。

「利き腕を切られたのか」

「ですが、アッシの本分は諜報ですので。まだまだお役に立てます」

「そうか。そうかもな」

「だから義手を、スノウレディ様に取りなしてもらえませんか?」

「……いいだろう」

 その日、スノウレディの工房に悲鳴が轟いた。

「いい歳をした男が情けない」

 スノウレディは呆れ顔で言った。

「あれで叫ばない人間なんていませんよ」

「その替わり義手を着けてあげたでしょ。この借りは千倍で返しなさいよ」

「も、もちろんですとも」

 ヒャクは自分の右手を見た。ピカピカの真鍮で作られたその義手は、見た目は腕の形をしているが特殊なギミックが組み込まれている。スチームの力で特殊な金属の糸がついた指を飛ばせるのだ。その糸は刃物のように人体を切り裂くことが出来る。

「5本同時となると中々難しいですな」

「使いこなしなさい。そうすれば人間相手には負けないわ」

「人間相手、ですか」

 手術を終えたヒャクはウルフの元に戻ってきた。ウルフは夕日を浴びながらたたずんでいた。

「セブが死んだか」

 正蔵に倒された人狼の名だ。

「すいません、アッシがいながら」

「いや、それはいい。我らは戦士だからな。とはいえ影の死神……か」

 今度は両手もあり武器も持っていた。それでも負けた。

「フクベ・マサゾウと名乗っているようです。まあ偽名でしょうがね」

「マサゾウ」

 相手は意図的ではなかったとはいえ、残り少ない一族の二人を殺された。ウルフは複雑な気持ちであった。


 その日の夜。イザムバード自動機の蒸気機関車製造工場。その一番端にある大きく長い工場は厳しく立ち入り制限がされていた。表向きは新型機関車の開発工場と言っていたが……。

 カツーン…………カツーン。冷たい金属の床に足音が響く。靴の音では無い。金属と金属が触れる音。国内一のスチーム機械企業、イザムバード自動機の秘密工場。そこに半身機械の老人が南方人の女博士を連れて入ってきた。

「明かりを!」

 女博士、ファイアボディが声をかけると工場中に張り巡らされたガスランプが一斉に灯り、広く長い工場を照らした。そこには左右50体ずつ。合計100体のスチームロボが並んでいた。正蔵が戦ったあの戦闘用スチームロボだ。総て片膝をついて頭を落としている格好だ。

「陛下、どうぞご命令を」

「うむ……」

 ジョンは大きく息を吸い込む。そして。

「目覚めよ!」

 ジョンの命令と共にスチームロボ達から蒸気が噴き出し、100体が一斉に立ち上がる。

「すばらしい。さすがはファイアボディ博士じゃ」

「ありがとうございます」

 ファイアボディは誇らしげな顔をした。影の死神の恐怖からはずいぶんと回復したようだ。

「間もなくだ。間もなく叶うぞ。ワシの野望が」

 老人の目に浮かぶ炎は野望の光か、それとも狂気の光か。


~to be continued~

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