第39話 そして現在
正蔵はオルソンからこの国と隣国の関係。ゼノビアという少女の運命。そして、ジョンという廃王のことを聞いた。
「これは一部しか知らないことだが、ジョン様は一命を取り留めたものの、表向きには死んだことにされて、今はこの街で静かに暮らしている」
オルソンは苦悩を浮かべた表情で話を続けた。
「そして、ジョン様はイザムバード自動機などのオーナーでもあるのだ」
「イザムバード自動機といえば」
「マサゾウが戦った戦闘用スチームロボットを作ったと思われる会社だ」
「そう繋がるのか……」
「表向き死んだとされるジョン様と、同じく死んだと思われているジョン様の孫ゼノビア様。問題はそれだけではない。隣国ルビニアだ」
「ルビニア……」
正蔵もこの国暮らして10年以上になる。隣国ルビニアとの確執は十分理解していた。休戦から100年。国境沿いでの諍いがなくなることはなかったが、全面戦争は一度も起こっていない。
ただ、問題はそのルビニアが民主国家になっていることだ。近年、政治は国民投票で選ばれた者がやっていた。
もちろん保守派は王政を望んでいたが、王族が不幸な事故やジョンソンの妻アンナのように暗殺。あるいは病死で次々亡くなっていき、今は90歳になるかという元王の老人が一人いるだけだ。他に血縁者がいないわけではないが、それはどれも薄い血の繋がりで、とても保守派を納得させるものではなかった。
「もしゼノビア様が生きているとわかれば、ルビニアの保守派、王政を取り戻そうとする一派が黙ってはいない。身柄要求だけならまだしも、軍を派遣して奪いにくる可能性だってある。そうなれば戦争だ。100年の平和が終わってしまう」
「そういう……ことか」
「今はまだジョン様の一派と俺達しかこのことに気づいていないだろう。ゼノビア様ではないパルちゃんがパルちゃんとして生きていくには、このことがルビニアの保守派に絶対に知られてはいけない」
オルソンは苦悩を隠さずにそう言った。一方正蔵は。
「マサゾウ、笑っているのか?」
「いや、笑ってなんかいないが?」
正蔵はそう答えた。確かに表情は真顔のままだ。だがオルソンは正蔵が笑っているように見えた。
時を同じくしてこの国のあらまし。主であるジョンの人生。そして謎の少女の正体をヒャクから説明を受けたウルフ軍曹。
「……なるほど、だがわからないことがある」
「なんでしょう?」
「陛下はなぜ孫娘を保護しようとしないのだ? トリ殿の件もあるし今後のこともある。危険ではないのか?」
ジョンもとっくにパルの正体に気づいていた。クロウが少女を拉致したと聞いた時点である程度察していたようだ。
「それはアッシにはわかりやせん。もしかしたら影の死神に守られて庶民をしている方が安全と思っているのかもしれませんし……」
「他になにか理由があるのか?」
「いえ、アッシが意見するようなことではないですが、孫娘の運命を測っているとか」
「運命を測るか。なるほど、陛下の人生を考えるとありえるか」
ウルフは腕を組んで一人うなずいた。
「なんにしても、もう少し少女の調査はしておいた方がいいかと」
「わかった、それは頼む。影の死神のこともあるから人狼を一人連れていけ」
「わかりやした」
ヒャクはそう言うとウルフの部屋を去って行った。
「運命」
ウルフは一人つぶやく。クロウ邸で遠目に一度見ただけの少女。それがここまで大きな存在だったとは。あるいは少女の存在はジョンの野望より世界に混乱をもたらすかもしれない。そう思うウルフだった。
正蔵とウルフがパルの正体を知って数日後のこと。ヒャクはパルの情報を集めつつ、時折その姿を監視していた。見た目こそ目立つが、普通の下町の子どものように暮らしているように思える。
「ふぅむ、どうにもいけませんねぇ」
ヒャクは人狼に言ったつもりだが、寡黙な巨人はなにも答えないので独り言になった。パルの護衛のはずの正蔵は表の仕事もしているので、日中はほとんど目が行き届いていないように見える。もちろん正体のばれていないパルはそうそう危険な目にあうとは思えないが……。
そんなことを思っていた矢先、運がいいのか悪いのかパルが人攫いに捕まる場面に遭遇してしまった。
数人の男がパルを捕まえ強引にスチームカーに押し込むと、そのまま走り去る。ヒャクは人狼と後を追った。パルを攫ったスチームカーはそれほど遠くまではいかず、廃工場の前に止まるとパルを抱えて中に入っていった。
隠れて様子を見ていたヒャクだが、人攫いはなんら政治的な意図のないただの小悪党のようだ。計画的なものではなく、ただ金持ちも子どもと思われて場当たり的に攫われたようだ。
「いてて、このガキ噛みやがった!」
人攫いの一人がパルを突き飛ばした。
「2,3発殴って大人しくさせろ」
リーダーらしき男がそう言う。
「これはどうも、よくないですねぇ……」
命までは取られないと思うが、パルの正体を知っている以上、傷つけられるのを見過ごすことは出来なかった。パルを殴ろうとした男の手にヒャクは手裏剣を投げる。
「痛てえ!」
「誰だ!」
騒ぐ人攫いの前にヒャクと人狼は降り立った。と、同時にヒャクはリーダーの首に刀を突き刺した。一瞬でリーダーを殺されあたふたする残りの男達を人狼が容赦なく大きな鉈で薙ぎ殺した。
「なんじゃ、お前ら?」
問題はここからだ。どうごまかせばいいものかと悩むヒャク。
「えっと、通りすがりの善人です」
「そんな人相で、嘘をつくでない」
「やれやれ……」
ヒャクは頭を掻いてため息をついた。黒装束にニンジャ刀。それだけでも怪しいのに人狼を連れて数人の人攫いを一瞬で皆殺しにした。とても信じてはもらえまい。
さてどうしたものか。そう思った瞬間。殺気。明確な殺気。恐れていたことが起こってしまった。ヒャクとパルの間に黒い影が降り立った。
影の死神。福辺正蔵である。
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