第38話 素体ナンバーD

 ジョンは自らの野望に向けて着々と準備を進めていた。新兵器、スチームロボ、敵対者の暗殺、排除。以前のジョンからは考えられない非道な事まで。

 そして2年前。

「ホムンクルス?」

 会議の席でスノウレディの発言にジョンが口を挟んだ。

「ええ、人造人間の研究らしいです。どうやら孤児を集めて人体実験をしているそうです」

「ふむ……」

「なんらかの技術が手に入るかもしれませんので、ウルフを連れて研究資料を奪いにいこうかと」

 人体や神経の研究者であるスノウレディなら当然興味を持つ事柄だ。

「……ワシも行こう」

「陛下が?」

 メンバーが色めきだった。肉体的にも世間的にも出歩く事は難しい人物だからだ。

「ホムンクルスなど作ろうとするのは魔術師協会であろう」

「は、はい、その通りです」

「きゃつらには、ちと借りがあってな」

「そうでしたか」

 スノウレディは困惑していた。

「ならアタシも一緒に行くわ」

 ジョンの機械ボディをメンテナンスしているファイアボディが声を上げた。

「危険な場所であるが、すまないな」

「いえ、陛下の行くところならどこでも行きますとも」

「チッ」

 スノウレディはあからさまに不快そうな顔をした。

「ならば私も行きますぞ」

 クロウが優雅な声で宣言した。

「クロウ伯爵、相手はあの魔術師協会。危険は承知していよう」

「陛下が赴くのに私が行かないわけにはいきませぬ」

「そうであるか」

 全員の目がフロッグに集まる。

「いやいやいや、いくらなんでもワタクシは足手まといですよ」

「わかっているわよ。ちゃんと留守番していなさいよ」

「も、もちろんです。うふぇうふぇ」

 スノウレディの厳しい言葉にフロッグは汗を吹き出しながら愛想笑いをした。


 夜も深まった頃、普通の人が近づこうとはしない施設。怪しげな人体実験が日夜行われている。街ではそう囁かれていた。だが、警察も手を出せない理由があった。王立医療研究所。王家の名がついているからだ。

 関係者以外誰も近づかないこの場所に、今夜は負けず劣らない怪しげな人物達がやってきた。

 体の半分が機械で出来た老人。白衣姿の北方人と南方人の美人博士。2メートルを優に超す、金属製のオオカミの仮面を被った巨人と、それに従うどこか犬の様な顔をした6人の巨人。クチバシのマスクを着けた中年紳士と、それに従う火薬銃を両手に持った若いメイド。

「途中は全員殺すがよい」

 老人が指示するとウルフと人狼達が先行する。大きな盾を持った3人の人狼はジョンと二人の博士の護衛として残った。


 研究所の警備は厳重だった。大きな火薬銃や普通は軍しか持っていないはずのスチームガンを装備しているものもいた。攻め落とすにはそれこそ軍隊が必要なレベルのはずだった。しかし突然現れた巨体の怪物達は違った。ウルフのバトルアックスが警備も職員も真っ二つにし、人狼達は鉈や棍棒でなぎ倒していく。

 クロウ伯爵の連れてきたメイドも強い。女の細腕ながら両手の火薬式拳銃で次々相手を倒していく。本来は命中精度の悪い火薬式拳銃では驚異の命中率だ。


 最奥にある研究室まで総ての人間を殺し尽くし中に入る。そこは一際不気味な雰囲気だった。白衣の研究者が5人ほどいる。警備は10人で全員がスチームガンを装備している。

 そして一人だけ目立つ黒フードの男がいる。まだ若い、30歳前後といったところだろうか、魔術師協会の紋章を首からかけている。いや、もう一人異様な存在がいた。色白の半裸少年でベッドの上に寝かされている。

「ようこそ我が研究所へ」

 黒フードの男はこの状況でも余裕顔で言い放った。

「何者か知らないが、折角だから我が研究成果を見せてやろう。この少年。素体ナンバーDを是非見て頂きたい」

 何らかのスイッチの操作するとベッドが立ち上がり拘束された少年がジョン達の方へ向いた。下腹部だけを隠した姿に体と足は頑丈そうな革ベルトで拘束している。黒フードの男はおもむろにその少年の胸にナイフを刺した。

「驚くのはこれからだ。見てみろ」

 そして自らの手を切りその血を少年の口に流す。すると瞬く間に少年の傷が塞がったいった。

「どうだ? 私の研究成果は。60人もの子どもからようやく生み出す事が出来たのだ」

「ふん、Dってことは4人目の実験体でしょ? ただの偶然じゃないの」

 スノウレディは鼻で笑う。

「女ごときがバカにするな!」

「女ごときって、研究者の癖に古くさい価値観ね」

 黒フードの男はぷるぷると震えている。口ケンカはスノウレディの勝ちのようだ。

「まあいい、私の才能はよくわかっただろう。素直に投降すれば安楽死をさせてやる。抵抗するなら生まれてきた事を後悔するくらい拷問してやる。ああ、北方の女、お前だけは拷問してやるからな」

 黒フードの男はスノウレディをいやらしく見ながら言った。

「陛下、いかがいたしましょうか?」

 ウルフは落ち着いた様子でジョンに聞いた。

「ふむ、子どもには手を出すな。それ以外は殺してかまわん」

「はあ? バカが! 殺れ!」

 3人の人狼が大きな盾でジョンと二人の博士を守る。クロウもちゃっかり一緒に隠れていた。ウルフは大きなバトルアックスの側面で連射されるスチームガンを防ぎつつ警備を倒していく。人狼は急所を手足で防ぎつつ、金属の矢が数発ささっても物ともせずに警備をなぎ倒していった。

 クロウの連れてきたメイドは人狼の盾に隠れつつ高い命中率で警備と研究員を倒していった。その腕前にはジョンも感心していた。あっという間に黒フードの男と少年だけが残った。

「待て! 私は魔術師協会の正会員だぞ? 私に、魔術師協会に手をだすという事は、この国、王家を敵に回すという事だが?」

 今やこの国で魔術師協会は絶対の権力であった。王室だけでなく貴族にも富豪にも様々な分野の有名人にも影響力を持っているこの国の裏を支配する組織だった。ことこの状況に至ってもその威光は絶対だと信じて疑わなかった。

「そのつもりだ」

 しかし老人の答えは違っていた。

「え? は?」

 黒フードの男は困惑していた。自分に刃向かう人間がこの街にいるはずがない。自分はこの街において魔術師協会正会員の最上位の存在だ。自分に手を出すという事は、王家、そして国に刃向かうという事だ。そして、王家を影から操っているとも言って過言ではない魔術師協会を敵に回すという事だ。出来るはずがない。

「クロウ伯爵」

「ここに」

 ジョンに呼ばれてクロウは大げさに会釈した。

「グレイタウンの魔術師協会に関わりのある者をリストアップしてくれ」

「仰せのままに」

「ウルフ軍曹」

「はい」

「リストアップした関係者全員を、性別年齢、そして立場も関係なくみな殺しに」

「必ず」

 ジョンは淡々と命令した。この街から魔術師協会を一掃するつもりなのだ。

「お、お前ら本気か? いったい何者だ!?」

「若さのせいか、王室の権威でたるんでおるのか、ワシが誰かわからぬとはな」

「誰かだと?」

 男はじっとジョンを見つめるがピンと来ないようだ。

「ワシはジョン。かつて廃王と呼ばれた男じゃ」

「は、廃王、ジョ、ジョン? あの?」

 男は震える。元王位継承権第一位。現国王の実兄。そして、魔術師協会の陰謀により殺された男。いや、確かに爆破事件ではなんとか生きていたという事は聞いている。しかしあれだけの怪我だ、とっくに死んでいると思っていた。

 だがジョンなら、この老人なら王に、国に、魔術師協会に敵対する事はなんら不思議ではない。

「ウルフ軍曹。もうよい、殺せ」

「はい」

「待って、待ってください! 私は天才だ、役に立つぞ!」

 ウルフは男の顎を掴んで持ち上げる。男は隠していた毒ナイフで刺そうとしたが、ウルフはその腕を掴んで握りつぶした。

「うがっ!」

 顎をつかまれ悲鳴もろくにあげられないようだ。そのままウルフは力を込めて顎を砕いた。そして男を床に投げ捨てる。片腕と顎を砕かれた男は惨めに這いつくばり、ウルフはその頭を踏み潰した。

「ウルフ軍曹、ご苦労であった」

「いえ」

「その少年を解放してやってくれ」

「はい」

 ウルフはバトルアックスの刃で少年を拘束している革ベルトを斬った。少年は体に力が入らないのか、そのまま床に崩れ落ちた。ウルフが手を伸ばすと、少年は手刀を振るった。ウルフでなければ避けられないほどの速度だ。

「ウウーッ!」

 少年はうなり声の様な言葉を発した。ウルフはどう対処したものかとジョンに顔を向けた。

「よい、さがっていてくれ」

 ジョンは少年のもとに向かう。

「陛下!」

 ファイアボディとスノウレディは止めようとしたが、ジョンは軽く首を振って二人を下がらせた。ジョンは少年に手を伸ばす。ウルフはバトルアックスを構えるが、ジョンは機械の手でそれを止めた。

「かまわぬ」

 そして再び手を伸ばすと少年は手を振るいジョンの手を切り裂いた。ジョンはその手から流れる血を見上げる少年の口元に落とす。

「血を飲めば回復するのであろう?」

 少年は不思議そうな顔をしてジョンを見上げると、ジョンの血を飲み込んだ。しばらくその光景をみんなが見ていた。時間にすれば1分ほどだが、やけに長く感じた。

「もう……いいよ」

 少年は口元をぬぐうと、生まれたての子鹿のように弱々しく立ち上がった。すぐに二人の女博士が近寄りジョンの傷の治療を始めた。

「おじさん、ごめんね……」

「気にするな。少年、名前はなんと言う?」

「名前……頭の中をいじくり回されて、もう思い出せないよ……」

「そうか」

「ずっとDって呼ばれてたし」

「ふむ……家は覚えておるか?」

「はは……家とか親のことは忘れた後に教えられたけど、帰れないよ。スラムだし、親はボクを人買いに売った奴らだもん」

「ならばワシの所に来るといい」

「え?」

「ワシがお前の親代わりになってやろう」

「本当?」

「本当じゃ。こんな体ではあるが、お前を守るくらいの力は持っておる」

「守ってくれるの? こんなボクを?」

「ああ、守ってやる。過去は捨ててお前はディと名乗ればよい」

「でも……」

「恥じることはない。ワシと出会った時の名じゃ」

 不安そうだった少年に笑顔が灯る。

「うん! ボクはディ。パパの子ども!」

「うむ、スノウレディ博士、戻ったらこの子の体を見てやってくれ。それと服も着せてやるがよい」

「は、はい」

 一見すると優しさがあふれる会話だ。しかしスノウレディはジョンの怖さを感じていた。扱いこそ良いが、ディの体を調査、そして本人から進んで人体実験もさせるつもりだ。やはり変わってしまったのか。かまわない。ジョンが悪魔になるのなら、自分も魔女になろう。そう思うスノウレディだった。


 研究所の襲撃について王室や政府はジョンを怪しんだが、厳重な警備をジョンの部下だけで壊滅できるとは思われず、ルビニアか他の国、あるいは魔術師協会を敵視している宗教関係者や政治家が犯人だろうと結論づけられた。


 翌日。

「パパ、なに見ているの?」

 安楽椅子で新聞を読んでいるジョンにディが抱きついてきた。新聞にはルビニアでの列車爆破事件のニュースが載っていた。そこにはジョンソン夫妻と一人娘のゼノビアが乗っており、生存は絶望的だと書かれている。

「これも運命か、あるいは……」

 ディの頭を撫でながらジョンはつぶやいた。この半年後、正蔵はパルと出会うのであった。

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