第36話 ジョンの死

 ジョンが意識を取り戻したのは10日後だった。そこは病院ではなく自宅のベッドで、やつれた二人の美人博士が涙顔でなにかを叫んでいる。ジョンが盾になった事でスノウレディとファイアボディは無傷だったのだ。普段はいがみ合っている二人だったがジョンを救うために協力し、なんとか一命を取り留められた。

 だが、その代償にジョンは体の半分を失っていた。左手と左足を失い、体もボロボロだ。包帯まみれの顔も半分崩れている。生きているのが不思議な状態だ。いや、二人の天才博士が不眠不休で治療をしなかったらとっくに死んでいただろう。

 その後も生死をさまよったが、何とか峠を越える事が出来た時には献身的に尽くした二人の博士は共に熱を出して寝込んだほどだった。


 ジョンはずっとベッドの上で考えていた。

 どうしてこうなったのか。今回の暗殺未遂だけではない。親友の裏切り。妻の裏切り。弟の裏切り。親に見捨てられ、ついには子どもにまで裏切られた。

 自分はそれほどの悪だったのか? 自分なりに国を思い、国民を思ってきたつもりだ。裏切られた者達にも辛く当たった事はない。むしろ良好な関係でいたつもりだった。

 自分はこの国にとってそれほどまでに邪魔な存在なのか?

 ああ、左手が痛い。左足が痛い。もう無いはずの手足が痛む。

 ジョンは考える。半死半生。こんな状態になってまで何故生きているのか? 自分はなんのために生まれ、何をするためにまだ生きているのか?

 考える時間はいくらでもあった。いっそ爆発で死んでいればよかった。あるいはもっと若いときの拷問でショック死でもしておけばよかった。何度も死を考えた。そして自分が生きている意味を考えた。

 自分の生死を考えるジョンとは違い、彼を慕う者達はただただジョンの生を願っていた。

「ジョン様、いま最高の義肢を作っています。見た目も本物と変わらないものを作ってみせますわ」

 ファイアレディ博士が励ますようにそう言った。しかしジョンは。

「すまぬな、だが義肢は剥き出しのままがよい」

「でも」

「頼む、そうしたいのじゃ」

「わかりました、ジョン様がそうおっしゃるのなら……」

 ファイアボディは少し不満そうだった。本当に本物そっくりに作る自信があったのだろう。だがジョンはもう誰かの為に生きるのはやめたかった。その心を剥き出しにする代わりに義肢を剥き出しにしたかったのだ。

 まもなくファイアボディ謹製の義肢が完成した。形こそ骨格剥き出しだが、スチーム機械の天才技師であるファイアボディが作り、人体神経研究の第一人者であるスノウレディがつなげた金属の手足はなんら問題なく動かすことが出来た。さすがに天才の名に恥じぬ出来だ。

 ただ、そもそも体のダメージが大きいので、まだ自分だけで歩く事は出来なかった。そんなリハビリが始まった頃、若いメイドが青ざめた顔でやってきた。

「ご主人様、あの、お、お客様が」

「誰?」

 ベッドでファイアボディと共に義肢を調整していたスノウレディが怒り顔を隠さずに聞いた。

「それが、王室からの使者でして……ヒィッ」

 メイドは思わず悲鳴が漏れた。二人の美人博士が怒りを通り越して殺気の籠もった表情になっていたからだ。

 今回の暗殺未遂事件は王室の手によるものだろう。だからこそジョンがまだ生きていることを聞きつけてやってきたのだ。

「ウルフを呼んできなさい」

 スノウレディの命令をジョンが止めた。

「待て……会おう」

「ジョン様?」

「かまわぬ」

 困惑する博士達。そこに奇妙なクチバシを着けた中年男がやってきた。

「私が対応しよう。お前達は部屋を出ていろ」

「なんですって!?」

「ジョン様の事となると感情的になるだろう? 今から行われる交渉に、お前達がいると邪魔だ」

 ジョンがうなずいたので二人は素直に従ったが、隣の部屋から聞き耳は立てていた。

 間もなく王室からの使いを名乗る者がやってきた。一人は白髪だがまだ50歳前後の男で、髪も髭も綺麗に切りそろえている。

 もう一人はまだ20代前半の背の高い男。整った顔に丸眼鏡をかけ、銀髪は少し長めだった。後に監察官となりジョンを監視する若者だ。二人とも高そうな黒いスーツを着ている。

 ベッドで横になっているジョン。掛け布団で体は隠しているが、顔のほとんどに包帯が巻かれている姿は痛々しい。

「おやおや、本当にまだ生きていたとは」

 白髪の中年男の第一声がそれであった。王族に対して失礼極まりない言葉である。

「喜ばしいことであろう」

 クチバシ男は冷静に返した。

「平民が何故ここに?」

 しかし白髪の使者は蔑んだ顔でそう言った。貴族階級を剥奪されたクチバシ男を怒らせるには一番の言葉だ。

「……ちょっと、2分ほど時間を頂きたい」

 普段なら怒り狂う所だが、クチバシ男は耐えた。そしてその奇妙なクチバシを閉じると耳元のダイアルを回した。

 全員がクチバシ男を見ている。ただジーとしたネジが回る音だけが聞こえる。しかし1分もした頃、クチバシ男が苦しみ始める。息が出来ないのだ。悶え、苦しみ、のたうち回り、顔が真っ青になり白目を剥き始めた頃ようやくクチバシが開いた。

「ぜはぁ……ぜはぁ……」

 深呼吸を繰り返すクチバシ男。無礼だった使者達もその姿に引いている。

「はぁ……はぁ……お、お待たせした。私はジョン様の補助役としてここにいる。ジョン様もそれは認めておられる」

「そ、そうか。まあジョン様は喋ることが難しいようなので、いいでしょう」

 クチバシ男の奇行に引いていたが、使者はすぐに冷たい表情を取り戻した。

「まずはジョン様にお伝えする事がございます。

 ジョンソン様は結婚を機に王位継承権を放棄されましたが、他のお二人のお子様もこのたび王位継承権を放棄されました」

「そうか……」

 ジョンは総てを悟った。王都に暮らす長男と長女は命と王族特権を引き換えに王位継承権を捨て、そして父であるジョンを売ったのだ。

「グリフ王の体調が優れないと聞いておりますが、それが理由ですかな?」

 クチバシ男が聞いた。グリフが病に伏せっており、自分がいなくなれば息子の王位が脅かされる。それほどジョンは今でも国民に人気があるのだ。ブリアード・ハブにはジョンの味方が多すぎる。だから子ども達を使って王都に呼び寄せて暗殺しようとしたのだ。

「さあ、わかりかねますね」

「ふん、白々しい。それで?」

 クチバシ男は淡々と聞いた。

「単刀直入に言います。ジョン様が生きるには死んでもらうしかありません」

「どういう意味か?」

「世間的に死んだことになってもらいます。そうでなければ今後も命を狙われるでしょうね」

「ずいぶん本音で話すではないか」

「ジョン様の体調を考えれば、余計な言い回しは必要ないでしょう」

 使者はジョンを見た。

「うむ、わかった」

 ジョンは何とか出せた小さな声で答えた。

「早々にご理解を頂いて助かります。さて、死んだのならジョン様がオーナーをされている企業は国が管理する事になりますね」

「なるほど、そっちが本命か」

 クチバシ男は吐き捨てるように言った。

「どうとでもお取りください」

「これらの企業はジョン様に救われ、どこぞの公務員よりはるかに忠誠心がある。下手なことをすれば企業解散、いや、他国へ技術者ごと流れるかもしれませんな」

 さすがは元貴族であり、グレイタウンのギャングを手下に持つ人物である。本来は総てのオーナー企業を国に接収される筈だったが、交渉の末、イザムバード自動機を含む有力企業は残す事ができた。

 使者としてもジョンの姿を見て長くはないだろうと思い、残りはジョンが死んでから全部奪えばいいと思ったのだ。ただ、それでも半分以上の企業は国に接収される事となった。

 体の半分と企業の半分を失ったジョン。その心には黒い野望が生まれていた。

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