第35話 次男の結婚

 二人の天才女博士と出会う前、今からおよそ15年前にジョンですら予想の出来なかった事が起きた。次男であるジョンソンが隣国ルビニアの王の三女アンナと結婚すると言い出したのだ。

 早々に国内の大富豪と結婚した長女。昨年、貴族の娘と結婚した長男。この二人は王族としてはごく普通の結婚だ。

 しかしジョンソンとアンナの結婚は違う。これは両国にとって大事件だった。有史以来の敵国、その王族同士の婚姻である。80年以上休戦しているとはいえ、国境付近での小競り合いがなくなった事はない両国である。

 王族はもちろん国民の反発も少なくないだろう。相談された時はさすがに戸惑ったジョン。きっと以前なら両国の緊張を考えて反対していたかもしれない。しかし今の立場が良かったのか、ジョンは二人を応援した。むしろ両国の和平の象徴になるのではとさえ思った。

 だが、長い歴史はそう簡単に覆るものではなかった。ジョンソンは王家からの離脱と住居をルビニアとする事で、アンナも王族離脱とする事で婚姻が許された。

 しかし二人は迷うこと無くそれを受け入れた。さすがに両国にとっても王族を庶民に落とすわけにはいかず、王位継承権のない末席とする事で収まった。

 状況が状況だけに派手な結婚式は出来なかったが、二人の人柄もあったのだろう、どちらも国民からは平和の象徴として大きな祝福を受けた。


 二人の結婚から8年後の事である。ジョンは新聞を読んでいた。

「影の死神か。面白いな」

 最近新聞紙面を賑わしている謎の殺し屋。警察が手を出せない巨悪を葬るダークヒーローが話題になっていた。

「正義の味方気取りですね」

 メイド長が紅茶を入れながらそう言った。二人は気心がしれている仲なのだ。

「この街の悪党を退治してくれているのなら、喜ばしいことだ」

「まあ、陛下ったら」

 二人の穏やかな会話を遮るように若いメイドが慌てた様子でやってきた。

「ご主人様、お客様です」

「客? 誰じゃ?」

「ジョンソン様とそのご家族です」

「おお、おお。それはそれは」

 ジョンは破顔した。結婚してからは一度も会うことはなかった次男である。手紙では長女も生まれ幸せに暮らしているとは聞いていた。

「お父様、ご健康そうでなによりです」

 ジョンソンはすっかり父親の顔になっていた。そして連れていた小さな女の子に声をかける。

「ほら、ご挨拶しなさい」

「ゼノビアです。ジョン陛下にはご機嫌麗しく」

スカートの裾をあげて可愛らしく挨拶する3歳の少女。口元のほくろが特徴的でチャーミングだ。

「ははは、しっかりしたお姫様だ。アンナ殿に似て美人に育ちそうじゃな」

「まあお父様ったら」

 ジョンソンの妻のアンナはそれはそれは美しい女性だった。穏やかで包容力がありそうな美人。ふと、ジョンソンの母親でありジョンの元妻のカデラを思い出す。

 カデラも国内一と呼ばれる美人だったが、もっと貴族らしい強さを持った美人で、アンナとは違う雰囲気だった。カデラは子ども達と会いたいとは思わないのだろうか? そんな事を思うジョンだった。

「お父様、どうかされましたか?」

 優しいアンナは息子ですら気づかなかったジョンの表情が曇った事に心配の声をかけた。

「いやいや、そうだ、ちょうどいい。ゼノビア、プレゼントをやろう」

 ジョンはごまかすようにそう言うと、メイド長に耳打ちをした。間もなくメイド長は大型犬の子犬を連れてきた。

「おおー、ワンコではないか」

 少女は目を輝かせて子犬を抱きかかえる。

「うちで飼っている犬が子を産んでな。他は引き取られたがその子だけが残っていたのじゃ。動物と暮らすのは学ぶことが多い。どうじゃ育ててみては?」

 ジョンは確認するようにジョンソンを見た。少女の父親は苦笑いしながらうなずいた。

「かわいいのう」

「ゼノビアよ、最初にやる事は名前をつける事じゃ。総てはそこから始まる」

「うむ、そうじゃな……お前はパルじゃ。パルー」

 少女はうれしそうに犬に頬ずりをする。犬はお返しとばかりに少女の顔を舐めた。

「パルか、なぜその名を選んだ?」

「国境にある小さな村の名じゃ。珍しく和平してからこの100年、一度も争いなく平和に交流しているそうじゃ」

「ほう」

 まだ3歳にしてこの知性と感性である。ジョンも両親もメイド達も感心せずにはいられなかった。

「パルー、よしよし、パルー」

 少女はすっかり子犬が気に入ったようで、食事中もかまってばかりだ。両親は注意しようとしたが、今日だけはとジョンがとりなした。

「兄様や姉様とはお会いしていますか?」

 食事の席でジョンソンは父に兄弟の事を聞いた。

「いや、もう何年も会っておらんのう。あやつらは王位継承権があるからワシには会いづらかろう」

「そうですか」

 ジョンソンは寂しそうな顔をした。兄弟仲は悪くなかったが、隣国ルビニアの姫との結婚から彼も兄姉とは疎遠になっていたのだ。

「そう寂しそうな顔をするでない。お前にはもうお前の家族がおるのじゃ」

「そうですね。それに私たちにはお父様がいますから」

「パルもおるぞ!」

 少女の元気な声に一家は明るく笑い合った。ジョンソン家族は一泊だけして帰って行った。王家にとって、この国に滞在する事は快く思われない身である事は十分理解していたのだ。


 ジョンソン一家に会ってから2年後。今から5年前。

「ジョセフ様からお手紙です」

 メイド長がジョンの長男からの手紙を持ってきた。もう10年以上会っていない。ジョンは手紙に目を通すと眉間にしわを寄せた。

「ご主人様、どうなされたのです?」

「ふむ。王都でワシの誕生日会をしようということらしい」

「よろしいじゃないですか」

「ふうむ……ワシの誕生日会をするのに、ここではなく王都でやるのか」

 違和感は最初からあった。王都などそれこそ数十年足を踏み入れていない。ただ、折角子ども達からの誘いだし久しぶりに王都の様子を見に行くのもいいだろう。そう思ったのだ。


 蒸気機関車。スチーム機械時代の象徴的な乗り物だ。街を走るスチームカーやスチームバイクの方が最新の機械ではあるが、この大きく無骨な機械をジョンは好んでいた。久しぶりに灰色の街から離れるジョン。若い頃を思い出してワクワクしている自分に驚いた。そして、その機会を作ってくれた子ども達に感謝をした。

「アタシならこの10倍は高性能なものを作れるわ」

「機関車自体の性能があがっても、線路や運用システムが変わらなければ意味がないでしょ」

「はあ?」

「なによ?」

 二人の美人博士の言い合いに苦笑いのジョン。王都には行ったことがないというので同行させたのだ。

 一車両を借り切った蒸気機関車の旅は快適で晴れやかな気持ちだった。

このまま何も起きなければ老齢の良き思い出となっただろう。

 しかし事件は起きた。それは王都とグレイタウンの丁度中間にある駅で補給の為に停車した時の事だ。王族の乗る貸し切りの車両に、薄汚い格好の中年男が小箱を抱えて入ってきた。目の焦点が合っていない。口はダランと開き涎を垂らしている。

 なぜ? 護衛は? ジョンが車内を見渡すと護衛は奥の車両に向かって走っている。残っているのは何も知らないメイド達と二人の博士だけ。

「ふせろっ!」

 ジョンは叫びつつ男に向かう。このままだと博士達も巻き添えになると思ったのだ。男は箱についていた紐を引っ張る。ジョンは左手で男を突き飛ばす。

 瞬間。爆音。

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