第34話 王子復活
ジョンの誘拐は5日間だった。だが、廃人になるには十分な時間だった。密かに王都に返されたジョンだが、国民には事故に遭い怪我をした。そして、それが原因で王位継承権を放棄したとマスコミ経由で伝えられた。国民からは多くの悲しみの声があがったが、ジョンはというとベッドに寝たきりだった。
そして、その間に手際よくグリフに王位継承が移されていた。ジョンと、そしてグリフの父である王はけして愚鈍ではなかったが、良くも悪くも平和主義だった。だから魔術師協会との争いを嫌い、廃人のジョンからグリフに王位継承が移ることに反対はしなかったのだ。
半年ほどが経ってジョンも会話が出来るほどには回復をした。その頃になってようやく子ども達に会うことが出来るようになった。左目を眼帯で隠し、すっかり髪が白くなり変わり果てたジョンの姿に子ども達はショックを受けた。
「お父様!」
思わず二人の息子と一人の娘はベッドのジョンに抱きついた。
「心配をかけたね」
「お父様、王位が……」
「うむ、すまなかったな……」
「そんな、お父様……」
「だが、お前達の王位継承権がなくなったわけではない。これからよく学び、よき王を目指しなさい」
「はい、お父様」
見た目は変わったが中身は昔のまま、高潔な父に子ども達は安堵した。
懸命なリハビリの成果もあって、拉致事件から一年ほど経った頃には前のように自由に歩けるようになった。妻カデラと元親友アレスは駆け落ちをして行方不明。この国いるのか、生きているのか死んでいるのかもわからない。そんな事をジョンが気にする間もなく王である父の急死、そして弟グリフ王の誕生と病み上がりの身に慌ただしい状況が続いた。
王位継承権は仮にグリフが死んでもジョンに権利はなく、次の王はグリフの一人息子だ。だがグリフの息子に何かあれば、次の王位継承権を持っているのはジョンの息子達だ。だからジョンは子ども達の教育に力を入れるようになった。
長男ジョセフが16歳になった頃には若い頃のジョンの様に好青年になり、次男、長女も健やかに育っていた。
子育てが一段落すると、昔のように街に出て人々と交流するようになった。王族ではあるが王位継承権のないジョン。だがその人気は健在で、街に出ると老若男女が集まってきた。その人気を王室から疎まれているという事もあったが、ジョン自身も王室から距離を取りたかったので、拠点を王都から国内で最も活気のある貿易中心地ブリアード・ハブに移した。
王室の目を気にして政治的な活動はできなかったので、主に経済的な活動に力を入れていた。資金に苦しむ将来性のある企業を見つけては、オーナーになり、投資をして救っていた。その中には今や国内最大のスチーム機械の会社イザムバード自動機もある。
スチーム機構による産業革命と重なったこともあり、多くの有望な企業がジョンがオーナーの元、育っていった。莫大な資産を得たジョンは、人材の発見、育成にも力を入れた。
その中の一人がスチーム機械の第一人者ファイアボディ博士だ。
スチーム機械の天才的技術者と名高い南方出身の少女。妬まれた同僚に片腕を奪われ、女を売ることでなんとか生きていた少女だ。苦界の中から救い出して、イザムバード自動機で自由に開発をさせた。
そしてもう一人。神経・人体学の第一人者スノウレディ博士。
スノウレディは14歳の頃、北辺の小さな領地に家族と三人で住んでいた。北方からの移民で、その美貌は遠くまで噂になり、それ以上にあらゆる学問の天才であるとは遠くジョンの元まで届いていた。
しかし、14歳の美少女はその土地の領主から求婚されていた。30も年上のじじい。ハゲ、デブ。恐れを知らぬ14歳の少女はそれら総てを口にして求婚を断った。天才美少女は知らなかったのだ。権力というものの恐ろしさを。
領主は少女を捕らえ、深く掘られた穴に立てられた杭に縛りつけた。そして、膝まで家畜の糞尿が流し込まれると、上から小便をかける。
「カカカ、惨めだな。お前はここで糞便で溺れ死ぬんだ。俺様に暴言を吐いたことを、地獄で後悔しろ」
それから毎日家畜の糞便は流し込まれた。食事は生ぬるいシチューを頭からかけられて、それを舌ですくうことしか出来ない。三日目にはもう、糞便は腰の位置を超えていた。
そこに現れたのが隻眼の壮年紳士。当時50代のジョンだった。ジョンは二人の部下を連れて噂の天才少女に会いに来たのだ。
糞便に浸かる少女を見たジョンは迷う間もなく穴に降りると、少女を縛っている縄をほどいた。
「あ、あんたも私の体か才能が目当てでしょ」
息も絶え絶え。それでも憎まれ口を叩く少女。
「ふむ、確かにキミの才能の噂を聞いてやってきた。でもな、ワシはなにも知らずにこの場にいてもキミを助けたぞ」
そう言って少女を抱え上げると、彼の部下が二人を引き上げた。その頃には騒ぎを聞いた領主が慌てて駆けつけていた。
「ジョ、ジョ、ジョン様!」
汚れたジョンの姿を見て、領主は気絶しそうなほど青ざめていた。小さな地域とはいえ、王族の、それもジョンの姿を知らないはずはないのだ。
「領主よ、ワシも彼女も少し汚れてしまった。浴場を貸してもらえるか?」
「も、もも、も、もちろんです!」
「それと彼女に食事を。スープが良いだろう」
「は、はいっ」
二人は領主の屋敷で体を綺麗にして新しい衣服に着替えると、豪勢な料理が用意された部屋に通された。三日も悪臭と空腹に苦しめられていた少女はしかし、食欲旺盛に料理を頬張り、ジョンは優しくそれを見守っていた。
食事を終えると、ジョンは領主も含めて人払いをした。二人っきりで話をしたかったのだ。
「助けてくれたお礼に、一回くらい抱いてもいいよ」
少女は口元を拭きながらそう言った。
「はは、魅力的な誘いだけど、ワシは不能なんじゃ」
「そんな歳には見えないけど?」
「事故でね」
「ああ、そういう」
「それより、キミにはワシのところに来て、その才能で助けてくれぬか?」
「そんなの、受けるに決まっているわ」
「ありがとう」
そうして少女はジョンに連れられてグレイタウンへと移り住むと、スチーム機械と生体を繋いで制御する研究を始めた。それが、のちにスノウレディと名乗る天才美少女の出会いであった。
数年後、そのスノウレディが連れてきた大男とその一族である人狼達。人として会話が出来る大男、のちのウルフ軍曹はジョンが影響力を持つ地方軍に入隊させ、人狼達は人目に触れない場所で面倒をみた。
怪しげな男も近づいてきたが、その人物を見極めて交流を深めたりもした。
例えば東方人街の貧民窟生まれだが、金貸しで成り上がっていた小太りの男。
のちにフロッグと呼ばれ組織の金銭面を管理する人物だ。東方系ギャングに海に沈められそうな所を救い、さらに後ろ盾になる事で男は安全に金貸し業を続ける事が出来た。
例えばのちにクロウ伯爵と呼ばれる男。ギャングとの繋がり、闇商売などの素行不良からグリフ王により貴族の階級を剥奪された男だ。
貴族階級を剥奪されてから奇妙なクチバシを着けるようになったが、ブリアード・ハブの裏の人脈に通じていた。衣装も住まいも貴族風を続けており、いつか貴族に戻れる日を願い、王位継承権を失ったとはいえ王族であり国民人気も高いジョンにすり寄ってきたのだ。
世の中はきれい事だけではない。それをよく知るジョンは、黒い交流のあるこの男を仲間に引き入れたのだった。
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