第33話 王子誘拐
マスクの男達に連れ去られて数時間後、ジョンはどこかの暗い部屋にいた。周りには誰もいない。明かりはロウソクだけで、寒々しい岩屋のようだ。裸でベッドに大の字に寝かせられて手足を縛られている。なんと屈辱的な姿だ。
しばらくして一人の男がやってきた。
「ジョン様、初めまして」
黒いローブを被った醜い男。胸にはブローチ。そこに描かれているのは裸の女神に大蛇が巻きつき下腹部と胸を隠して、女神の顔に向かって大口を開けている。
この絵をジョンは知っている。
「魔術師協会の者か」
この国の裏側を支配していると言われている怪しい組織だ。正会員には貴族、政治家、実業家、中には聖職者までいると言われている。
「恨まないでくださいよ、私は依頼されただけなんですから」
「誰だ? 目的はなんだ?」
「最初に言っておきますが、あなた様を殺すことは絶対にありません」
ローブの男、拷問官はジョンの言葉を無視してそう言うと、手術用のメスとハサミのような器具を手にしていた。
「なにをする気だ?」
「まずは王族にとって一番大事な血族。それをこれ以上増やさせるなとのことなので、そこをいじらせてもらいます」
拷問官以外には誰にも届かない悲鳴の中、ああ、なんと惨い。ジョンは生殖器に筒状の器具を入れられ、睾丸を取り出されると代わりにガラス玉を入れられた。
「血の断絶。本当はこのあと子どもを目の前で殺していくと効果的なんですけどね、さすがに王族に対してそんな事はできません」
なにをふざけたことを。息も絶え絶えながらジョンは拷問官を睨みつけた。
「さて、では続きは明日やりましょう」
そう言って拷問官が部屋を出ると、顔と胸、そして下腹部だけを黒い布で隠したやけにグラマラスな女が二人部屋に入ってきた。鍵付きの足枷だけは着けると、傷の消毒、食事から排泄の世話。強ばった体のマッサージまでお世話をした。
翌日、なのだろう。暗い部屋では時間がわからない。まだ下半身はジンジンと痛んでいた。黒マスクで顔を隠した屈強な男達がジョンを椅子に座らせて手足を革ベルトで拘束したが、ジョンに抵抗する気力はなかった。
男達が部屋を出て行くと、昨日の拷問官がやってきた。
「傷の調子はいかがですか? 多少痛むかもしれませんが、手術は成功しているのでじきによくなりますよ」
「何故こんなことをする? 誰がお前を雇ったのだ?」
「ジョン様、拷問は今日から本番です。まずは爪を剥がせてもらいます」
またジョンの言葉を無視してヤットコを持つと、手慣れた様子でジョンの右手人差し指の爪を剥いだ。
ジョンの悲鳴が響く。誰も助けに来てくれない。アレスも。家族も。
「さて、このまま残り4つも剥がせてもらいます」
「よ、要求はなんだ?」
「要求ですか? それはまあ、右手の爪が終わってからで」
交渉の余地がなくおこなわれる拷問。その絶望感はいかほどだったろうか。右手の5本の指が朱色に染まる。
「要求を……言え」
息も絶え絶え。それでもジョンは拷問官に強く言った。
「そうですね、それはまた明日ということで」
しかし拷問官は器具を布で拭きながら冷たく答えた。終わりが見えない、それこそが拷問の肝であった。
拷問官と入れ替わり二人のマスク女が入ってくると、ジョンのお世話をした。粗末なベッドに横になったが、痛みと恐怖、いつ終わるかわからない不安であまり眠れなかった。
誘拐されて三日目。多少の抵抗はしたが屈強な男達に勝てるはずもなく、また椅子に拘束されると拷問官がやってきた。その手には爪を剥いだ器具を持っている。
「ま、待て、待ってくれ」
「ジョン様、今日は左手です」
「何故だ? なぜ要求を言わない?」
拷問官は答えることなく、淡々と爪を剥いでいった。
「今日はここまでです。続きは明日しましょう」
左手の爪を全部剥ぐと、拷問官は出て行った。あとは同じ。女達がジョンの世話をして、ベッドに横になった。いつまで続くのか。普通の人間ならとっくに頭が狂っていただろう。しかしジョンは、その精神力もとても強かったのだ。
翌日、なのだろう。今日は拘束されず、粗末だが服も着せられて椅子に座らされた。しばらくして拷問官がやってくる。
「ジョン様。依頼主からの要求はこれです」
拷問官は上質な用紙をジョンの目の前に差し出した。書かれた文字を読む。予想通りだった。
「王位継承の辞退か……」
王室に対してならともかく、ジョンに対する要求などそれしかない。つまり、依頼主とやらは王位継承第二位のグリフ。弟のグリフなのだろう。
いや、グリフがこんな大胆なことを計画するとは思えない。グリフを取り込んだ魔術師協会が裏で糸を引いているのだろう。
「アレスは? 奴はなぜ私を裏切った?」
ずっと気になっていた。ジョンが王になればこの国は繁栄するだろう。しかし次の代、その次の代ではその反動で国がなくなると。最もらしく聞こえなくもないが、本気でそう思っているのならこんな事をせずに直接自分に訴えればいい。真剣に言われたら真剣に答える。それくらいは出来る関係だと思っていた。それがわざわざ魔術師協会の拷問官に渡すなど。なぜだ? 家族でもさらわれたのか? 確か幼い妹がいたはずだ。
しかしジョンの想像は間違っていたようだ。拷問官はこれまでにないほど愉快そうな顔をしている。
「ああ、ご存じなかったのですね。それは失礼しました。ご本人からお伝えしているものだと」
「どういうことだ?」
「横恋慕」
「なに?」
「カデラ様ですよ。アレス殿はカデラ様のことが好きだった。あなたを裏切ることでカデラ様が手に入る。それが裏切りの理由ですよ」
理解が追いつかなかった。あまりにも馬鹿げている。
「そんな馬鹿な! そんなこと……」
「本当ですよ。ああ、誤解なきようお伝えしますが、カデラ様もそれを望んでいました」
「……」
もはや言葉も出なかった。
「完璧というものは案外つまらないようですよ。完璧なジョン様より、筋肉バカのアレス殿が良かったようです」
「まさかカデラも……」
「ええ、ご存じです。王になれないジョン様を捨てて、アレス殿と生きていくそうです」
「子どもは? 子どもたちは?」
「さすがにそこまで酷いことはしません。三人のお子様にはいっさい手をだしませんし、ちゃんと王位継承権も残りますよ」
「そうか……」
「さあ、ではどうぞサインを」
ただ単に誘拐された時点でこの書類にサインをしても、解放後いくらでも無効に出来る。ジョンにはその知恵と力がある。しかし妻と親友に裏切られ、この三日間の拷問で心を折られた今だからこそ意味のある契約だ。
そう、拷問官を思っていた。
「断る」
「は?」
「断ると言った」
「これは……これは……」
拷問官は半ば感心していた。まだ心が折れていない。それ自体もたいしたものだ。しかし、嘘をついてサインして解放されれば良いのに、あえてそれをしない。それなのに、まだ心が折れていないことを隠さずに言葉にする。
それは何故か? 自分だ。拷問官である自分に対する矜持なのだ。拷問官たった一人の為に示した矜持なのだ。
「確かに素晴らしい人物ですね。協会はつく人物を間違ったのかもしれません。ですが、まあ」
それからの拷問は今までとは比較にならないほど酷いものだった。手足の指を一本ずつ折られ、歯をヤスリで削られ、それでもサインを拒否したジョンは、ついに左目を抉られる。心を折るのではなく、廃人にするための拷問。そこまでされて、半ば意識がない状態でようやくジョンはサインをした。
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