第32話 祝福されし王子
「これからスチーム機械産業を発展させる必要がある」
若きジョンは子どもの頃からの親友であり護衛隊長のアレスに熱く語っていた。濃い顔立ちで背が高く、王族の護衛らしく体格のよい男だ。
「スチーム機械? あの蒸気で動くおもちゃのことか?」
「今はおもちゃ程度だが、近いうちに産業革命を起こすことは間違いない。私はそう確信している」
「へえ、そんなもんかね」
唯一気取らない会話が出来るアレスと、よくこの国のことを話し合っていた。そしてジョンは常に未来を見ていた。
「産業が発展すれば政治も変わる。この国も、そして世界も変わらずにはいられないだろう」
「変わるって、どう変わるんだ?」
「王政は形骸化し、政治は国民から選ばれた人間がやるようになるだろう。ルビニアではすでにその動きが始まっている」
ジョンの言うとおり王が国を支配していた時代は終わりに近づいていた。王室が強い権力を持つこの国ですら、そのほとんどを市町村で分けて、それぞれ市長が地方行政をおこなっていた。
ただ、市長は王室に選ばれた貴族であった。民主主義が広まりつつあるが、王侯貴族の影響力がまだまだ強い。中世から近代に変わりつつある時代なのだ。
「おいおい、そうなったらジョンが王様になれなくなるのか?」
「まだ私の時代は大丈夫だよ。でも私の次かその次あたりはわからないけどね」
「ジョン以外の奴が口にしたら即死刑になりそうな発言だな」
「はは、そうだね」
談笑する二人のもとに小柄な男がやってきた。
「ジ、ジョン兄様、えへ、えへへ」
弟のグリフである。背も小さく小太りで、髪こそジョンと同じく金髪ではあるが、同じ両親から生まれたとは思えないと陰口を言われている。能力的に人より劣っているわけではないが、勝っているものもない。ただ常に優秀な兄に比べられて卑屈にはなっていた。
「どうしたグリフ?」
そんな弟にもジョンは兄として優しく接していた。
「カデラが来たので……」
「そうか、わざわざすまない。従者に任せれば良かったのに」
「い、いえ、兄様の婚約者だから、えへへ」
「ありがとう、グリフ」
「えへへ」
グリフは兄に感謝されてうれしそうだ。ジョンはアレスを連れて婚約者であるカデラに会いに行った。
「ジョン様、お食事の約束、忘れていませんよね?」
カデラは大貴族の娘で、国内で一番美しいと評判だ。ジョンの二歳年下で、生まれた時から結婚が決まっていた。
「もちろん」
そうしてジョンは片膝をつくと、カデラの手を取りその甲にキスをした。
「まあ、ジョン様ったら」
カデラは頬を染める。
「やれやれ、美男美女のイチャイチャ姿を見せられる護衛の身にもなって欲しいぜ」
アレスの愚痴に二人は微笑みで答えた。
翌年、ジョンは総ての国民に祝福されてカデラと結婚した。あまりにも美しい二人の姿に嫉妬すら起きないのだ。
各国から、長年争っていた隣国ルビニアすらも祝福の言葉が贈られてきた。ある新聞記者は、二人の結婚はまるで世界から光が集まっているようだと書いた。
甘い新婚生活を経て二人の間に子どもが生まれる。長男から始まり二男一女に恵まれた。跡継ぎも生まれ、まさに順風満帆な人生だった。
「ジョン様!」
「ジョン王子!」
「次期国王ジョン様!」
国民はいずれ王になるジョンを見ていると、この国の未来は明るいと信じて疑わなかった。しかしジョンが30歳を超えた頃、その事件は起こった。
ジョン王子誘拐事件。アレスと遠乗りに出かけていたジョンが誘拐されたのだ。
その日、珍しくアレスから遠乗りに誘われた。ふんぞり返っているだけの他の王族と違い忙しく働くジョンに、たまには息抜きをしろと言われたのだ。
「珍しいな、アレスから誘うなんて」
「最近、自宅にも帰っていないだろ? ダメだぞ、そういうのは。家族は大切にしないと」
「ははは、わかってはいるんだけどね。ただ、私にとって国民全員が家族だから」
「……そうかもしれないが」
物心つく前からのつきあいであり、唯一心を許せる親友であるアレス。だから、やけにひとけのない場所に誘われても疑問に思わなかった。
「この辺で休憩しよう」
そう言ってアレスは馬を止めた。
「こんな所で?」
そこは森を抜けた、なにもない岩場だった。疑問に思いながらもジョンも馬を止めて下りると、すぐに人の気配に気づいた。
「アレス、何者かが」
ジョンが振り返ると、アレスは火薬式の拳銃を向けていた。命中精度はそれほど高くないが、この距離なら確実に当たる。
「アレス?」
ジョンが呆然としている間にマスクで顔を隠した男達が二人を囲む。
「アレス、なぜ?」
そんな男達よりアレスから目が離せなかった。ジョンは信じられなかった。アレスが自分を裏切るなんて。
「ジョン様、あなたは完璧すぎるのです。あなたが王になれば、きっと史上最も繁栄するでしょう。ですが、その反動は大きい。あなたの次かその次の世代でこの国は滅びてしまいます」
初めて聞く敬語。その瞬間、アレスが自分の親友ではなくなった事を悟った。
「アレス……なぜだ、アレス!」
叫びも虚しくマスクの男達に拘束されて、ジョンは連れ去れていった。そして惨い拷問が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます