第31話 若き王子
その日はいつもと変わらなかった。
空は灰色で、街には白い蒸気と黒煙が立ち上り、人々は活気よく生活していた。反抗期の貴族の子ども達は高価なスチームバイクを乗り回し、労働者階級のリー・エリンは今日も重いスチームタンクの入れ替えをしている。市場では世界中から集まる様々な商品が並び、スチームロボが蒸気機関車の荷台に大きな貨物を積んでいる。
そんなグレイタウンの下町の一角、100年以上経った古いビルの2階。
「よく噛んでくださいね」
料理をパルの口に運ぶ正蔵。
「うむ」
それを当たり前のごとく受け入れるパル。あえて正蔵に甘えているのだ。
自分が危うく赤い眼の少年に危害を加えられそうになったこと。あの少年がフーリを傷つけたこと。そして正蔵が吸血鬼の少年を殺してくれたことを悟っていた。
おかしな話だが、その感謝の表れが正蔵にお世話をさせることだった。
「いよいよ主従関係がはっきりしてきたな」
二人を見ていたオルソンは呆れ顔でそう言う。
「いや、足を怪我しているから……」
「食事は関係ないと思うが」
「う、うう」
言葉に詰まる正蔵にパルが助け船を出した。
「マサゾー、ウチは休む。ベッドまで運んでくれ」
「はい!」
正蔵はパルを抱きかかえる。
「オルソン、こんな姿ですまぬの。男同士の話もあるじゃろうし、ウチはこれで失礼する」
「いえいえ、どうぞご自愛ください」
「うむ、しっかり悪党を殺す相談でもするがよい」
「ははは……」
パルを3階のベッドまで運んだ正蔵は、二人分のコーヒーを入れて事務所に戻ってきた。
「頭の良い子だ」
オルソンはコーヒーを受け取りそう言う。
「怪我のほうはどうなんだ?」
「擦り傷程度だから、もうほとんど治っているよ」
「それはよかった」
そして二人コーヒーを啜る。
「それで、話はなんだ?」
正蔵の問いにオルソンの表情が変わる。
「……パルちゃんの正体だ」
正蔵の表情も変わった。クロウ伯爵に続き、謎の少年がパルに手を出そうとした。
なにかがこの街で始まろうとしている。そしてそれはパルの正体に関われる事だろうと正蔵は感じていた。
「情報統制が厳しくてまだ確定はしていないが……おそらくゼノビア様で間違いない」
「ゼノビア?」
「その名を言ってもマサゾウにはわからないだろう。この国の王族について説明しないといけないな」
正蔵はうなずく。
「始まりは。そう、始まりは今の王の父親の代に遡る」
時を同じくしてウルフは情報を集めてきていた中年ニンジャのヒャクから話を聞いていた。
「情報収集があっしの役目なんで、この国のことはそれなりに勉強してましたが……いやはや、王族がこんなに闇が深いとは」
「陛下のお姿を見ればある程度は察しがつくが」
「オオカミの旦那が知っているのはあの事故というか、暗殺未遂でしょう? 実はもっと昔から色々あったんですわ」
ヒャクはメモ帳をめくりながら話し始めた。
大テルニア王国。
多くの植民地を持つ巨大王国である。隣国ルビニアとの有史以来繰り返される戦争がなければ、世界を支配していたとさえ言われている。
そのルビニアとは100年ほど前にようやく停戦になった。国境付近での小競り合いがなくなる事はなかったが、それが全面戦争にまで発展する事もなく、比較的平和な100年だった。
今から40数年前。
「ジョン王子」
「ジョン様」
「次期国王ジョン様!」
一人の青年が国民から名声を受けていた。それが二人いる王子の一人、長男であり王位継承権第一位のジョンである。当時20歳。非常に優秀で国民からも人気が高かった。
もう一人は弟のグリフ。当時18歳。現在の王であるが……よく言えば並の人物である。
ジョンは天才であった。10代の頃にはもう、教師ですら舌を巻くほど頭が良く、剣の腕も並の騎士より高く、馬術ですら並み居る貴族に後れをとることはなかった。
しかしジョンの人気はその才能に頼ったものではなく、まして麗しい見た目にあったのでもない。王族らしからぬ性格で、子どもの頃から親友一人だけを護衛につけて街に出ると、人々と語らい、安酒屋で飲み交わし、困っている人がいれば助けた。
劣悪だった孤児院に乗り込むと、瞬く前に改善して多くの子どもを救った。流行病に苦しむ寒村には、ジョン王子の名の下に医師の派遣をして村人を救った。
王族が、貴族が無視してきた庶民の苦難を、ジョンは見捨てることなく助けてきた。
「ジョン様」
「次期国王ジョン様」
誰もが国王ジョンを望んでいた。
現在でさえ、組織の人間は誰もが主であるジョンが国王だったら。そう夢想しなかった事はない。そのジョンが王になる事なく、王位継承権すらなくし、そして体が半分になってまで生きながらえているのか。
これはこの国の物語。廃王ジョンの物語である。
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