第30話 運命の子

 東方人街の一角にある、フロッグが経営する地下闘技場。ウルフはその入り口に来ていた。

 フロッグ。組織の金融を担当している東方人の男。表向きは貸金や融資などの金融業をしており、その潤沢な資金を使いバラバラだった東方人ギャングをまとめ上げた実力もある。名前の通りカエルのような見た目の小太りな男だが、痛覚が無く、それ故に戦士が痛めつけられる様を見るのがなによりも楽しみにしている。ここはその歪んだ性癖を満たすための闘技場だ。

「ウルフ軍曹様、申し訳ございませんが、誰であってもここに入るには武器を外して頂く必要がございます」

 体格の良い東方人の門番がそう言うと、ウルフは素直に火薬式拳銃とバトルアックスを渡した。別の東方人に案内されて暗い通路を進む。そこは地下コロシアムの中だった。10メートルほどの闘技場を高い壁が囲い、周りを観客席が囲んでいる。ただ、観客は一人しかいなかった。

「ようこそウルフ軍曹!」

 豪華な特等席でフロッグがグラス片手に叫んだ。観客はフロッグだけ。他はスチームガンを持ったフロッグの部下が10人ほどコロシアムを囲んでいるだけだ。

「来てくれてうれしいですよ」

「フロッグ」

「トリ殿も吸血鬼もいなくなったいま、あなたがいなくなれば、あとは雑魚しかいませんな。うふぇうふぇ」

 フロッグは勝ち誇った声でそう言った。

「どういうつもりだフロッグ。組織を乗っ取るつもりか?」

「乗っ取るなんて人聞きの悪い。ただ陛下に綺麗な部屋で安静にして頂いて、穏やかな余生を過ごして頂きたいだけですよ。イザムバード自動機をはじめ、数々の会社はわたくしが大きくさせてもらいますとも」

「ほう」

「そうそう、二人の美しい博士はわたくしの愛人にしてあげますよ。仲間なんだから見捨てたりしませんよ。うふぇっうふぇっ」

 フロッグの下品な笑い声に釣られる様に四方から東方人戦士が現れた。はげ頭に白と黒の僧衣。手には赤く塗った棍棒を持っている。フロッグご自慢の東方戦士だ。

「さて、余興をしましょう。あなたほどの戦士が相手なら4対1でも文句はないでしょ?」

「好きにしろ」

「うふぇっうふぇっ、見てみたかったんですよ、あなたが戦うところ。そして泣き叫びながら許しを請う姿を。お前達、やれっ!」

 フロッグの号令に、四人の東方戦士は棍棒を回しながらウルフに近づく。そして棍棒の間合いに入った瞬間、四方からの突き。速く鋭い突き……が来る前にウルフは正面の棍棒を掴み、そのまま押し込む。東方戦士もウルフほどではないが体格は良い。それでもウルフの腕力に負けて体勢を崩した。

 突きを避けられた三人の東方戦士は滑らかに棍棒を回しウルフの背に追撃を迫る。ウルフは振り返ると右の棍棒を掴み、左の振り下ろしを腕で受け、正面の突きを蹴り上げて防いだ。

 握っていた棍棒を離すと四人は距離をとった。唯一与えた左腕の打撃もウルフはものともしていない様子だ。

「この程度か」

 ウルフはどこか残念そうにつぶやいた。

「なにをしている!」

 フロッグの叱責が飛ぶと、東方戦士たちは再びウルフに突きを放つ。ウルフはその巨体からは想像できない速度でそれを避け、カウンターで正面の東方戦士の顔面に拳をたたき込んだ。東方人離れした体格に鍛えられた肉体と反射神経。それでもウルフの攻撃を避ける事も耐える事も出来ずに体が半回転して地面に倒れ込んで動かなくなる。

 三人の東方戦士はウルフの足下、腹部、顔を狙って同時に突きを放つ。ウルフは足下の突きを踏みしめ、腹部の突きを手のひらで受け、顔の突きは手で払って避けた。と、次の瞬間には飛びかかり、足下を狙った東方戦士の側頭部に蹴りを喰らわせた。今度は一回転半回って地面に倒れた。

 残りは二人。クルクルと棍棒を回しながら、ウルフの周囲を回りながら間合いを計る。

 今度はウルフから仕掛けた。正面の東方戦士に殴りかかる。東方戦士は棍棒を回して下から顎を狙うが、ウルフは足を止めそれを避けると一気に間合いを詰めて顔面を拳が狙う。東方戦士は腕でガードするが、その腕はウルフの拳にへし折られた。続けて脇腹への打撃。肋骨の折れる音。痛みに呻く間もなく再び顔面に拳を入れられて飛んでいくと、地面に大の字で倒れたまま動かなくなった。

 最後の一人は距離をとろうとするが、ウルフは容赦なく迫る。棍棒を回転させながら打撃を放つが、もはや大きな的に当てることすら出来ない。軽く打撃を避けられ胸に拳をめり込まされた。最後の一人は口から血を吹き出しながら倒れた。

「準備運動にもならないな」

 ウルフは東方戦士を見下ろして吐き捨てる。フロッグは顔を赤くしてぷるぷると震えると。

「クッ、撃っ!」

「おっと、滅多なことは言わないほうがいいですな」

 ヒャクがフロッグの背後から刃物を首元に当てる。

「まだまだ実戦経験が足りませんな。あっし達がいなくても、この程度の人数ならオオカミの旦那を倒せませんぞ」

「あっし達?」

 フロッグの疑問に答えるように、どこから現れたのか5人の人狼がスチームガンを持った部下を襲い倒していく。奇襲ということもあったが、人狼達の人並み外れた戦闘力にフロッグの部下は皆殺しにされて、あっという間にフロッグは一人になった。

 ウルフはコロシアムの壁を乗り越えてフロッグの前までやってきた。

「ヒィッ!」

「お前が裏切ることはわかっていたからな、手を打たせてもらった」

「な、なぜ気づいた!?」

「陛下だ。陛下がそろそろお前が裏切るころだと」

「そんな……」

「裏切りには詳しいお方だからな」

「あわわ」

 フロッグは目をぐるぐるさせて今にも気絶しそうだ。

「さて、どうするか? 陛下から沙汰は任せられているが……お前の体は痛みを感じ無いのだったな? ではスノウレディに渡すか」

「そ、それだけはどうかお許しを!」

 フロッグは泣きながら許しを請うた。

「ならば野望は捨てろ。ここ何年か仲間だったんだ、一度だけチャンスは与える」

「どうか! どうか!」

「一度裏切った者はまた裏切る。陛下はそう考えておられる。常に疑われていることを忘れぬことだ」

「ははー」

 フロッグは大げさに頭を下げた。

「さて……」

「?」

「姫、について教えてもらおうか。陛下からも許可を頂いている」

「ひ、姫? 姫とは?」

「パルと名乗っている少女のことだ。陛下から問いただす許可を頂いていると言った。無駄な抵抗はやめろ」

「あひぃ……」


 フロッグは抵抗をやめ別室に場所を移すと、部下に食事と飲み物を用意させた。お茶を飲み落ち着くとようやく話し始めた。

「パルと呼ばれる少女、クロウ殿が執着していたその少女はジョンソン様の一人娘。といってもわからんでしょう」

 ウルフはヒャクを見たが、ヒャクもわからないようで首を横に振った。

「現国王の一派により完全に情報が隠されていますからねぇ……ジョンソン様とは我らが陛下ジョン様の次男、その妃はお隣の国の、元王の三女ですよ」

「ふぅむ」

 困惑しているウルフをよそに、ヒャクは驚きで口がアワアワ震えている。

「だ、旦那、これは大変なことですぜ」

「悪いが俺はその辺の事情に詳しくない」

「いや、これは……つまり、あのお姫様は陛下の孫ということで、この国と隣国の……」

 ヒャクは混乱のあまり言葉がうまく出せない。

「うふぇうふぇ、そういうことですよ」

「ああ……なんという……でもその一家は確か」

 ヒャクは頭を抱える。

「おや、ご存じでしたか。そう、一家を乗せたスチーム機関車が橋の上で爆破されてもろとも湖に落ちました」

「生きていた。ということか」

 ウルフは問いかける。

「そういうことです」

「証拠はあるのか?」

「まあ、色々ありますが、陛下が確信されている事がなによりの証拠でしょう」

「確かにな」

「使い方しだいではこの国、いや世界がひっくり返りますよ。うふぇっうふぇっ」

「そうか……」

 まだ状況を把握できていないウルフでも、事の重大さを感じることが出来た。

「パルというのは本名なのか?」

「まさか、偽名ですよ。あの少女……この国の、世界の命運を握る運命の子の本当の名は……」


『ゼノビア』


~to be continued~

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