第29話 始末
影の死神が消えて数分後、様子を隠れてみていた浮浪者達が集まってくる。服や靴、あるいは少年の死体。取れるものはいくらでもある。
「散れ」
しかし突然現れた巨人に再びは浮浪者達は逃げていった。巨人、ウルフ軍曹はディを見下ろすと、その傷口を見た。
「心臓を貫かれて致命傷にならないとは、たいしたものだ」
あふれ出ていた胸の血が止まっている。切り取られた左手首もすでに出血は止まり再生が始まっていた。
「お・お・か・み?」
死んでいたと思われたディは目を開くと、自分を覆う大きな影を見上げた。
「はやく……おこ・し・て」
ディは苦笑いをして右手を伸ばす。だが、ウルフはゆっくりと首を横に振った。
「すまんな、ディ」
そして腰からバトルアックスを抜いた。
「どう……して?」
ディは呆然とする。ウルフはそんなこと……自分を傷つける人物とは思わなかったからだ。
「ディ……お前以外、強化人間の実験は総て失敗した。それはお前に対抗出来る存在を作ることが出来ないということだ」
「なんだ・よ、それ? い、意味がわからないよ?」
「陛下は家族や信じる部下に裏切られて、あの様なお姿になられた。お前は強すぎたのだ。お前が陛下を裏切り覇権を狙うと誰にも止められん」
「そんな……ボクはそんなことしない!」
「そうだろうな。でも将来はわからない。殺せる時に殺せとの命令だ」
「誰……から?」
「わかっているだろ? 陛下……お前のパパの命令だ」
ウルフの言葉にディは言葉が出せなかった。信じられない。信じたくなかった。そして赤い瞳から涙があふれる。
「嫌だ……こんなスラムの裏路地で死ぬなんて……」
「残念だが諦めろ。一瞬で終わらせてやる」
ウルフはバトルアックスを振り上げる。
「ふざ……けるなっ!」
バトルアックスが振り下ろされた瞬間、ディは最後の力を振り絞り壁際まで飛び退いた。そして正蔵との戦いより速い動きでウルフに向かっていく。
渾身の手刀。が、ウルフはそれを避け再びバトルアックスを振り下ろした。
「つよ……どう、して?」
上半身と下半身を分けられてもまだ生きているディ。ウルフに渾身の一撃が避けられるとは思っていなかった。
「来るとわかっていたら避けられる。お前の攻撃は直線的すぎるのだ」
「そん……な」
「しかし鋭い突きだった。もう少し大人になっていたら確かに手がつけられなくなるな」
冷静に話すウルフとは対象にディはその見た目らしく泣きじゃくる。
「うう……許してよ……ボクは悪くないよ?」
「そうだ、お前は悪くない」
「嫌だよ、親に捨てられて……スラムで汚されて……色んな実験をされて」
「ああ、そうだな」
「ボクはかわいそうでしょ?」
「ああ、お前はかわいそうだ」
「だったらお願い、なんでもするから許してよ。おおかみに何でもやってあげる。気持ちよくしていあげる。だから、おねが」
ドンッ。大きな斧が振るわれた。いかな化け物のような生命力を持っていても、首を切り離されては生きてはいけなかった。
どこにいたのか、5人の人狼が周りを囲む。
「死体は燃やして、骨は砕いて川に流せ」
ウルフは……仮面についたガラスの目の奥にある表情はわからないが、いくらか哀れんだ声で人狼に命令する。
「シタイ、持って帰る、メイレイ」
人狼は片言で返した。
「死んでからも体をいじくり回されるのはあまりにもかわいそうだ。せめて安らかに眠らせてやれ」
人狼達はウルフの命令に従いディの死体を処理した。
バチンッ。スノウレディはウルフの頬、というより仮面があるのでほぼ横顎を平手で叩いた。
「あんな化け物に情けなんて」
「すみません」
ディの死体を持って帰るように命令したのはスノウレディだったが、ウルフが独断でディの死体を処理した事に怒っているのだ。
「あんたは甘いのよ。その甘さが残り少ない一族を殺すことになるわよ?」
「すみません」
バチンッ。もう一度叩いた。そして睨みつけると部屋を出て行った。
「旦那、なにも正直に話さなくても敵が燃やしたことにすれば良かったのに」
中年ニンジャのヒャクが呆れた声で言った。
「そうだな」
そう答えたもののウルフの本心ではない。自分の責任としてディを眠らせたかったのだ。
「まったく不器用な御仁ですなぁ」
そんな心情をヒャクも理解していた。
「トリ殿、スチームロボ、吸血鬼。あのニンジャ、やっかいな敵になるぞ」
叩かれたことなど気にした様子もないウルフはヒャクにそう問いかけた。
「そもそもニンジャはやっかいですぞ」
「お前なら勝てるか?」
「お互い手の内はわかっていますが、純粋な戦闘力は奴のほうが上のようですな」
「勝てぬか」
「いやいや、それで勝つのがニンジャ。方法は色々ありますとも」
ヒャクはニヤリと笑った。
続いてウルフは老人の部屋にやってきた。安楽椅子に座る老人の前にかしずく。
「陛下、滞りなく」
「うむ、ご苦労であった。嫌な役であったな」
「いえ」
「戦闘能力だけならよいが、洗脳する力まで持ってはしかたがない。かわいそうな少年であった」
「……」
老人の本心を量りかねて、ウルフは黙っていた。
「ウルフ軍曹よ、すまぬがもう一つ、雑用を頼まれてくれるか?」
「なんなりと」
「フロッグ殿のところに行ってくれ」
「フロッグの? どのような要件でしょう?」
「そろそろ裏切る準備を始めている頃じゃろう」
「なるほど」
「それに、あの者ならば『姫』のことも調べておろうから聞いてくるが良い」
「は、はい……」
総てを見通しているのか? 片手でひねり殺せるか弱い老人。だがウルフは心底恐ろしいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます