第27話 洗脳

 昼過ぎ、配達の仕事を終えた正蔵が事務所に戻ってくると、涙目のパルがやってきた。

「マサゾー……フーリが家に帰っていないそうじゃ」

「家に? いつからですか?」

「昨日の夜からじゃ。一度は帰ってきたがすぐに出て行って、それから……」

「そうですか……」

 10歳頃の女の子が一夜帰ってこない。かなり危険な状況だ。

「じゃあ、オルソンに聞いてきますよ」

「すまんな、頼むぞ」

 正蔵はスチームバイクで警察署に行くと、オルソンを呼び出しパルの友達フーリが昨日から家に帰っていないことを話した。治安部であるオルソンは知らないだろうから同僚に聞いてもらおうかと思っていた。

「少女か……まさかと思うがマサゾウ、ちょっとついてきてくれ」

 しかしオルソンは表情を曇らせると、署内の検死所に連れて行った。そこのベッドの一つに乗せられた首の無い子どもの死体がある。

「……この服は見たことがある。フーリのものだ」

 正蔵は険しい顔で答える。

「そうか……」

 オルソンは残念そうにうつむいた。

 その後、両親が呼ばれて死体を確認してもらうと、服装や体型からフーリだと断定された。母親は泣いていたが、酒臭い父親は悪態をついていたのが印象的だった。

「オルソン、犯人についてなにか情報はないのか?」

 警察署を出て近くのカフェでオルソンに聞いた。

「そうだな……この街ではいま、二つの怪奇事件が起こっている。一つは首無し死体。もう一つは吸血鬼の事件だ」

「知っている。よく新聞に載っているからな」

「新聞ではオカルトっぽく書いているが、実際に血を吸われた死体や首の無い死体は見つかっている。犯人は実在するんだ」

 そう、ただの読者にとっては都市伝説でも、警察にとっては現実の事件だ。当然オルソンも情報を集め、捜査もしているのだ。

「どちらも犯人は見つかっていないし、別々の事件として調べていた。それがあの少女の場合……」

 オルソンは少し言葉を止めた。警察の顔からパルの友人として表情で哀悼を送ると、また警察の顔に戻った。

「検死官の調べでは、あの少女は血を啜られた跡があり、首を切られたのは死んでからのようだ」

「本来別々の事件のはずが同時に行われたわけだ」

 オルソンはうなずく。

「警察がつかんでいる情報では、吸血事件の前後では軍服を着た子どもの目撃情報があり、首無し死体の事件では狼男、犬のような顔をした大男の目撃情報がある」

「狼男……」

 正蔵はスチームロボとの戦いのあと、ムラサメを折られたオオカミ仮面の大男を思い出していた。

「いや、金属の仮面じゃなく、素顔かあるいは皮の仮面だ」

 オオカミ仮面ことウルフ軍曹の事を正蔵に聞いていたオルソンは付け加えたが、ウルフと戦う前に倒した手首のない人狼のことは頭に浮かんでいなかった。

「別々の事件が繋がり、そして」

「パルさんの友達が犠牲になった」

「両親のケンカを嫌って夜の街を徘徊していたようだから、襲われたのは偶然だと思う。だが、何というか……それ以上に運命というものを俺は感じている」

「オルソン……」

「すまない、まだ詳しく話せないのに意味ありげなことを言って」

「いや」

「このことはパルちゃんに話すのか?」

「話したくはないが、嘘で納得する相手でもないしな」

 正蔵は自嘲気味に答える。

「そうだな。まあ気を遣ってやってくれ」

「ああ」

 正蔵は憂鬱な気分で事務所に戻った。

「マサゾー、どうじゃった?」

「パルさん、実は……」

 正蔵は出来るだけ言葉を選んでフーリの死を伝えた。だが、近隣の噂でいずればれるから、死因や犯人についても過激な部分は配慮して話した。

「首切り事件……そうか……怖かっただろうに……うう……」

「子ども、特に軍服を着た子どもには気をつけてください」

「うむ……わかった」

 それからパルは自分の部屋に籠もる。夕食は一緒に食べたし会話もしたが、やはりまだ辛そうだった。


 大企業イザムバード自動機の施設で、壊れたスチームロボが横たわっていた。その上にはディが満面の笑顔をウルフとファイアボディに向けている。

「二敗目だな」

「ぐぎ……ギッギッ!」

 戦闘実験で自慢のスチームロボを正蔵に続いてディにも倒されて、ファイアボディは奇妙な声を漏らしていた。

「オオカミ、どう? ボクって強い?」

「ああ、お前は強い。最強だ」

「でしょ? どうしてだかわかる?」

「……いや」

「知りたい? ねえ、知りたい?」

「そうだな、教えてくれるか」

「いいよ! それはね……ボクが運命の子だからだよ! アハハハ」

 ディが笑う姿にファイアボディも真顔に戻る。日に日に異常性を増している。それは誰の目にも明らかだった。

「ねえオオカミ、今夜も出かけるから一緒に来てよ」

「ああ、わかった」

「あ、遠くで見ていてね。オオカミは大きいから目立っちゃうもん」

「わかっている」


 連日、新聞には血を吸われた死体のニュースが載っていた。毎晩一人か二人、犠牲者が出ている。年齢も性別もバラバラ。中には路上ではなく民家の夫婦が犠牲者になっているものもあった。

「パルさん、絶対に夜は出歩かないでくださいよ」

「わかっておる。マサゾーは心配しすぎじゃ」

 表面上は以前のように戻ったパル。だが正蔵は心配だった。パルはきっとフーリを殺害した犯人を見つけたいと思っているだろう。いつ自分から探しに行くかわかったもんじゃない。

 しかしそれは危険だ。無軌道な吸血鬼が相手だとパルの命を奪う可能性がある。だから夜な夜な正蔵は吸血鬼を探していた。とはいえ、それは難しかった。この大きな街で、いつ、どこに現れるかわからない。被害者の多い歓楽街でも一人で見回るには大きすぎた。

 そしてパルは……犯人を捜していた。毎晩1~2時間ほどだが、正蔵が出かけるのを待ってから近所を見回っていた。

 徒労の日々。しかし今日は違った。


 ついつい夜遊びしていた近所の悪ガキ、ルッソとその友人。夜でも慣れた路地では怖いものはなかった。

「やあ、こんばんは」

 だから見たことない軍服姿の少年に声をかけられても何とも思わなかった。赤い瞳の少年は楽しそうに笑っている。

「なんだよ、おめえ?」

 ルッソは面倒くさそうに答えた。これ以上遅くなると父親のゲンコツが待っているからだ。

「ボクはディ。ABCDのディだよ」

「はあ?」

「大人はまだ無理だったけど、子どもなら二人でもいけると思うんだ」

「なにがだよ?」

「ねえ、ボクの目を見て」

 赤い瞳。それを見たルッソと友人はその場に固まりぼーっと立っている。

「やったね!」

 二人同時に洗脳できたことにディは喜ぶ。

「さて、どうしよっかな? うーん、じゃあお互い首締めて殺し合いをしなよ」

 ディの命令にルッソと友人はお互い正面を向き、相手の首に手を伸ばす。抵抗する事なくその手に力が入る。

「ほら、ほら、早く早く」

 ディは狂気に満ちた笑顔で二人を見ている。

「やめるのじゃっ!」

 その時、少女の声が響いた。するとルッソと友人は洗脳が解けて、咳をしながら首元をさする。

「お前じゃな? フーリを連れ去ったのは?」

 パルは怒りに満ちた顔で問い詰めた。

「フーリ! 知ってるよ。三つ編みの女の子だよね?」

「やはりか。なぜあんなひどいことを……」

「パパにボクの力を見せるのに必要だったんだもん」

「なにを言っておる? お前のやっていることは悪いことだ」

「関係ないよ! パパが褒めてくれたらそれでいいんだもん」

「もうやめるのじゃ。誰かのために誰かを傷つけるなんて、それは自分を傷つけていることだとわからぬのか?」

 ディの顔から笑みが消える。

「そんな綺麗事を言えるのは安全だからだよ。アハハ、本当の地獄を見せてあげるよ」

「地獄じゃと?」

「ねえ、ボクの目を見て」

 ディの赤い瞳が怪しく輝く。パルの両腕がダラリと下がり大人しくなった。

「一人なら簡単だ」

 そう言いながらパルの姿を上から下まで見た。

「いい靴だね。それを脱いで捨てるんだ」

 パルは正蔵に買ってもらった子供用のブーツを命令に従い脱いで裸足になった。

「うん、いいね。じゃあ裸足で僕についてきて。深夜のデートだよ。アハハハ」

 二人は夜の闇に消えていく。ルッソはそれを見送ることしか出来なかった。

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