第24話 友達

 午前中は仕事もなく、正蔵は事務所でコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。

 政治面では隣国との緊張状態の話題が載っている。共に大国であり大昔から戦争を繰り返す関係だが、ここ100年ほどは全面戦争はしてない。ただ、国境での小競り合いは日常茶飯事のようだ。

 経済面では正蔵達が暮らす街ブリアード・ハブは交易の中心地ということもあり活気があって経済もよく回っているが、国として、特に地方は不景気だという話題ばかり。これはどこの国でも抱えている問題のようだ。

 そして事件事故のニュース。やはり目につくのは狼男の目撃情報や吸血鬼に血を吸われた死体、そして首無しの死体。鳥男が実在したのなら、これらの怪物も存在するかもしれない。少なくとも血液を奪う異常者と、首を持ち去る異常者は夜の街に実在するのだ。


 パルは事務所で同じくらいの歳の女の子とお絵かきをしている。フーリという名でオレンジがかった髪を三つ編みにしているそばかす顔の少女は、同年代の女の子の友達は初めてなのか、最近は毎日のように遊んでいるようだ。

 大人しくて、ちゃんとしゃべっている声を正蔵はあまり聞いた事がなかった。念のため調べてみたが、下町の貧乏な家の子どもで、悪ガキどもにいじめられているところをパルが助けてから仲良くなったそうだ。お互い絵を描いては見せ合ってキャッキャと喜んでいる。

 お昼に近づくとパルとフーリが正蔵のもとにやってきた。

「マサゾー、この絵を10ブルンで売ってやろう。フーリとパンケーキを食べてくるのじゃ」

「はいはい、どうぞ」

「うむ、感謝じゃ」

 堂々としたパルとは対照的に、フーリは耳を真っ赤にして頭を下げるとパルの後についていった。

 それからお昼過ぎまで事務所の一階にある作業場で工作をしていた。スチーム忍法の小道具だ。蒸気によって視界を曇らせて、飛び出す黒布で誤認させる分身の術。グリグウッド相手に使った道具だ。

 脹ら脛の裏に装着した小型スチームタンクを使い、足の裏から一気に蒸気を出して飛び上がる高飛びの術。壁を越えるのに使おうと考えていたが、スチームロボとの対戦では思わぬ活躍をした。

 スチーム機構を使えば従来の手裏剣や煙玉などの小道具にはない発想で新しい道具を作れる。パルを守るために努力を続ける正蔵だった。


 お昼を過ぎると正蔵は事務所を出て、スチームバイクを押してエリンのいるタンク交換所に向かった。

「あらアナタ、お帰りなさい」

 エリンは冗談を言って正蔵を迎えたが、たまたま店にいたエリンに片思いしている青年アダムはすごい顔で固まっていた。

「やめてくれよー」

「あははは」

 正蔵の困惑にエリンは笑って応える。端から見れば仲の良いカップルがいちゃついているように見える。泣きそうなアダムをなだめつつ、スチームタンクの交換が終わったバイクに乗って鍛冶屋に向かった。

「出来てるぜ。人生最高の出来映えだ」

 鍛冶屋の親父は待ってましたと言わんばかりに小刀を正蔵に見せた。肝心の刃は名刀ムラサメの折れた刃だが、綺麗に研ぎ直されており、柄の部分も堅い木材に紐を何十にも巻き付けている。

 正蔵はその小刀の柄を握る。重さ、長さ、グリップ、総てが正蔵に完全にフィットしていた。

「いいね、すごくいい」

 順手、逆手に持ち替えながら正蔵は褒めた。

「だろ?」

 鍛冶屋の親父は自慢げだ。

「ありがとう」

 正蔵は礼を言って多めの料金を渡した。ニンジャの正蔵にとっては元の太刀より遙かに使いやすい小刀を手に入れることが出来た。

 昼食に堅い焼きパンとスクランブルエッグを腹に入れると、市場でいくつかの買い物をした。それが終わるとオルソンと待ち合わせのバーに向かった。珍しく先についた正蔵はエールを頼んで小一時間ほど待っていると、ようやくオルソンがやってきた。

「遅くなってすまない」

「気にするなよ」

 オルソンもエールを頼むと、周りに人がないのを確認してから話し始めた。少し顔色が青いように思える。

「マサゾウ……」

「深刻な顔をしてどうした? 新しい仕事か?」

「いや、パルちゃんのことだ」

「なに?」

 正蔵の表情が真剣なものに変わる。

「まだ……詳しくは言えないが、正体がわかるかもしれない」

「なんだって!? 誰だ?」

「待ってくれ。場合によってはこの国の命運に関わることかもしれない。だから、もう少し確証が得られるまで俺の口からは話せない」

「そ、そうか」

 残念そうな顔をする正蔵だが、背中がゾクゾクとしていた。この国の命運に関わるほどの人物。ああ……ああ……。

「マサゾウ、もし俺になにかあったらパルちゃんを連れてこの国を出ろ」

「おいおい」

「いや、本気だ。パルちゃんの為だけじゃなく、国民を守る警察官としてのお願いだ」

「そうか……わかった」

 オルソンの真剣な顔にそう答えるしかなかった。パルの正体を知ることはそれほど危険なことなのだ。

「パルちゃんはどうしている?」

「特に変わったことはないな。最近はフーリという女の子とよく遊んでいるよ」

「そうか……変な人物は周りにいないか?」

「俺が見ている限りは特にないな」

「マサゾウがそう言うなら大丈夫だと思うが……」

「俺もずっと見ているわけじゃないからな」

「正体の事は別にしても、あの見た目だから普通の犯罪にも巻き込まれるかもしれないから、気にかけていてくれ」

「もちろん」

 パルが美少女なことは間違いないのでその心配はあったが、見た目はどうあれ下町の親無しの子どもだ。営利誘拐はないだろう。あるとすれば変質者か、それこそ正体に関わるなにか。

 人目につくパルは、だからこそ多くの街の人の目に守られているとも言える。なにかあればすぐに正蔵に連絡が来るだろうし、エリンや近隣の住人も守ってくれるだろう。正体に関わる相手だとしても、おそらく利用する為の誘拐だろうから命の危険はあまり考えられない。

 いずれにしても正蔵が救う。命に代えても。少し前までただの同居人と思っていたパルが、いつの間にか命をかけるまでの相手になっている事を正蔵は疑問を感じていなかった。

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