第23話 哀悼
街の一等地にある大邸宅の寝室。大きなベッドの上には首から血を流した若い女の死体が横たわっている。
血なまぐさい部屋の暖炉のそばに、半分が機械の老人が安楽椅子に座っている。背中に毛布を掛けただけの裸の美少年が老人の膝に頭を預けている。老人はその少年の頭を撫でていた。
「パパ……大好きだよ……」
「ディよ、お前はワシを裏切るんじゃないぞ」
「僕は絶対にパパを裏切らないよ」
「血は繋がっていなくとも、お前はワシのただ一人の家族じゃ」
「うん!」
二人の穏やかな会話は扉を叩く音に遮られた。
「皆様お集まりになりました」
「うむ。ディよ服を着なさい」
ディと呼ばれた赤い瞳の美少年はブカブカの軍服を着ると、老人の手を引いて部屋を出て行った。
「みな、よく来てくれた」
老人が少年に連れられて部屋に入ると、大人達は全員立ち上がり頭を下げた。老人が一番奥にある華美な椅子に座ると、大人達はそれぞれの席に着いた。
老人を正面に見て一番近い席の左右はそれぞれ北方人と南方人の女性博士。北方人のスノウレディ博士の隣は巨体のオオカミ仮面、ウルフ軍曹。
南方人のファイアボディ博士の隣は空席。ウルフ軍曹の隣には老人の手を引いていた少年ディが座った。その正面は蛙のような顔をした小太りの東方人。いつにもましてニヤニヤ顔をしている。
「ふむ、クロウ伯爵が亡くなったのはさみしい限りだ」
老人は主のいない椅子を見てさみしげに言った。
「それに、ファイアボディ博士には怖い思いをさせてしまったのう」
その隣の席のファイボディに声をかけた。
「い、いえ、大丈夫です」
言葉とは裏腹にファイアボディの声は震えていた。自慢のスチームロボが影の死神こと正蔵に負け、危うく殺されそうになった。いまもその影に怯えているのだ。
「影の死神。かなりの実力者のようじゃな」
「ねえパパ、僕がそいつ殺してあげるよ!」
ディが手を上げて叫んだ。
「ふむ……いや、大事の前じゃ、下手に手を出すのはやめておこう」
「うーん、そっかぁ」
ディは不満そうに手を下ろした。
「うふぇっうふぇっうふぇっ」
不快な笑い声。この組織で金融部門を担当しているフロッグの特徴的な笑い声だ。
「カエル、陛下の前よ? その気持ち悪い笑いをやめなさい」
「おっと、これは失礼しました」
スノウレディの叱責に、フロッグはいつもとは違う、舐めるような眼で彼女を見ていた。
「こっちを見るな!」
「うふぇっうふぇっ、失礼しました」
二人のやりとりを、老人は何かを測るようにように見ていた。
「さて、スノウレディ博士、例の装置がようやく実用化の目処が立ったようじゃな」
「お待たせしましたが、ようやく」
ファイアボディに勝ち誇った視線を送り、スノウレディは答えた。
「うむ、さすがじゃ」
「これから完成に向けて開発を続けます」
「たのんだぞ」
いつもなら悔しげにするファイアボディだが、いまは暗殺に怯えてその余裕はないようだ。
「続きは食事をしながらでよかろう。みなのもの、よろしく頼む」
会食はつつがなく行われた。クロウ伯爵の追悼の意味もあり思い出話などをしていたが、その中でフロッグがやけにはしゃいでいたのが目立っていた。
深夜になり解散となる。ディに連れられた老人を見送ると、フロッグがウルフに話しかけてきた。
「ウルフ殿、よろしければ一度ワタクシの闘技場に見学に来ませんか?」
「いや、遠慮しておこう」
「それは残念。各地の有名な戦士をワタクシの配下が痛める様を是非見て頂きたかった」
「悪趣味ではないのか?」
「いえいえ、対戦相手には大金を払っていますから合意の上ですよ。元チャンピオンや名うてのボディガード、力自慢のギャングなど、実力者揃いですよ」
「ほう」
「まあ、みんなワタクシの棒使いが倒していますがね。最後の方はもう泣きながら許しを請うものもいて、それはそれはうふぇっうふぇっ」
不快に感じているウルフの横をスノウレディが通りかかった。
「スノウレディ様もよろしければ」
「遠慮するわ。忙しいのよ」
「それは残念」
また舐めるように見るフロッグ。スノウレディは不快を露わにした顔をして部屋を出て行った。
「そうだ! 見学に興味がないなら対戦してもらってもいいですよ? ウルフ殿の力を発揮する場もあまりないでしょう?」
「いや、遠慮しておこう」
「それは残念」
そしてまた不快な笑い声をあげてフロッグは部屋を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます