第22話 美女と獣

 薄暗い部屋で女の嬌声と獣の吐息が聞こえる。大きなベッドの上でウルフ軍曹がスノウレディを抱いている。ウルフはこんな時も鼻から上をオオカミの仮面で隠しており、まるで美女が野獣に襲われているようだ。

 スノウレディは両手をウルフの逞しく毛深い背中に回して喘いでいる。

「ああっ……もっと、もっと激しくっ」

 スノウレディの言葉に応えるようにウルフは激しいを通り越して荒々しく腰を振った。

「ああっ! もっと! もっと!」

 喘ぐたびにスノウレディの両手の薬指に着けた金属製のつけ爪がウルフの背中に食い込む。見ると背中にはいくつもの傷跡が残っている。

「あああああっ!」

 スノウレディの叫び声と共にウルフは果てた。

「あの、これでも背中が痛いんですけど」

 布団で胸元を隠すスノウレディに細い葉巻を渡しながら、ウルフは文句を言った背中には乾いた血が生々しく残っている。

「アンタの皮膚が硬いのがいけないのよ。アタシの爪が傷つくじゃない」

「それはすいませんねぇ」

 スノウレディの咥えた葉巻に火をつけながら皮肉っぽく謝る。スノウレディはフーッと葉巻の煙をウルフに浴びせると冷たい声で言った。

「アタシがアンタたちを助けたことを忘れていないわよね?」

「もちろんです」

 それを言われると何も言えなくなる。村ごと全滅になりそうなところをスノウレディのおかげでウルフと人狼6人だけ助けられたのだ。

 ウルフは一人服を着る。いつもの軍服だ。

「どこに行くの?」

「陛下から呼ばれているので」

「また?」

「トリ殿がいなくなって、雑用係がいないので」

「よく働く犬だこと」

 そう言って手で追い払うようにした。

「失礼します」

 一礼をしてウルフはスノウレディの寝室をあとにした。


 珍しく青空が見えているグレイタウン。正蔵は最近よく通うようになった南方人の鍛冶屋のところにいた。

「いやあ、これはすごいぞ」

 はげ頭で白髭を貯えた南方人の男が折れたムラサメのをマジマジと見ながらつぶやいた。

「こんな見事なものは見たことない」

「祖国の名刀だけど、まあ、そうなってしまってね」

 正蔵はなぜか申し訳なさそうに答えた。ウルフとの戦いで刀身を折られたのだ。

「確かにこれを捨てちまうのは惜しいからな。よし、任せろ、俺が最高の小刀に作り直してやる」

「ありがとう、よろしく頼むよ」

 正蔵が鍛冶屋を出て自分のスチームバイクに向かうと、その隣に別のスチームバイクが止まっていた。

「ああ、やっぱりマサゾウじゃん」

 声の主はリー・エリン。スチームタンク交換所の美人店員だ。作業着ではなく太ももが露わなショートパンツに半袖シャツ姿だ。

「エリン、よくわかったのう」

 パルも一緒にいた。こちらは簡易なドレスに子供用ブーツを履いている。

「お二人さん、珍しいところで会うね」

「今日は休みだからさ、パルちゃんと昼ご飯でもと思ってね。そしたらあんたのバイクを見かけたから」

「へー、よくわかったな」

「そりゃあ、お得意様だからね」

「はは、そっか」

「二人でイチャイチャしとらんで、ウチは腹が減ったぞ」

 二人の会話にパルが割り込む。

「あはは、ごめんね。マサゾウも一緒に行かないか?」

「んー、そうだな。行くよ」

 エリンはパルを前に乗せて器用に運転する。正蔵は後ろからついて行った。


「ほう、さすがはエリン、いいお店を知っておるな」

 海が見える小粋なレストランに、パルは感動していた。

「来るのは初めてだけどね。アダムからよく誘われていたんだ」

 アダムはスチームバイク暴走団の若者だが、実際は貴族の好青年だ。かといって貴族向けの固い雰囲気ではなく、若くてラフな格好の客も多い。エリンに合わせて選んだ良い店だ。

「なんか悪いな」

 正蔵は好青年に申し訳なさを感じながら店に入った。

「いらっしゃいませ」

 店員が注文を取りに来たが、明らかに困惑顔をしている。どこにでもいそうな東方人の男が美人の東方女性と、とびきりかわいい西方少女を連れているのだ。不思議に思うのは無理はない。

「ははは、アタシたちのこと、どう思っただろうね」

 エリンも店員の困惑に気づいたらしく、店員が去ると面白そうにそういった。

「ふむ、東方人夫婦と養子というところじゃろ」

 パルはそう答える。

「いやあ、それにしては二人とも美人だからなー」

 正蔵は自嘲気味に言った。

「いくら褒めても、この店はあんたのおごりだからね」

「ええ……」

 途中で誘われただけなのにと理不尽を感じる正蔵だった。

 会話も盛り上がり、端から見れば仲の良い親子に見える三人。食事はあっという間に終わり、正蔵は仕事へ向かう。

「あなたー、お仕事がんばってねー」

「パパー、早く帰ってくるのじゃぞー」

 二人の軽口にずっこけそうになりながら、正蔵はスチームバイクで走って行った。

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