第21話 それぞれの野望
治安部特務課のゲイリーの死体が川に浮かんでいたのは、翌日のことだった。
ブリアード・ハブの一等地にある豪邸。その一室に巨漢のオオカミ仮面と半身機械の老人がいた。
「影の死神にスチームロボが負けました」
ウルフ軍曹は片膝をついて安楽椅子の老人に報告した。
「人に……負けたか」
老人は特に表情を変えずにいた。ただその顔の半分は金属で覆われている。
「とはいえ伝説の殺し屋。仕方ないかと」
「ふむ、性能はどうであったか?」
「それは問題ないかと。むしろ予想以上でした」
「ならば良い。量産を進めさせよ」
「かしこまりました」
「ファイアボディ博士はどうしておる?」
「暗殺に怯えております。今は工場に引きこもり、多くの護衛に守らせています」
ファイアボディはボディーガードとして新たな人狼を望んだがウルフはそれを断った。上からの命令なら仕方ないが、これ以上数少ない一族を使い捨てされてはたまらない。ウルフに断られたファイアボディは多くの護衛を雇い、それだけでは信じられずに工場に籠もって新たなスチームロボを作っていた。
「そうか……それも仕方あるまい。また気にかけてやってくれ」
「はい」
「ウルフ軍曹、雑用をさせてすまぬな」
「私の身などご自由にお使いください」
「これからも頼む。お前だけは信頼しているぞ」
「光栄の極みです」
ウルフは深々と頭を下げると立ち上がり、再び老人に一礼をして部屋を出て行った。
「やはり罠だったか。マサゾウ、本当にすまない」
まだ昼過ぎだが正蔵はいつものバーでオルソンに会っていた。
「いや、元からわかっていたことだからそれはいいんだが、あのスチーム機械の大きな人形のほうが気になる」
「スチームロボか。産業向けにはそれなりに普及しているが、戦闘用というのは初めて耳にするな……」
「相手については、なにかわかったか?」
正蔵はエールを一口飲んで訊いた。
「調べるまでもない、戦闘用スチームロボなんてイザムバード自動機しか作れないだろう。南方人の女というのは、そこのファイアボディ博士しかいない」
「変な名前だな。有名人なのか?」
「今でこそ表舞台には出てこないが、一昔前はスチーム機構に関しては他に並ぶものがいないほどの天才と言われていた人物だ。元は孤児だか捨て子らしいが、この通り名は偽名だろうな」
「そうか。結局今回のことは、戦闘用スチームロボのテストを兼ねて俺を始末しようとした感じか」
「どうだろうな……ところでロボは、実際に戦ってみてどうなんだ?」
オルソンに問われてロボとの戦闘を思い返す。しばらく考えてから正蔵は口を開いた。
「確かに強い。次やれば勝てるとは思えない。ただ闘技場のような限られた場所でなければ、俺でなくても逃げるのは難しくないだろう」
「軍事兵器と考えれば?」
オルソンの眼光が鋭い。さすが街の治安を守る男だ。
「市街戦では有効に思える。ただ、スチーム機構のことは詳しくないが、長時間動けるものでもないだろうから、どれほどの価値があるのかわからないな」
「ふむ、確かにそうだな」
そう言ってオルソンは腕を組んだ。
「マサゾウ……影の死神を殺すためだけに開発するはずはないが、他国を侵略する兵器としてはコストに見合わない。わからない。そんな危険な兆候はみられないのだが……」
「何かが始まろうとしているのは間違いないだろう」
「ああ、そしてその中にマサゾウ……いや、影の死神、そしてパルちゃんが関わっていないことを祈るよ」
しばらくして二人は別れ、夕方になると正蔵はビルへ帰った。
「マサゾー、帰ってきたか!」
二階の事務所に入るとパルが待っていた。
「パルさん、ただいま帰りました」
「うむ、今日も悪党をバッサバッサとヤってきたのか?」
「や、やだなぁ、そんなにいつも裏の仕事はしてませんよぉ」
正蔵は愛想笑いをしながら答えた。この少女には相変わらず弱い。
「うむ、そうか。よし、コーヒーを入れてやろう。タダじゃぞ?」
「ハハ、ありがとうございます」
正蔵は願う。何かが起ころうとしている、その中にパルが関わっていないようにと。
そして正蔵は思う。もしパルがかかわっているのなら、その時は本来の自分に戻れる。ああ、それこそが……。
ドォォォォン。東方特有の大太鼓の音が鳴り響いた。
多くの東方人が集まる地区。その一角の地下に秘密の闘技場があった。正蔵がスチームロボと対決したような大きなものではなく、10メートル角といったところだ。床だけは同じくよく踏み固められた土だった。
そこに五人の男がいる。一人は金髪の西洋人で、反対側に四人の丸坊主の東方人が横に並んでいる。西方人は厚みのある剣を右手に持ち、左腕に丸い木の盾。鍛えられた上半身は裸で、下半身は厚手の皮パンツにブーツ姿だ。
一方、四人の東方人は西方人の戦士より頭一つ小さく、全員が白と黒の僧衣を羽織っており、右手に棍と呼ばれる赤く塗った2メートルほどの木の棒を立てて持っている。
観客は一人。階段状の観客席に敷居で隔てられた一角に置かれた大きなソファーに腰掛けた中太りの男だけだ。カエルのような顔をした小太りの東方人で、ウルフ達との会合でフロッグと呼ばれていた人物だ。組織の金融部門を担当しているが、東方人ギャングを多く抱えており、この街に多く住む東方人への影響力も強い。
他は給仕で、彼のテーブルに肉料理を中心とした豪勢な料理を運んでいる。給仕の一人がフロッグの持つカップにワインを注ぐ。庶民が口にしたことがない高級品だが、フロッグはエールを飲むようにあおった。
「始めろ!」
フロッグが命じると再び太鼓が鳴らされた。西方人の戦士が闘技場の真ん中に進む。東方人の一人も真ん中に進み、残りは壁際まで下がった。東方人の戦士たちはフロッグの部下だ。
西方人の戦士には自信があった。各地の大会で優勝してきた実績がある。そろそろ引退を考えていた時に、東方人ギャングから高額のガチンコ勝負のオファーが来たのだ。
四人相手かと思ったが、一人倒せば高額賞金を得られる。退職金として余生を優雅に暮らせるだけの金額だ。
「5秒で終わらせてやるぜ」
西方人の戦士は盾を構えながら余裕の笑みを漏らす。東方人の戦士は無表情で棒を構えた。
「オラアアアアアッ!」
西方人の戦士は盾を前に突っ込む。東方人の戦士は慌てもせず棍を一回しして足下を払う。棍は西方人の脛を打った。
「ウッ」
思わぬ痛みに足が止まる。棍は流れるように上段から頭部を狙っていた。
「うおっ」
慌てて盾で防いだ西方人だが、反撃する間もなくみぞおちを突かれた。たまらずうずくまる西方人の戦士。再び頭部を狙った打撃に剣をあげて防ごうとしたが、その腕を打たれて剣を落とした。
「いてっ、ちょっと、待て、ウグッ」
喉を突かれて息ができない。やられる。そう思ったが追撃はない。
「ひゅー、ひゅー」
ようやく呼吸が出来るようになると顔の真ん中を棍で突かれ鼻と前歯が折れた。
「うふぇ! うふぇ!」
フロッグが奇妙な笑い声をあげて喜んでいる。彼自身は痛みを感じない体に生まれ、それが他人の痛がる姿を喜ぶという歪んだ性癖になっていた。
「ひぃ、やめて、まいった!」
西方人の戦士は血の吹き出している鼻をおさえ懇願している。東方人は変わらぬ無表情で痛みを与えるためだけの打撃を続けた。
戦闘後、いや、まだ虐待は続いている。それを楽しげに見ているフロッグの元へ黒服の中年東方人がやってきた。
「フロッグ様、例の少女の正体がわかりました」
「ふむ、よくやった」
フロッグは骨付き肉をかぶりつきながら書類を読む。読み進めるうちに食べるのを忘れ、そしてニヤリと笑う。
「うふぇ……うふぇうふぇ」
奇妙な笑い声が漏れる。
「なるほど、そうか、そういうことか」
男の心に野望の炎が灯る。
~to be continued~
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