第20話 スチーム仕掛けの巨人

 夕闇迫る時間。川沿いの工場地帯の一角。そこは廃棄された地下賭博場。

 以前は違法な賭け試合が行われていた場所だが、主催のギャングが壊滅してからは放置されていた。オルソンの話ではそれは建前で、不定期で色々なギャングが賭けレースや闘技、様々な裏のイベントが行われているそうだ。

 実際、廃墟にしては整備は行き届いている。そしてそこには火薬銃を持った黒服が数人、周辺を警備している。ただその数は明らかに少ない。

 黒装束に二本の刀を背負った正蔵は、入り口の警備の男を音もなく殺害すると建物の影に隠した。


「獲物が来たぞ」

 ウルフ軍曹は呆れた声でファイアボディに言った。

「へえ、本当に来たんだ」

 ファイアボディは両手のない人狼を従えている。下にはズボンを履いているが上半身は裸だ。

「危険な場所には来ないのではなかったのか?」

 ウルフは人狼の見ないようにしながら話した。

「危険? なぜ?」

「ロボが負けることもあるだろう」

「ないない。人間に負けるはずないじゃない」

「なにがあるかわからないのが戦いだ」

「それは人同士の戦いよ。アタシの巨人は人に負けたりしないわ」

「たいした自信だな」

「ごちゃごちゃ言ってないで、アンタは獲物が逃げないように出口を見張ってなさい」

「……」

 ウルフは言葉を飲み込んでその場を離れた。


 暗い通路を慎重に進む。やけに静かだ。見張りも招待客もいない。誰とも会うことなくやがて闘技場が見えてくる。人の気配は……数人。10人はいない。貴族一家を除けば4~5人ということになるがそんな筈はない。入る前から罠だと確信していたが、首謀者が誰かを知っておきたかった。だからここまでやってきた。

 通路を抜け闘技場に入る。広い。縦横50メートルはある土の闘技場。闘技場というより競技場のようだ。回りは高い壁に囲まれ、その後ろに大きく三段の観客席がある。飲食しながら観戦が出来るように椅子だけでなくテーブルも置かれている。天井は高く各所に大きなガスランプ灯され光量は十分だ。

 『敵』は? 正面の観客席二段目に白衣の南方人の女と上半身裸の犬のような顔をした巨体の男が立ってこちらを見ている。その手前に護衛だろうか、火薬銃を持った黒服が二人。ドンッ。大きな音を立てて通路が塞がれる。その周囲に2~3人。人はそれだけだ。

 闘技場の真ん中には三つの人影。貴族風の衣装を着ているが人ではない。わら人形だ。そしてその後ろには……大きな金属の塊。

 パチンッ。白衣の女が指を鳴らすと、わら人形が燃え上がった。正蔵は出口を確認する。闘技場の出入り口は総て塞がれている。出口は客席の一番上、三段目の奥にあるだけだ。これだけの人数なら逃げるのは容易い。そう思った瞬間。

 プシュウウウウウウ。金属の塊から蒸気が吐き出された。蒸気の中から金属の塊、否、金属の巨人が立ち上がる。

 蒸気が晴れるとその姿を現した。体高は正蔵の三倍はある。脚は四本。動物の四足ではなく、二足歩行の片足が二つに分かれている形だ。

 右腕には手首の所にもう一つ手がついている。その手に大人の身長ほどある大きな片刃の剣を握っている。左腕は肘から先がスチームガンになっており、銃口は三つ。二つは腕に巻かれた弾帯に繋がっており、一つは補助用だろうか他の二つより銃口は小さく弾倉は内蔵型のようだ。

 背には大きなスチームタンクを二つ背負っている。大きな樽のような体の上には丸い頭が乗っており、眼らしきガラスが組み込まれた丸い器具が四つ、上下左右に動いている。

 ロボは正蔵に体を向けると右手を上げた。二本の剣は天にも届くんじゃないかと思うくらい高く上がる。

 シュッ。振り下ろす速度も速い。自重も加わっているのだろう、その速度は忍者の正蔵をもってしても避けるのがギリギリだった。


 どういうことだ? 正蔵は考える。ただ正蔵を殺すだけならこんな手間をかける必要はない。剣闘士のような見世物……いや、そんな雰囲気ではない。科学者らしき女と護衛が数人。これはテスト。ロボと自分の対戦を観察しているのか?

 スチーム機構で動くロボは町中でもよく見かける。樽のような体に二本の腕がついて荷物の積み卸しをしていたりする。確かに力強いが単純な作業しか出来ないはずだ。それに比べてこのロボは、鈍重そうに見えて隙が無い。

 正蔵はニンジャ刀ではなく名刀ムラサメを抜いた。ニンジャ刀では、はなから刃が立たないと思ったのだ。


 ロボは再び二本の剣を振り下ろす。今度は余裕を持って避けた正蔵だが、その避けた先にスチームガンが打ち込まれた。バスッバスッバスッ。弾帯のついた二つの銃口から三連続で撃たれた。ロボの右側、剣側に避けることで何とか銃口がら逃げ切る事が出来たが、もう数発撃たれていたら危なかった。

 ロボは顔を向け四つの眼を動かしている。不気味だ。見た目と違い力押しをしてこない。逃げる。正蔵はそれを考えた。しかし闘技場は高い壁に囲まれ、そこを登る隙に殺される。正蔵をもってしてもそのレベルだった。

 ロボが右手をあげる。二本の剣が高々をあがると一気に振り下ろされた。

正蔵は左に飛んで避けた……が、振り切ったと思われた右手がグルリと回り右に薙いだ。人間には出来ない動きだ。正蔵は地面に這いつくばりギリギリ避けることが出来たが、すぐに立ち上がり前転する。正蔵のいた場所には金属の矢が一本刺さっていた。

 強い。素直にそう思った。人や動物。生き物相手なら手足を切ればそれだけで有利になる。脚を切れば移動速度を落とせるし、腕を切れば攻撃力も防御力も下げることが出来る。痛みで動きを抑えることも出来るだろう。しかしロボにはそれがない。リスクを負って一撃を与えても効果は生き物に比べて遙かに小さい。

 そして体力。ロボは疲れることはない。スチームバイクのように動力は無限という事はないだろうが、逃げられないこの状況では先にこちらの体力がなくなる。やっかい極まりない相手だ。

 持久戦……いや、逆だ。イルカの脳を使っている。そういう噂だ。少なからず考えながら動いている。それこそが隙だ。力任せに攻撃してこないのは、こちらの動きを推し量り、戦い方を計算しているのだろう。その証拠に銃弾に限りのあるスチームガンを連射してこない。今はまだ牽制と追撃にしか使っていない。あれを連射されたらもっと危なくなる。だから今なら。まだ計算が終わっていない今なら。

 まさにその通り。逆説的になるが、生まれたばかりのロボは成長するために正蔵と戦っているのだ。


 正蔵は大きく息を吸い込み覚悟を決める。そして動き始めた。右手をあげるのを見て股下に迫ると、ロボは蒸気を噴き出した。まともに喰らえば火傷を負う。正蔵はそれに合わせて左に飛び、そこからロボの後ろに回ると、かぎ爪のついた紐を投げた。

 かぎ爪がロボの肩口に引っかかると一瞬しゃがみ右足のふくらはぎに取り付けたミニタンクの栓を引き抜く。そして紐を引きながらジャンプ。

 右足の裏から蒸気が勢いよく噴き出した。蒸気は一瞬だがまるでツバメのように勢いよく正蔵の体を浮かせる。ロボにとっては計算外の速度で頭部に取り付かれた。

「セイッ!」

 気合い一閃、名刀ムラサメは金属で出来たロボの首を切り落とした。だが、ロボの左腕は止まらず銃口を正蔵に向ける。人間のように脳が頭部にある必要はない。むしろ装甲の厚い胸部にあるべきだ。正蔵はムラサメを切り取った首から胴に向けて刺した。


 沈黙。誰もが沈黙して見守る中、スチームロボはその動きを止めた。それから正蔵の動きは速かった。ムラサメを抜くと壁に向かって飛ぶ。一回転して客席に降り立つと、ファイアボディに向かっていく。

 あっけにとられていた黒服の護衛が動き出した瞬間、一人は喉に、もう一人は左目に手裏剣が刺さっていた。喉に刺さった方は気道を潰されまもなく崩れ落ちる。左目を潰された護衛は横を抜けざま名刀の切れ味の前に胴を切断されていた。

「キャアアアアアアッ」

 ファイアボディの悲鳴と同時に半裸の大男が前に出た。正蔵は人狼の胸を刺し抜いた。それで終わるはずだった。

 しかし人狼は手のない両腕で正蔵は締め付け大きく口を開ける。やけに犬歯の長い牙で正蔵の首筋を狙う。正蔵は体を動かし腕を振り払う。手があれば、義手が着けられていたら無理だったろう。体に隙間が空くと膝でムラサメの峰を蹴り上げた。国宝レベルの名刀だからこその切れ味で胸に刺さっていた刀身は顎まで切り裂いた。

 ムラサメの抜き去り崩れ落ちる人狼。

「ヒィッヒィッ」

 せっかくの時間稼ぎも腰の抜けたファイアボディはそれほど逃げられていなかった。

「や、やめて……」

 涙を流しカニの爪の様な義手を左右に振っているファイアボディ。その首に容赦なく斬りかかろうとしたその瞬間。

「グオオオオオオッ」

 獣のような咆哮。そして大きな斧が振るわれた。正蔵が大きく飛び下がるとファイアボディの前にオオカミの仮面を被った、人狼より大きな男が現れた。軍服。そして大小の刃がついたバトルアックス。

 正蔵はすぐに動いた。右下段からムラサメを切り上げる。ウルフはそれをバトルアックスで防ぐ。いくら切れ味のいいムラサメでもまさに金属の塊であるウルフのバトルアックスは切断できない。

 刀身を弾かれグルリと腕を回して今度は左上から斬りかかる。が、それもバトルアックスに弾かれた。

 正蔵は後ろに飛んで間合いを開けると刀身を下に向け突きを放った。ウルフは避ける事なくバトルアックスをすくい上げてムラサメを弾いた。

 正蔵は違和感を覚える。なにかおかしい。相手は防御に徹してる事ではない。なにか……バトルアックスという破壊力のある武器なのに威力より精度の打撃を受けている。そう気づいた時には遅かった。逡巡の隙にウルフが迫る。今度はウルフのバトルアックスをムラサメで受けることになった。

 ガキンッ。名刀ムラサメが折れた。金属の塊であるグリグウッドとスチームロボを斬り、刀身はほんのわずかに欠けている部分があった。ウルフは攻撃を防ぎつつその部分を弾き、最後の攻撃はバトルアックスという重い武器を叩きつけるのではなく、横に斬りつけてムラサメの刀身を折ったのだった。


 正蔵の判断は早い。煙玉を地面に投げると折れた刀身を拾って逃げた。

「お、追いなさいよっ!」

 ファイアボディは叫ぶ。

「俺がここからいなくなっていいのか?」

「ヒッ、だめに決まっているでしょ!」

 足下にしがみつく彼女にやれやれと呆れながら、ウルフは人狼の死体に目を向ける。ファイアボディを守るという任務を全うして、彼は満足に死ねただろうか。

 そう願うウルフだった。

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