第19話 罠

 ブリアード・ハブの中心地には古い城が残っており、今は観光地になっている。そして、その周辺には役所が集まっていた。オルソンが所属する警察裏組織、治安部特務課もそこの市警本部内にあった。

「オルソン、そ、相談があるんだが」

 自分の机で資料を調べていたオルソンのところへ、やけに太った男がやって来た。オルソンと同じ治安部特務課の刑事だ。

「どうした?」

 同じ部署とはいえそれほど親しい相手ではない。

「ガーゴイルという名を知っているか?」

「この街の裏社会を支配しているとかいう人物だろ。表に出てこないから実在するか怪しまれているが」

「そう! そうなんだ」

「それがどうしたんだ?」

「ガーゴイルと接触できるかもしれない」

「なんだって!?」

 それは警察にとって一大事だった。実在すら怪しまれているこの街の裏を支配する人物。その実在を確認するだけでも街の治安は大きく変わる。

「シーッ! どこに奴の目があるかわからない」

「あ、ああ。それでどういうことなんだ?」

「実はある貴族の一家が拉致されて公開処刑されようとしているんだ。その貴族がガーゴイルを裏切ったかららしいが、その処刑場所に本人も来るかもしれないとの情報だ」

「なるほど……」

 裏切り者の処刑、それも貴族の処刑なら実在を疑われるほど隠れているガーゴイルも見に来るかもしれない。しかし……。

 オルソンは男を見た。男の名はゲイリー。自分より先輩で特務課に所属するくらいだからそれなりに能力のある人物だろう。しかし、オルソンがこの課に移ってから目立った活躍は聞いていない。

「はぁぁぁぁ」

 ゲイリーは大きなため息をついた。どこか芝居がかっている気がする。

「処刑される貴族一家な、幼い子供も含まれているんだ」

「なんだって?」

「どこに監禁されているかわからない。助けるチャンスは処刑の時しかない」

 オルソンは違和感を覚えていた。なんだこのわざとらしさは。

「……情報元は?」

 ゲイリーは一瞬口ごもる。

「情報屋というか、裏人脈の重鎮とだけ答えておく」

「そうか……それで俺になにか用か?」

「あ、ああ、そうなんだ。ガーゴイルは慎重な人物だ。警察内部に仲間がいるだろうし、この特務課もそれはありえる。少しでも動きを見せればガーゴイルが現れない可能性があると思うんだ」

「まあ、そうだな。ここまで情報をつかませないのは警察に内通者がいるのは間違いないだろう」

「そうだろ? そう思うだろ? そこで影の死神だ」

 ゲイリーの口から影の死神……正蔵の名前が出て内心驚いた。影の死神が正蔵だという事はオルソンしか知らないにしても、オルソンが影の死神にコンタクトを取れる事は特殊課のほんの一部、それも上司しか知らない。特務課員とはいえただの平刑事であるゲイリーが、その事を知っているとは思わなかった。

「まだコンタクトとれるんだろ? 最近復活したって噂になっているもんな」

「さあな」

「なあ、奴を派遣してくれよ。暗殺してもいいし正体を探るだけでもいいから」

「しかし」

「幼い子どもの命がかかっているんだぞ?」

「……少し、考えさせてくれ」

 オルソンはそう答えるしかなかった。


 その日の夜。下町のバー。その一番奥の席にオルソンは待っていた。

「オルソン、待たせたな」

「いや……」

 夜も深まった時間、正蔵は昼の仕事を終えてやってきた。エールを二本注文して、それが来てからオルソンは話し始めた。

「マサゾウ……依頼したい仕事があるんだが……」

「どうした?」

 様子のおかしなオルソンを訝しがりながら続きを待った。

「いや……どうも拉致された人、貴族の一家の救出を依頼したいのだが……」

「ああ、かまわんよ。なにか問題があるのか?」

「どうも違和感がある。もっと言えば罠と思う」

 そうしてオルソンはゲイリーとのやりとりを話した。

「なるほど、確かに罠っぽいが、本当だとしたら罪のない子どもの命が危ない。まあ罠だったとしても逃げればいいし、誰が相手なのかも知りたいしな」

「そう言ってくれると助かる。少しでも怪しいと思ったらすぐに引き返してくれ」

「わかった。詳しい場所がわかればまた連絡してくれ」

 エールを飲みきり正蔵は店を出た。

 罠。影の死神に対する罠だろうか? 正蔵は考える。何人もの悪党を暗殺したのだから恨みは買っているだろう。あるいは今後の暗殺を怯えている悪党の仕業かもしれない。

 それでも。狙われている対象が自分であれば……パルでなければ問題ない。そう思う正蔵だった。


 イザムバード自動機。ファイアボディ博士専用研究室。

「獲物が餌にかかった」

「へえ、誰?」

 今日は白衣の下もちゃんと服を着ているファイアボディは椅子から足を伸ばし、四つん這いの人狼の背中にふくらはぎを乗せている。自分に対する当てつけであろう。ウルフはそう思った。その理由もなんとなくわかってきた。ウルフと陛下が近しくなったからだ。

 ファイアボディやスノウレディは研究開発、頭脳労働だ。フロッグも金融部門で、こちらも頭脳労働に当たる。陛下の手足となって動くのはウルフ、ディ、そしてクロウだった。

 ディは戦闘能力こそ高いがまだ子どもで、使いどころは限られている。ウルフは軍の仕事もあるので、主に雑用はクロウが担っていた。特にクロウはギャングなど使い捨ての人材も多く、貴族にも人脈があった。実際、今回もクロウの手下だったギャングを利用している。

 そのクロウ亡きいま、陛下の手足となって動くのは完全にウルフが中心になっていた。それ故に陛下との面談は増え、陛下の信頼も厚くなり、それがファイアボディには面白くないのだ。

「影の死神だ」

 鼻から上を仮面で隠し、ウルフは淡々と話した。

「ああ、クロウ伯爵を殺害したって言う。本当に強いの? こっそり暗殺するような奴なんでしょ?」

「腕は間違いない。クロウ殿も人並み以上の実力はあったし、腕自慢のギャングのボスも倒している」

「ふーん、でも人狼のような腕力はないんでしょ?」

「腕力ではどうしたってスチームロボのほうが上だ。技やスピードがある敵のほうがテストにはいいだろう」

「どっちでも一緒よ。人間に負けるはずがないでしょ」

「どうかな」

「ふん、まあいいわ。アタシのロボは用意しておくわ」

「陛下の期待を裏切るような結果にならないことだな」

 ウルフは言い捨ててファイアボディの部屋を去って行った。


「ふん」

 ファイアボディは不機嫌そうな顔になり、足を乗せていた人狼の脇腹を蹴った。両手の無い人狼は動じる様子もない。

「アタシは絶対に陛下を裏切らない。陛下のためにすべてを捧げるの」

 うわ言のようにつぶやいている。ファイアボディ。南方出身の女科学者。スチーム機械では右に出るものがいないといっていい天才だ。

 幼い頃に親に売られ、この街のスチーム機械工房で働いていた。最初こそ雑用をしていたが、機械を触り出すとすぐに頭角を現し、大人達より遙かに優れたスチーム機械を作っていた。

 10代中頃にはすでに部下を持つほど出世して、会社にもずいぶん貢献した。本来なら工房にとっても喜ばしい事だが、嫉妬だけではない、人種差別もあったのだろう。17歳の誕生日を迎えたその日、大人達に襲われ、事故に見せかけて左腕を切り落とされた。

 幸い一命は取り留めたものの、雑用さえろくにできない体になり、同僚や部下だった男達に体を差し出すことでわずかな金、わずかな食料を得ていた。

 だが、そんな生活はいつまでも続かず、病気がちになり、体は痩せ細り、風呂に入れない体は悪臭を放つようになると男達は近寄らなくなった。

 倉庫の隅で惨めに死ぬのを待つだけになった時、陛下が現れた。噂に聞いた天才少女が虐待を受けている。そんな話を聞いて迎えに来たのだ。

 陛下は少女を助け、手厚い治療を受けさせて、そしてイザムバード自動機で自由を与えた。少女はその実力を発揮して、陛下が死の淵をさまよった時も献身的に尽くした。

 自分が陛下の役に立てるのはスチーム機械だけだ。もちろんそれはウルフに負けないほど貢献している。でも……ウルフのように直接的に役に立ちたい。そんな気持ちがあり、その集大成が戦闘用スチームロボである。

「絶対に負けない。陛下……」

 ファイアボディのつぶやきを、人狼はただ黙って聞いていた。

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