第18話 復帰

 正蔵はスチームバイクを押して近所のスチームタンク交換所へ行った。そこには馴染みの東方美人リー・エリンが働いている。正蔵より1つ2つ年上の彼女は義手の左手を器用に動かして重いスチームタンクを毎日交換しているのだ。

「お、マサゾウ、怪我は治ったのかい?」

 額の汗を拭いながら作業着姿のエリンが声をかけてきた。

「もうすっかり」

「パルちゃんを助ける時に撃たれたんだっけ?」

「まあね、小さい弾だからたいした傷じゃないけどね」

 クロウ伯爵邸でのことは変態がパルを誘拐して、正蔵がそれを助けようとしたが脚を撃たれた。危ないところで警察が突入してきた。と世間的にはそういうことにしている。

「パルちゃんのためだから仕方ないけど、あんまり無理すんなよ?」

「はは、もちろん」

 伝説の殺し屋『影の死神』と知らないエリンは彼女なりに心配していた。ちょっと心苦しい正蔵だった。

 エリンにスチームバイクのタンクを交換してもらい、正蔵は仕事に向かう。『昼』の仕事は水道の修理だの逃げたペットを探すだので体力を使うことはほとんどなかったが、『夜』の仕事は邸宅に忍び込み書類を盗むことだった。

 体力も気力も使う潜入任務は、誰に見つかることなく書類を盗みだした。邸宅を出ると黒装束から普段の東方人らしい格好に戻り、ひとけのない公園に向かう。そこにはオルソン・ブラウンがいた。

 名前と同じく綺麗に整えられたブラウンの髪に高そうなスーツを羽織っている。青い瞳をもった典型的な西方人だ。生き倒れていた正蔵を救った命の恩人だが、紆余曲折があり今は警察の裏組織ともいえる治安部特務課で非合法の仕事をしており、今日の『夜』の仕事もオルソンが正蔵に依頼したのだ。

「怪我はもう大丈夫なのか?」

 正蔵から書類を受け取るとオルソンは訊いた。

「はは、みんな同じことを聞いてくるな。もう大丈夫だよ。もらった仕事も体を試すにはちょうどよかったし」

「それなら良かった。パルちゃんのほうは?」

「まだ不安はあるだろうけど、明るく振る舞っているよ」

「そうか……」

「どうかしたのか?」

「いや、特になにか情報があるわけじゃないんだが、パルちゃんに関してはまた何か起きそうな気がしてな」

「そうだな……まあ俺が守れる限りは守るさ」

「マサゾウが守るといった限り、絶対守るんだろうな」

「さあ、どうだろうな。まあまた仕事があれば頼むよ」

 オルソンと別れて自宅のビルに戻ったのは深夜だった。パルはとっくに眠りについていたが、かえってそれは都合が良かった。

 1階にある作業室。沢山の工作機器の中からすり鉢や秤をテーブルに置くと、先日パルと行った市場で購入した薬草を持ってきた。それぞれの薬草を慎重に量り、すり鉢でそれを混ぜて丸薬を作る。故郷で学んだ秘伝の丸薬だ。

 痛みを消し去り身体能力、集中力、反射神経を極限まであげる。その代償に寿命を10年は縮めるという禁断の秘薬だ。パルを守るため、正蔵はその秘薬を準備しているのだ。

 自らの命を縮める丸薬を前にして正蔵は満足を通り越し歓喜さえはらんだ表情をしている。一年以上一緒に暮らしたからといって、元は他人。出自はどうあれ、今はただの家出少女。そんなパルのためにそこまでする必要があるのか。他人には窺い知れない正蔵の狂気がそこにあった。


 深夜。オオカミ達の住処。

「オオカミの旦那、戻りやした」

 食事中のウルフ軍曹と部下で一族の人狼達の元へ、中年ニンジャのヒャクが飄々とやってきた。

「状況は?」

 食事の手を止めてウルフは訊いた。身内しかいないこの場でもオオカミの仮面を着けている。

「影の死神ですが、警察内に非合法の裏治安部とでもいうものがあって、そこから暗殺を含む極秘の仕事を依頼しているようです」

「ほう、たった数日でよくそれが調べられたな」

「へへへ、それが専門ですので」

 ヒャクは照れくさそうに頭を掻いた。

「では、どうする?」

「裏治安部から偽の依頼を出して、対戦場所に呼び込みましょう」

「そんなことが出来るのか?」

「蛇の道は蛇と申しますので」

「なるほど、そちらは任せた」

「もう一つ。あの少女の件ですが」

 クロウ伯爵が拉致し、影の死神が救った少女。

「ああ」

「王族と関係している可能性がある。そこまではわかりましたが、その先を調べようとすると一気に難しくなります」

「ほう?」

「つまり、この国の最上が係わっているということです」

「王族かその周辺組織が情報を隠蔽しているということか」

「はい」

「わかった。少女に関してはこれ以上動くな。下手につつくと陛下に睨まれるからな」

「かしこまりっ」

 報告を終えるとヒャクは食事に加わったが、ほとんどが脂っこい肉料理だったので中年のヒャクは少ししか食べられなかった。

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